(左から)菅田将暉、黒沢清監督

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 「黄金期の到来」と呼ばれるほど2024年は日本映画が傑作続きだが、そんな奇跡の年の中でも圧倒的な存在感を放つ映画が27日に公開された。菅田将暉主演・黒沢清監督の映画『Cloud クラウド』だ。菅田が演じるのは、転売を生業(なりわい)にしている吉井という男。吉井が知らぬうちにばらまいた憎悪の種が、いつの間にか膨れ上がり、“集団狂気”という形で彼に襲いかかる。本作はすでにイタリアの第81回ヴェネチア国際映画祭とカナダの第49回トロント国際映画祭で上映され、10月に韓国の第29回釜山国際映画祭で上映を控えているほか、来年3月にアメリカで開催される第97回アカデミー賞の国際長編映画賞の日本代表作品にも選考されており、国際的な評価にも期待がかかる。今回クランクイン!は、映画祭からの帰国後間もない黒沢と、デビュー15周年を迎えたばかりの菅田にインタビュー。撮影の裏側や多忙な二人を突き動かす“仕事の原動力”などを聞いた。

【写真】ブラウンのコーディネートで取材に応じた、菅田将暉の全身ショット

■ヴェネチアとトロントで異なる反応

――すでに韓国をはじめアジア圏で知名度のある菅田さんですが、今回国際的な評価を受けてきた黒沢監督の作品に出演を決めたのは、欧米進出を見据えた考えもあったのでしょうか?

菅田将暉(以下、菅田):それに関しては何も考えていなかったです。話がとても面白かったことが、ほぼ即決で出演を決めた理由でした。自分の役も展開も、どうなるのかあまり分かっていなかったのですが「やらせていただきます」と。ただ、黒沢さんと初めて出会ったのが、約10年前のスイスのロカルノ映画祭だったので、機会があれば黒沢さんと一緒に映画祭に行きたいとは思っていました。あと、世界中に黒沢さんのファンがいらっしゃるので、もし海外で上映されるとなっても恥ずかしくないようにということは意識していました。

――吉井が転売サイトの売れ行きを見つめるショットを見た時は思わず興奮しました。

黒沢清(以下、黒沢):吉井という男は、俳優が演じるにはなかなか難しい役だと初めから思っていました。終始曖昧な人間で、「イエス」と言いながら慎重であり、うれしさを感じても半分は不安を抱えている。そんな人間が、最終的には殺すか殺されるかの決断を迫られる状況に追い込まれるという物語ですので、どちらに転ぶか分からないような人に演じていただきたかった。そしてこの年齢で1番ふさわしい役者として浮かんだのが、菅田さんでした。スターなので、こんな変な役を引き受けてくださるかは一か八かだったのですが、興味を持っていただけてよかったです。菅田さん以外、他に思いつきませんでした。

――監督はヴェネチアとトロントに行かれていましたが、現地の反応はいかがでしたか?

黒沢:ヴェネチアとトロントで面白いくらい観客の反応が違っていました。どちらもたくさんの人が見に来てくださったのですが、ヴェネチアは固唾(かたず)をのんで見ている感じがあった一方で、トロントでは笑いが起きていました。「ここで笑う? 笑いすぎでしょう、人が死んでるのに」って思う場面もあって(笑)。笑いというのはいろいろな種類がありますが、本作の場合は、本当におかしい時に笑う人と、予想外のことが起きた時に笑うという反応をされる人、どちらもいらっしゃったようでした。いろんな見方ができる作品だと改めて思いましたね。トロントは2回上映があったのですが、どちらも満席で、チケットがプレミア化していたみたいなんですけど、どうやら転売されていたみたいで…(苦笑)。

菅田:そうだったんですか。まさか映画祭にも吉井のような人が。

――皮肉が効いています(笑)。劇中、吉井と秋子(古川琴音)の歪んだ恋人関係が印象的だったのですが、菅田さんはどう解釈をして演じられていたのでしょうか?

菅田:ラブストーリーは大体いびつだと思っていて、特に違和感を感じずに演じたのですが、吉井という人物を考えると、あの愛はリアルだったんじゃないかなと思います。最初に脚本を読んだ時よりも、監督と話したり現場に行ったりした後の方が、吉井は秋子を本気で大事にしようとしているんだなと感じました。転売している時の集中力を考えると、無駄なことをしたくないタイプなんじゃないかなと。古川さんのおかげもあって、秋子と接して芝居をしていく中で、吉井はちゃんと秋子を思っての行動をしていたんだと思いました。

――監督から見た菅田さんの芝居はどのように映りましたか?

■菅田将暉は「本当に表現力がある」

黒沢:予想を遥かに上回った芝居と言っていいでしょうね。吉井は、先程申し上げたように曖昧だけれどもはっきりしている男で、演じるのは本当に難しかったと思います。無表情だったり、どっちつかずだったりと一筋縄ではいかない芝居だったと思うのですが、「これぞ曖昧」というのをずばり的確に演じられていました。矛盾しているようなのですが、吉井が持つ明確な曖昧さと、ピストルを扱うようになるまでの変化が手に取るように分かるんです。本当に表現力がある方なんだと実感しました。

――7月に発売された菅田さんのアルバム『SPIN』では、感情ではなく情景をテーマにし楽曲制作されたそうですが、とても映画監督的な作業だと感じました。脚本を咀嚼(そしゃく)し監督が求める以上の表現に落とし込むことができるのは、アーティストと役者の仕事が相互作用しているからなのでしょうか?

菅田:どうなんでしょう…。僕自身としては一生懸命に演じただけなんです。でも僕自身も曖昧なところがあって、適当で、「白か黒か」みたいなことが苦手なので、そういった素養が生きたのかもしれません。

――吉井と秋子の二人の生活の中でコーヒーミルが登場します。広い家に引っ越した後は、エスプレッソマシンに進化して、ノイズが出る物でかつ生活水準の向上を表すにあたってベストな選択だと思ったのですが、あのアイデアはどうやって浮かんだのでしょう。

黒沢:あんまり深い意味はないんですよ(笑)。キッチンにあるようなもので、場違いでデラックス感があり、猟銃でバーンと破壊したくなるようなものはないか…と考えてからの逆算でした。エスプレッソマシンって、お金がかかっていて、場違いな感じがするじゃないですか。金属でできているから、破壊すると面白いんじゃないかって。じゃあアパートに住んでいる時は、それを買うお金がないからコーヒーミルでガラガラ豆をひいていることにしましょうと。

――逆からの発想だったんですね。ところで、お二人とも手広い分野の仕事をコンスタントに続けている印象があるのですが、仕事の原動力はなんですか?

黒沢:「仕事をしている」と言っていただけるとそれはありがたいのですが、普通のサラリーマンほどは働いておらず、毎日朝から晩まで会社に行くということがありませんから、ものすごく仕事をしているという実感はないんです。ただ映画監督として気持ちいいのは、始まれば数ヵ月後には終わるということです。終わらないとなったら嫌になると思うのですが、スタッフや俳優が集まってわあっと仕事をして、それが終わったらまた次もやりたいなと思えます。次は、前と同じ人やちょっと新しい人が集まって、始まったら終わる。その繰り返しが仕事を続けていられる理由の根底にあるんだと思います。「次はこうやってみよう」「前と違った」「今度はこれだ」「前と同じことをもう1度やってみよう」という風に、終わるからリセットできて続けられるんだと思います。

菅田:無茶苦茶働くぞという時期もあったのですが、僕も、ここ数年はすごく働いているという実感はないです。この仕事で生活をしていこうと決めて、「修行だ。とりあえず場数を踏まなければ」という時もありましたが、それは自分のためだからできたんだと思います。働いているけど、働いている意識があまりないというか…。僕は現場が好きなんです。みんなで集まって、あれこれやっている時間は見ていても楽しくて…。作ることが結構好きなんだと思います。これが原動力かもしれません。

(取材・文:阿部桜子 写真:高野広美)

 映画『Cloud クラウド』は全国公開中。