京都の名店「祇園さゝ木」の一番だしの挽き方、教えます。絶対作ってほしい一品はこれ

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『ミシュランガイド京都・大阪』が初めて発行された2009年から二つ星、2020年には三つ星を獲得、5年連続更新中。予約困難店としても有名な「祇園さゝ木」の主人、佐々木浩さん。

祖父、父も料理人という環境で育ち、いま、和食という枠を超えて、革新的な料理を作り続ける佐々木さんが、『京料理の革命 孤高の料理人』という本を上梓した。

なぜ、料理の道に入ったのか。料理人としてここまで歩んできた道には、どんな出来事と経験があったのか。

幸運だったこと、窮地に立たされたこと、誇らしかったこと、悔しかったこと、ツラかったこと。

料理とは何か。 おいしさとはどういうことか。

何のために毎朝早くから市場に行き、食材を吟味し、献立を考えて、下拵えをして、食材とお客さんに向き合うのか。

料理人として毎日考え続けていることをできるだけ正直に伝えたい、との思いがこもったこの一冊から、家庭で応用できる調理法、食材の話を中心に抜粋して3回連続でお届けする。

1回目は【5年連続ミシュラン三つ星。革新的料理人「祇園さゝ木」主人が習慣にしている新米の食べ方】で新米と秋の魚の話、2回目は【5年連続ミシュラン三つ星。予約の取れない「祇園さゝ木」主人が、愛してやまない秋冬の根菜】でこれからがおいしい野菜の話をお伝えしました。今回は、一番だしの話です。

だしは、料理の生命線

三十年前ぐらいに一世を風靡した『料理の鉄人』というテレビ番組がありました。 いまでは、一緒に旅をしたり、彼が主催する若手の料理コンテストで審査員をするなど、親交が深い放送作家の小山薫堂さんが手がけられたものです。

そのとき、〈命のだし〉という言葉が、使われていて、どこかで記憶されているかもしれませんが、和食、とりわけ京料理の作り手にとっては、昆布と鰹で丁寧に挽いた一番だしは、料理の命なのです。もっといえば、その店の生命線でもあります。

どんなに贅沢な食材を用意したところで、だしがうまなかったら、食べるひとの心に響く料理にはなりません。一番だしはごまかしが一切きかないのです。

そんな大切なものをぼくは、「教えてください」といわれたら、喜んで教えます。 日本料理の世界は、一子相伝があたりまえで、自分の弟子にさえ、教えない時代 もありました。「そんなん、自分でみて、盗め」と。ぼくはそういう考え方は、「ちっちゃいな」と思うので、いつもオープンです。

そのつもりで、自分の料理哲学を伝える本には、祇園さゝ木の一番だしの材料、挽きかたの、手のうちを書き記すことにしました。

材料は昆布と鰹節、やわらかい水。昆布は晩秋から冬、春先までは重厚感のある羅臼の真昆布を使います。それに対して、初夏から夏、秋口までは利尻昆布を使ってエレガントな味わいにします。鰹節は枕崎産の本枯れの本節と亀節を三対一の割合にして、削りたてをとどけてもらいます。

「だし仕事」でいちばん大切なのは、心のゆとり。時間をかけてやることなのです。

「うわあ、めんどくさい」と思われるかもしれません。それでも、だしは手順をきちんと踏むと、何倍も、いや何十倍もおいしくなります。

祇園さゝ木の一番だしは、冬で丸二日、夏で一昼夜、やわらかい水に昆布を漬けることから始まります。冷蔵庫から昆布と漬けた水を鍋に移して、火にかけます。ここからは温度計を使います。

昆布だしが五五°Cになったところで、いったん味を確かめて、ここで昆布のうまみが十分に沁みでていなければ、温度を一定に保ちながらさらに加熱します。昆布のうまみを確認したら、昆布は引き上げてください。

これには理由があって、昆布はたんぱく質で五五°C以上になったら、旨み成分が凝固してしまうから。昆布を取り出したあとも火にかけて、九二、三°Cになったら、鰹節を投入します。

このときも、温度計から目は離しません。二、三°C湯温が上がったら、鰹節を静かに沈めて水を三〇〇ミリリットル加えるのです。こうして、鰹節が少し水面下に下がったところで火からおろして濾すと、煌めくような黄金色の一番だしができあがります。

濾すのは、珈琲を淹れるときに使うネルを使うと、雑味が入りません。そして、大切なのは、搾らないこと。

うちの一番だしの挽き方は、滋賀県東近江の老舗料亭の「だし仕事」をぼくなりにアレンジしました。

料理人の味覚や勘も大切ですが、心を揺さぶるようなだしをこしらえるのは、サイエンスでもあるのです。

だしでイノベーションをおこす

祇園さゝ木の生命線は一番だしです。

それがすべてのベースになるのは、これからもずっと変わりません。

うちの店で、だしにかける原価は、おひとりあたり、六百〜七百円です。食材は豪華でも、基本のだしを適当にしていたら、心に響く料理はつくれないし、お客さんを笑顔にはできません。

歴史を遡ると、日本は長いこと鎖国してきたので、油脂がない料理が基本になっています。それでも、昆布と鰹のだしだけでは、モノトーンでしかないのです。いつも同じでは、食べるひとも、飽きてしまうでしょう。

たとえば、中華の清湯(ちんたん)スープをまとわせたら、どうだろうか。フレンチのコンソメ、ブイヨン・ド・レギューム(野菜のだし)などをかけあわせると、さらにうまみと深みの輪郭が濃くなります。ちなみにフレンチの野菜だしは、一番だしを教えた二つ星の若いシェフから直々に教えてもらいました。

いろんな国のスープをかけあわせると、和食のコース料理のだしがたちまちカラフルに、艶やかになります。これは、大げさかもしれませんが、革新であり、イノベーションだと、ぼくは思っています。

だしを挽いてください

だしはフレンチや中華のスープとはちがって、火の傍に付きっきりでいたり、何時間もかかったりしません。夜のうちに昆布を軟水に漬けておいたら、翌朝、ゆっ くり加熱して鰹節を投入して濾しても、時間にしたら二十分もあれば絶品の一番だしが完成します。

フルタイムで働いて、子どもを育てて、料理する時間はない、とお叱りをうけるかもしれません。時短料理が流行り、合わせ調味料と顆粒だしがスタンダードなのかもしれません。それでも、お願いです。

家族の、子どもたちの健康を考えるなら、昆布と鰹節でだしを挽いてみてください。顆粒だしには、天然と謳っていても、添加物が入っています。平日はむずかしくても、週末や、休日には、だしを挽いてほしいな、と思います。

まだ、味蕾が育ちきっていないお子さまにはなおさらです。

鰹と昆布のだし、干し椎茸のだしなど、日本古来のうまみを忘れてほしくないと思います。

ご家庭で上手にだしが挽けたら、ぜひつくってもらいたいのが、親子丼、肉じゃが、切り干し大根、そして茶碗蒸し。顆粒だしでは味わえない、だしの深み、うまみを感じていただけたら、うれしく思います。

かつては、夕飯どきになると、それぞれのお家から、あっちの家からはカレーのにおいがして、こっちの家からは秋刀魚が焼ける煙がたなびいてきて、お向かいからは豚汁のにおいがする。そんな懐かしい情景は、いまはもうありません。

家族の健康のため、子どもや孫へ、さらに次の世代へ。毎日の食事で自然のものを食べたら、血液や血管がきれいになって、きれいな状態でバトンを渡せると思います。

十分だけ、早く起きて、だしを挽いてください。ぼくからのお願いです。

茶碗蒸しは天才

子どものころ、六歳か七歳でした。親戚の集まりで和食のお膳をごちそうになりました。「この世にこんなおいしいもんがあったんか!」と仰天したのが、茶碗蒸しでした。お匙ですくったら、澄んだだしとふるふるした卵が、口の中でほどける。なんて、おいしいんだろうと、めちゃくちゃ感動しました。

ぼくが子どものころには、電子レンジで温めるだけの茶碗蒸しなんて売っていなかったし、台所しごとをまかされていた祖母は、茶碗蒸しなんかつくったこともなかったのです。そのせいか、茶碗蒸しを初めて食べたときの感動は、大人になっても忘れられないものになりました。

子どものころ、どうにかして自分で茶碗蒸しをつくろうと「実験」しました。うちには蒸し缶がありません。子ども心に鍋に湯を張って、卵液を入れたうつわを並べました。ところが、できあがったものは、「す」が入ってプリンの三倍ぐらいの硬さでした。かちんこちんでとても食べられたもんじゃない。まさか、卵一個に対して何カップもだし汁を合わせても、固まるとは思いませんわな。

茶碗蒸しを最初に考えた人は、天才だと思います。昆布と鰹で挽いた一番だしをベースに、醤油とみりんで味を調えて、割りほぐした卵と合わせる。あとは鶏肉、海老やら、練りもの、椎茸、百合根など、具は旨味成分ばっかりです。

蒸している間に、その旨味成分が卵とだしに溶けだしてくるのですから、いまから思えばそれはうまいに決まっています。茶碗蒸しの凄さに仰天したのは、料理人になってからでした。

ぼくは茶碗蒸しが大好きだから、祇園さゝ木でも、「玉〆め」はよく献立に出しています。玉〆めは、茶碗蒸しほどたくさんの具材は入れませんが、卵の生地を蒸し上げる手法は、同じです。

茶碗蒸しは、冷蔵庫に卵が一個しかないときでも、二、三人分のごちそうがつくれます。一番だしの挽き方を憶えておいたら、あとは冷蔵庫の残り物の煮物やかまぼこ、鶏肉の切れはし、きのこや青菜があったらできます。

蒸しものの湯気は、食べる人を幸せな気持ちにさせます。

いまでも、休みの日にどこかに出かけて、なにを食べるか選ぶときは、茶碗蒸しがついていたら、それを選ぶ。それぐらい大好きです。

5年連続ミシュラン三つ星。革新的料理人「祇園さゝ木」主人が習慣にしている新米の食べ方