映画『ラストマイル』が公開25日間で観客動員数271万人、興行収入38.5億円を突破した。ドラマ『アンナチュラル』と『MIU404』を手がけた塚原あゆ子監督と脚本家・野木亜紀子氏による作品で、その舞台は「世界規模のショッピングサイト」の巨大物流倉庫や、運送会社のオフィス、配送の現場だ。90年代から物流業界を取材してきたジャーナリストの横田増生氏が、“業界のリアルな現状”について解説する。(全2回の1回目/後編に続く)

【画像】ドラム缶の風呂に入り胸もあらわに奔放な姿を見せた満島ひかり。11歳で篠山紀信に撮影された可愛すぎる姿も…(この記事の写真を見る)

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 映画館の画面いっぱいに映るネット通販企業の物流センターや、宅配便の配送トラックを見ながら、時代は大きく変わったな、と思わずにはおられなかった。

 ネット通販業者の〈デイリーファスト〉から出荷され、〈羊急便〉が運ぶ宅配荷物が次々と爆発を起こすサスペンス映画『ラストマイル』を観た感想である。


「DAILY FAST」の巨大物流倉庫(映画『ラストマイル』公式Xより)

「社内で不要な波風が立つんですよ」

 90年代に物流業界の業界紙記者としてジャーナリストのキャリアをスタートさせた私は、物流の現場を舞台にした劇場映画が作られ、大ヒットする時代がくるとは想像もできなかった。

 記者時代、企業の物流担当者を集めて座談会を開こうと企画したことがあった。ある上場企業の「取締役物流部長」の肩書を持つ人に出席のお願いをしたところ、こう言って断られた。

「僕は、一応、取締役という肩書はついていますが、物流部長というのは、草野球でいうライトで8番ですから、たとえ業界紙であっても、僕がべらべらしゃべったとなると、社内で不要な波風が立つんですよ」

「うーん」と深く考えさせられる一言で、30年たった今でも鮮明に覚えている。物流部長がライトで8番なら、製品開発部長はエースで3番、営業部長はサードで4番――あたりとなるのか。私は業界紙で働く間、企業の物流担当者の哀愁と物流業者の悲哀を何度も感じた。

物流業界では「ラストワンマイルを制する者が…」

 映画の題名の「ラストマイル」は、ラストワンマイルを略した言葉で、物流業界では「ラストワンマイルを制する者が、ビジネスを制する」というように使われる。

 どれだけ優れた製品やサービスを開発しようとも、消費者に届ける配送品質が高くなければ、すべてが台無しになる、という意味。通販業者が宅配業者に発破をかけるときに使い、また、宅配業者が自分たちの存在意義を確かめるときに口にする言葉だ。

 映画では、火野正平が演じる軽トラの「一人親方」が、「日本経済という奇跡を起こしているのは物流なんだ。物流なくして、国はなし」と語っている。

 せっかくお気に入りの商品を買ったのに、届けに来た宅配業者の対応が悪くって、がっかりした経験を持つ人も少なくないと思う。逆に、顔見知りの配達員に融通や機転を利かせてもらった人もいるだろう。

映画は“ブラックフライデー”の前夜から始まる

 大ヒット上映中の『ラストマイル』は、米系のネット通販企業であるデイリーファストの書き入れ時である“ブラックフライデー”の前夜から始まる。羊急便がデイリーファストの荷物を配送すると、木造アパートの一室が吹き飛ぶ大爆発が起こる。爆発する危険がある荷物はそれだけではない。少なくとも10個以上あるという状況。

 しかし、デイリーファストの物流センター長に赴任したばかりの舟渡エレナ(満島ひかり)は、爆発する荷物がまだ残っていることを知りながら、あの手この手を使って、爆発物があることをごまかそうとする。

 彼女は社是である「カスタマー・セントリック(顧客第一主義)」を錦の御旗として振りかざし、センター運営の効率維持に邁進する。

 カスタマー・セントリックという言葉は、アマゾン・ドット・コムの社是である〈カスタマー・オブセッション(顧客中心主義)〉を彷彿させる。

 その物流センターにおける正社員はわずか9名、あとは700人を超すアルバイトが彼らの手足となって働く。正社員に比べ、アルバイトが多い点もアマゾンと酷似する。このいびつなほど高いアルバイト比率も、映画中では重要な意味合いを帯びてくる。

 爆発物の配送を恐れる羊急便の八木竜平(阿部サダヲ)は、デイリーファストの配送を止めようとする。けれども、舟渡エレナは、配送を中止するなら羊急便との取引を中止する、と脅しをかける。羊急便の取引の6割をデイリーファストが占めているため、首根っこを押さえられている状態だ。

 全国に張り巡らされた宅配便のネットワークの中に爆発物が紛れ込めば、いつどこで次の爆発が起こってもおかしくない。映画全般に張り詰める緊張感はここに起因する。

 テンポよく展開する物語、前半に張られた伏線を1つずつ丁寧に回収していく筋立て、役者陣の好演――と映画を観る楽しみを味わえる要素が揃っている。

 個人的に好きだったのが、弁護士役で出演した薬師丸ひろ子。来年還暦を迎える私の世代には、ぐっとくる女優だ。

十分に物流業界の現状を下調べして作られた映画

 同時に、90年代から物流業界を取材してきた身としては、この映画が十分に物流業界の現状を下調べして作られたことを意識せざるを得ない。

 経済活動の裏方であった物流業界が、われわれの日常と切っても切れなくなるサービスへと変貌する転機となる3つの出来事を振り返っておこう。

(1)最初は1957年。

 佐川急便の創業者である佐川清が、飛脚として大阪にある問屋からカメラ10台を京都のカメラ屋に届けたとき。これが宅配便が生まれた瞬間だ。このときは、企業間の配送だった。ビジネス用語ではBtoB(Business to Business)と呼ぶ。

(2)次は1976年。

 企業間だった宅配便を家庭からミカンやお米などを送る主婦層をターゲットに絞って改良したのが、ヤマト運輸の小倉昌男で、〈宅急便〉としてサービスを開始する。これはCtoC(Customer to Customer)と呼ばれる。ちなみに、宅急便はヤマト運輸のサービス名であり、宅配便はその一般名詞だ。

(3)最後は2000年。

 アマゾンジャパンのサービス開始。日本では再販制度があり書籍の値引きができなかったため、代わりに配送料を無料とした。通販企業から消費者に配送されるのはBtoC(Business to Customer)と呼ばれる。

アマゾンジャパンの上陸に伴う「送料無料サービス」の“影響力”

 3つのうちで、最も大切なのはアマゾンジャパンの上陸に伴う送料無料サービスの開始。これを契機にネット通販と宅配便が一気に人々の生活に浸透していく。と同時に、送料無料が運賃のダンピングを引き起こし、宅配業者と、そのドライバーが大きく疲弊することにつながる。

 宅配便の取扱個数は現在、年間50億個を超え、アマゾン発の荷物は10億個前後とみられる。今や生活とは切っても切り離せないぐらい密接な存在となった。

 だが、同時に、さまざまな報道によって、物流センターでの労働環境や、宅配業者の待遇などが数々の問題をはらんでいることが周知の事実となってきた。そうしてできたコンセンサスの上に、この映画は成り立っている。

 取材のため「2度、アマゾンの物流センターで働いたことがある」という筆者が現場で見たものとは。後編でくわしく紹介する。

40代男性に「このビルの屋上から飛び降りろ」と…アマゾンの物流センターで働いた筆者が解説 映画『ラストマイル』の“背景”〉へ続く

(横田 増生)