大阪・関西万博の会場で進む工事(写真:AFP=時事)

建設業の人手不足が一段と深刻化している。業界関係者の誰に取材しても「人が足りない」との声ばかり。現場の技術者・技能労働者を確保できなければ、当然、工事に着手できない。それを端的に表しているデータが建築着工床面積だ。

建設投資額は資材価格の高騰や労務費の上昇によって変動し、ここ4年間は拡大傾向にある。しかし、2023年度の建築着工床面積は前期比8.8%減の1万0831ha(ヘクタール)と、ちょうど60年前、最初の東京オリンピックが開催された1964年の水準まで落ち込んだ。これだけ建築の工事量は減っているのに人手不足は解消されていない。

この先、建築着工床面積が1万haを割り込んで減り続ければ、いずれ人手不足も解消するかもしれない。しかし、それでは老朽化した建物や橋梁などインフラを更新できなくなり、日本経済の基盤を維持できなくなる。そのために必要な施工能力を保持するには一定の人材確保が不可欠だ。

右肩下がりの建設就業者数

国と建設業界では、約10年前から建設労働者の処遇改善に取り組んでいるが、日本の労働人口減少とともに建設就業者数も右肩下がりで減り続けている。「現状のままでは建設業の人手不足はいつまで経っても解消できないのではないか」(大手ハウスメーカー役員)。そんな悲観的な声も聞かれるようになった。

筆者は、東洋経済オンラインで約10年前に掲載した記事「ゼネコンが自らの手で招いた『建設業の衰退』」(2015/01/27)を最初に、10本近い記事を書いて、建設業の人手不足問題に警鐘を鳴らしてきた。果たして、この難題に解決策はあるのか。

「国は、公共インフラの維持・修繕工事を効率的に発注するための入札契約方式の検討を進めているが、そもそも入札への参加者が1社も現れない事態を想定しているのか」――8月22日に国土交通省が開催した「発注者責任を果たすための今後の建設生産・管理システムのあり方に関する懇談会」で、地方ゼネコンを束ねる全国建設業協会の代表から厳しい指摘が飛び出した。

公共工事の発注は、入札参加者が現れることを前提にこれまでは実施されてきた。しかし、大都市に比べて人口減少が進む地方では、建設労働者の数も激減しており、参加する建設事業者が現れない事態も出てきている。インフラ管理者としては、誰も手を上げないからといって、必要な維持・修繕工事を実施しないわけにはいかない。その対策を「国は考えているのか?」との問いかけである。

大阪万博や能登半島地震にも影響

民間工事でも施工能力不足は顕在化している。ちょうど1年前に掲載した「大阪万博『工事遅れ』背景に施工能力不足の深刻」(2023/09/07)では、関西4府県の建築着工床面積(住宅除く)が年間約700haであるところに、会場面積155haの大阪・関西万博の工事が発注された事実を指摘。人手不足でフル操業状態が続くなか相当な負荷がかかったことが海外パビリオンなどの工事遅れにつながったのは間違いない。

この記事では、地震などの大災害が発生したときに施工能力不足によって復旧・復興が進まないことにも警鐘を鳴らした。不幸にも、その4カ月後に能登半島地震が発生し、半島という地理的な条件もあって多くの被災建物は撤去されずに放置された状況が続いている。今年8月には初めて巨大地震注意が発表された南海トラフ地震では東日本大震災の約20倍となる約238万6000棟の建物被害(全壊)が想定されており、その対策も真剣に考える必要がある。

建設生産システムは、土木は主に機械化で、建築はプレハブ化によって生産効率の向上が図られてきた。しかし、敷地に合わせて用途ごとの建設構造物を構築するにはどうしても人手が必要となる。とくに建築の内装や設備などの工事はほぼ人手で行われており、躯体部分をいくらプレハブ化しても、それ以外の工事には技能労働者が欠かせない。

「いま、最も足りていないのは造作大工(内装工)だ。これまでは期末の3月、9月に工事が集中していたが、今年度からは工事量の平準化を本格的に進めている」

賃貸住宅建設最大手の大東建託が7月27日に東京ビッグサイトで開催した技能競技大会「匠マイスター技能選手権」の会場で、同社の工事発注担当者から人手不足の実情を聞いた。

同大会には、関東地区の協力会社で技能の高い職人たち約50人が出場し、仮設で作った賃貸住宅のモックアップに断熱材を入れ、石膏ボードを張るなどの内装工事を行う大工と、配線とコンセントの設置などの電気工事を行う電工、水道の配管工事を行う設備工の3人がチームを組んで技能を競う。休み時間などに手あたり次第に参加者に新規職人の採用状況を尋ねて回ったが、「いまどき職人になろうなんて若者はいないよ」との声ばかりだった。

建設業界が抱える最大の課題

建設業界が抱える最大の課題は「月給制」の実現であると筆者は考えている。そのことは約10年前の記事「職人軽視の日本人が、建設業をダメにする」でも書いた。

建設業界では、ゼネコンやハウスメーカーなどに正社員として雇用されている技術者は決まった給与が支払われる月給制である。しかし、その下請けで働く技能労働者は働いた仕事量に応じて給与が支払われる「日給月給制」が広く適用されてきた。

現在でも仕事量で賃金が決まる「手間請負」で仕事が発注されるケースは多い。大東建託から仕事を受託している設備工に聞くと「1戸仕上げると、いくらと手間賃が決められている」という。仕事の発注量が月ごとに変動すれば、それによって給与もアップダウンする。大東建託が工事の季節変動の平準化に乗り出したのは、発注者側の都合よりも技能労働者の稼働率アップと処遇改善を優先したからだろう。

全国建設労働組合総連合(全建総連)では、毎年、賃金調査を行っており、2023年調査では約10万人から回答を得た。「若手経営者を中心に月給制を導入する企業は増えてきているが、まだ全体の4割。2009年のリーマンショックで建設需要が激減したときに36万〜37万人に減った一人親方も、その後は増える傾向にあり、2023年には63万人に達している(技能者全体で304万人)」(長谷部康幸・賃金対策部長)。まだ全体の6割が日給月給制というのが実態だ。

一人親方=一人事業主と言えば聞こえはいいが、要はフリーランスの技能労働者である。常用雇用でも仕事量で給与が変動するのは非正規雇用のパート・アルバイトと同じだ。実力が付いて稼げるようになって独立するのであれば日給月給制でもいいかもしれないが、結婚し子育てできる生活基盤を整えなければならない若い頃から非正規雇用のような処遇では、国主導でいくら労務費の確保を図っても、若者の入職者を増やすのは難しいのではないか。

高度経済成長期に現在の労働慣行が定着か

建設業界で、こうした労働慣行が定着したのは1960年代の高度経済成長期と考えられる。戦後復興で建築着工床面積は急激に増え、1964年度に年1万haに達したあと、わずか6年後の1970年度には年2万haを突破した。短期間に着工床面積を倍増できたのは、手間請負で受注量に合わせて容易に労働力を調達できるようになったからだろう。

それを裏付けるのが、建設許可業者1社あたりの建設就業者数の推移を表したグラフだ。


一般的に企業が事業規模を拡大し市場の寡占化が進むと、1社当たりの雇用者数は増えていくはずである。ゼネコンなどの元請け事業者も、かつては技能労働者を直接雇用していた時代もあったと聞くが、1960年代半ばから1社あたりの就業者数は急激に減少。元請け事業者は自ら技能労働者を抱えず、建設工事の受注量に応じて外部から労働力を調達する体制にシフトした。それによって建設業の重層下請け構造が形成されてきた。

1980年頃には1事業者当たりの就業者数は10人程度まで低下し、その状況は現在まで40年以上も変わっていない。それによって、どのような事態が生じたのか。建設技能労働者を育てられる企業が減り、業界全体で人材育成の機能が低下してしまった。

職人を育てられなくなった

筆者の実家も1990年代後半に廃業するまで零細工務店を経営していたが、1980年頃までは3人の若者を住み込みで雇って育てていた。工務店が自ら大工を育て、彼らがいずれ独立し、次の世代を育てる。それぞれの専門工事業者が、自ら職人を育てることで持続可能な建設業が実現できていた。

しかし、1980年代に入って不動産バブルが発生すると、ゼネコンは不動産開発事業に乗り出し、1990年のバブル崩壊で大量の不良債権を抱えて経営難に陥り、人材を育てる余力が失われた。工務店も、ハウスメーカーやハウスビルダーとの競合による下請け化で職人を育てられなくなった。その結果、1990年代後半から29歳以下の若年就業者の比率は急激に減少し、2023年時点で建設就業者に占める割合は11.6%(全産業平均16.7%)となっている。

人材を育てられなくなった産業は衰退していくしかない。建設業の重層下請け構造を生み出したのは、一括請負方式で工事を受注するビジネスモデルが大きく影響している。果たして建設業は、ビジネスモデルを変革し、持続可能な産業へと生まれ変わることができるのだろうか。次回の記事では、その建設業で起こりつつある変化の兆しを見ながら、その可能性について考えてみる。

(千葉 利宏 : ジャーナリスト)