いまさら聞けない、なぜ日本で「人手不足」が深刻化しているのか

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この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか?

なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換……

注目の新刊『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。

(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)

変化3 需要不足から供給制約へ

日本経済においては、労働投入量の減少が経済成長の根本的なボトルネックとなっている。他方で、減少する労働供給に反して労働力に対する需要は底堅く、結果として労働市場の需給ひっ迫が常態化している。人手不足が慢性化している背景にはどのような事情があるのだろうか。

完全雇用下の労働市場

国の経済の状況を分析するにあたって、失業率はこれまで最重要指標の一つであった。失業率が低ければその国の経済の状況が良好であることが示唆されるし、その逆もまたしかりである。

日本の近年の失業率の動向を確認すると、足元では概ね2%台半ば程度の水準で推移しており、長い間低位で安定している様子が確認できる(図表1-9)。

労働市場では労働者が新たに就職や転職をしようとする際の職探しの期間に生じる自発的失業がどうしても発生する。景気変動とは独立して起こるこのような雇用のミスマッチは構造的失業と呼ばれ、その比率は構造的失業率として推計される。現在の失業率は概ね構造的失業率と同程度の水準にあるとみられ、景気の変動に伴う循環的失業が存在しない完全雇用の状況が続いていると考えられる。

失業率の過去からの推移を確認すると、現在のように2%台半ばの水準が安定して続いたのは1980年代後半から1990年代前半にいたるバブル期以来のことである。当時の話に耳を傾ければ、日本経済が長期的に拡大していくという人々の期待のもと、新卒採用において過剰な接待をされたという話や内定後の囲い込みを受けたといった話も聞く。

こうした現象は採用する企業よりも学生の力が強かったから起きたと捉えることができる。当時の企業は新卒採用において学生を丁重にもてなす中で大量の人員を採用し、優秀人材の確保のために従業員へ高い報酬を支払ってきた。

一方で、バブル崩壊以降、1990年代から2010年代半ばまでは失業率はしばらく高い水準で推移してきた。国際的にみればこの時期の日本の失業率も決して他国と比較して高い水準にあったわけではない。しかし、近代の日本経済の歴史からすれば、この時期は相対的に「労働者が余っていた時代」だと振り返ることができるだろう。

需要に比して労働力が余ると何が起こるか。労働市場の需給が緩めば、今度は労働を需要する側である企業の力が強まる。そして、労働者は企業側に有利な条件で働くことを余儀なくされる。実際にこの時代においては、正社員の賃金の伸びは鈍化し、自身の意思に反して非正規雇用に就かざるを得ない人が増えるなど雇用の問題が社会問題化することになる。

経済全体で需給環境が緩むということは供給に対して需要が足りないということでもあることから、需要を喚起する必要性も生じた。その結果として、企業では新規ビジネス創出の必要性が叫ばれ、政府も需要拡大のための財政出動を社会的に強く求められることとなる。

人手不足はエッセンシャルワーカーを中心に深刻化

その時々の需給環境によって労働者と企業のパワーバランスは変化する。現在のように失業率が低位で安定しているということは、労働者にとっては数ある選択肢の中から仕事を選ぶことができる状態にあることを示している。一方、企業にとっては労働者から選ばれる側になっているということであり、影響は深刻だ。

失業率は労働者の就業の状態を表す指標であったが、今度は企業側に視点を移し、人手不足の状況をデータから確認していこう。

企業の人手不足感を表す指標としてよく使われ、かつ最も信頼性の高い指標といえるのが日銀短観の雇用人員判断DIである。日銀短観では調査対象企業に対して自社の雇用人員が「過剰」か「適正」か「不足」かの3択で企業の状況を聴取しており、「過剰」の割合から「不足」の割合を引いた値を雇用人員判断DIとして公表している。

雇用人員判断DIをみると、現在の企業の人手不足感がいかに深刻かを理解することができる。図表1-10は雇用人員判断DIと景気の動向を指し示す業況判断DIとを比較したものであるが(雇用人員判断DIは正負を反転して表示している)、直近の2023年第4四半期で雇用人員判断DIはマイナス30と多くの企業が人員不足だと答えている。これも過去の水準と比較すると1990年代初頭近くの水準に達している。企業の人手不足感という観点でも、バブル期以来の水準となっていることが確認できる。

日本全国の企業で人手不足が深刻化しているなか、どのような仕事で特に人が足りていないのだろうか。図表1-11は厚生労働省「職業安定業務統計」から職業別の有効求人倍率を取ったものである。

有効求人倍率をみると、求人がたくさんあるにもかかわらず求職者が少ない仕事は、専門技術職(2023年平均:1.84倍)、販売や営業職の含まれる販売職(同:2.03倍)、介護サービスや飲食物調理、接客に関する職業などが含まれるサービス職(同:3.05倍)、警備員など保安職(同:6.69倍)、タクシーやバス、トラック運転手などが含まれる輸送・機械運転(同:2.22倍)、建設・採掘に関する職業(同:5.29倍)などとなる。

一方で、職業安定業務統計があくまでハローワークを介した職業紹介に限定されているという点には留意する必要があるものの、事務職(同:0.45倍)などは比較的低い倍率を維持している。

現在の労働市場を俯瞰してみると、IT専門職などハイスキル職種の人手不足が深刻化していると同時に、いわゆるエッセンシャルワーカーと言われるような現場の仕事に従事する職種で人手不足が深刻化しているのである。このように、ハイスキルワーカーとエッセンシャルワーカーが不足し、事務職など中間的な仕事で人余りが発生している「労働市場の二極化」は、世界的な傾向として指摘されている。

ハイスキルの仕事はまだしも、なぜこうした現場仕事の需給がひっ迫しているのだろうか。それは人が体を動かして行う仕事については、たとえその仕事が定型的なものであったとしても、機械に代替する障壁が高いからである。過去、インターネットやパソコンの普及によって紙のやりとりを伴う仕事がなくなってきたように、定型的な事務作業を行うホワイトカラーの仕事はITシステムの導入などによってかなりの効率化が行われてきたとみられる。あるいは、製造業の領域でも産業用ロボットの普及などによってファクトリーオートメーションが大きく進展している。

一方、介護や建設、運転の仕事など身体的な作業を伴う仕事を人手に頼らず処理しようとなると、ロボティクスやセンサーなど高度な技術が必要となる。しかし、現状の技術水準において、資本コストに見合うだけのパフォーマンスを発揮できるロボットはそう多くない。こうした事情がホワイトカラーの仕事の人余りが発生する一方で、現場仕事の人手が大きく不足する背景にあると考えることができる。

つづく「日本で加速する「人が全然足りない」現実…じつは高齢化がもたらしていた「構造変化」の正体」では、高齢者の高齢化に伴い労働集約的なサービスへの需要が増加する実態について分析する。

日本で加速する「人が全然足りない」現実…じつは高齢化がもたらしていた「構造変化」の正体