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自分の意思に反して身体が動いてしまったり、声が出てしまったりする症状が持続する「トゥレット症」という病気をご存知でしょうか。重度訪問介護を専門とする会社で働く酒井隆成さんは、トゥレット症の当事者として、YouTubeや講演会で積極的に啓発活動に取り組んでいます。今回は、酒井さんのエッセイ『トゥレット症の僕が「世界一幸せ」と胸を張れる理由』から、一部を抜粋してご紹介します。

【写真】運動チックの症状だけで発達した、酒井さんの右腕の筋肉

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「トゥレット症」という病気

突然ですが、質問です。みなさんは、「トゥレット症」という病気を耳にしたことがあるでしょうか?

「はじめてそんな病気の名前を聞いた」という方のために、この病気について簡単に説明させてください。

トゥレット症は発達障害の一種です。アメリカ精神医学会が作成している、精神疾患の診断基準・診断分類である「DSM‐5‐TR」によれば人口1000人あたりに少なくとも3人は認められる病気だと言われています。

この病気には、大きく分けて二つの症状があります。

ひとつは、自然に身体が動いてしまう「運動チック」と呼ばれる症状です。

具体的には、舌を突き出したり、口を大きく開けたり、腕や足、首が勝手に動いたり、まばたきが非常に多くなったりする症状が挙げられます。

もうひとつは、自分の意思に反して声が出てしまう「音声チック」です。

声を出したり、咳払いをしたり、舌打ちをしたり、音声を出すことを止められなくなったりする症状です。

複数の運動チックとひとつ以上の音声チックの症状が確認できて、なおかつチックが始まってから1年以上持続している状態が「トゥレット症」だと定義されています。

たまに学校や街、電車内で、突然顔をゆがめたり、手を動かしていたり、突然「ンン!」「ア!!」などと声を上げたりしている人を見かけたことがあるかもしれませんが、実はこれらの動作も、チックの症状のひとつです。

症状を自覚した時期

僕自身も、そんなトゥレット症の当事者の一人です。

どのような症状があるのかというと、数分間に1回のペースで、「ンッ」「アッ」などと声を上げる音声チックに加えて、まばたきや身体を動かしたりする運動チックが発生します。

そのなかには、自分の身体を叩いたり、大声で叫んだりする症状も含まれています。

僕の症状は、国内のトゥレット症当事者のなかでも、かなり重度なほうだと思います。

最初に僕がこの症状を自覚し始めたのは、小学校3年生くらいのころです。

ずいぶん幼い年齢で発症したかのように感じるかもしれませんが、一般的にはチックの症状は子どものころに発症することが多いと言われています。


『トゥレット症の僕が「世界一幸せ」と胸を張れる理由』(著:酒井隆成/扶桑社)

多くの子どもは成長するにつれてチックがおさまっていくそうですが、なかには僕のように中学、高校、大学と、そのまま症状が続くケースもあります。

小さいころの僕は、もともとひとつの場所にじっとしていられず、おとなしく座っているとつい身体がムズムズして、立ち上がってしまう子どもでした。

そして、9歳前後になると、なぜか普通に歩けず、ヨタヨタと転ぶ動作をはさまないと歩くこともできなくなっていました。

そのころから、周囲の人から「酒井君はちょっと変わっているね」「何かあるかもしれないな」という反応を持たれることが増えていき、漠然と「あぁ、自分はほかの人とは違うのかもしれない」と考えるようになったのを覚えています。

以来、チックの症状と付き合いながら、十数年が経過しています。

身体の不快感と精神的なストレスを与えるチックの症状

チック症は日常生活において、さまざまな負担を与えます。

まず、代表的な負担は心身的な不快感でしょう。

チック症は不随意(ふずいい)運動と呼ばれる運動の一種で、自分の意思とは関係なく勝手に動いてしまうという特徴があります。

ものすごく集中して頑張れば動作を止められることもありますが、大半の場合は止めることは困難です。

みなさんは、“くしゃみ”を、自分の意思で止めたことはあるでしょうか?

頑張れば自分の意思でくしゃみは止められるかもしれませんが、かなりの努力が必要だし、無理に止めた場合は不快感も残るし、反射的に出てしまうものなので、毎回止められるものではないと思います。

チックの感覚をあえてお伝えするならば、「くしゃみが出る!」と感じたときの感覚が、身体中にずっと続いているような状態を、何十倍も不快にした感じ。それがチックの症状に近いのではないでしょうか。

チック自体による不快感のほかに、運動チックによって自分で身体を傷つける自傷行為に加え、意図しない力が身体にかかることでの関節や筋肉の痛み、音声チックで声を出し続けることによる喉の痛みなども発生します。

人によっては、激しい運動チックが発生して、骨を折ってしまうこともあります。

それに加えて、チックで身体が動き続けると、普通の人よりも運動量はかなり多くなり、とにかく体力を消耗します。

そのため、一日の終わりにはぐったりしてしまいます。

日常生活での困りごと

チックによって感じるこうした身体の不快感以外にも、この症状が続くことによって生まれる日常生活での困りごとがたくさんあります。

たとえば、僕のように重度の運動チックを持っている場合、日々の満員電車は地獄以外の何物でもありません。

混んでいる電車内で勝手に腕などが動いたら、隣の人にドーンと身体が当たってしまうかもしれません。ひどいときは、気が付いたら、友人の腕や肩をバーンと叩いていたこともありました。

どんなに気を付けていても、チックの衝動が込み上げてきたら、たいていの場合は止められません。

だから、「いつ症状が出てしまうんだろう」と考えると、ドキドキして、電車に乗るだけでもひどいストレスにさらされます。

そのほか、日常生活で困ることの一例は、手がチックの症状で震えてしまうため、きれいに文字が書けないこと。

さらに、手を机などに打ち付けてしまうので、文房具を壊してしまうこともしょっちゅうです。

僕は絵を描くのが趣味で、デジタルで絵を描くペンタブ専用のペンを使っていたのですが、ひどいときは1日2本ほど壊してしまうことがありました。

デジタルペンは安くても2000〜3000円するので、1週間に5000〜6000円分くらいペン代に費やすことも……。

鉛筆で書けば安く済むのかもしれませんが、鉛筆だとますます芯も折れやすいし、折れた鉛筆を削るのも一苦労なので、デジタルペン以外はなかなか使いづらいのです。

「バカ」などの言葉が出てしまう「汚言症」も症状のひとつ

そうした社会生活での不便さのほか、意外と厄介なのが併発症です。

トゥレット症には、チックの症状以外にもなんらかの併発症が含まれることが多いのですが、類にもれず、僕にもADHD(注意欠陥・多動性障害)や強迫性障害などの併発症があります。

特に困るのが、強迫性障害です。これは、やらなくてもよいような行動を、ついやりたくなってしまう衝動のこと。

たとえば「鍵を閉めたか、閉めてないかが常に気になってしまう」「ガスの火を消したか、消してないかを何度も確認しに行ってしまう」などが代表的な例です。

そして、僕の場合は、「やってはいけない状況で、やってはいけないことをしたくなる」という、悪魔的な強迫性の衝動があります。

一時期とても困ったのが、目の前にいる人に対して、突然中指を立てたくなってしまう衝動です。

ご存じの通り、相手に中指を立ててみせれば、当然相手の心証が悪くなります。僕の病気について知っている人でも、「なんでいきなり中指を立てられなきゃいけないの?」と戸惑っている姿を、何度も見たことがあります。

最近は、その衝動が浮かんだときは、中指以外の指も伸ばして、ストレッチをしているように見せかけてフォローしていますが、無意識のうちに中指を立てていないかという不安はいつもつきまとっています。

それだけでなく、「バカ」「死ね」などの汚い言葉を口にしてしまう「汚言症(おげんしょう)」なども、僕が持っている病気のひとつ。

僕の病気について知らない人の前で出てしまったら、「ケンカを売られたのか?」と誤解されてもおかしくありません。

こうした症状は、周囲とのコミュニケーションに大きな亀裂を生むため、僕を含むトゥレット症の当事者が社会生活を送るうえで非常に大きなハードルになっています。

※本稿は、『トゥレット症の僕が「世界一幸せ」と胸を張れる理由』(扶桑社)の一部を再編集したものです。