悪い夢にうなされる老灯台守・エヴァンは、彼の名を呼ぶ戸外の声に起こされた。引き潮の時のみ繋がる陸地から、食料を配達してくれる若者・シモンの来訪だった。噂好きの彼は荷物を渡すかたわら、街の近況をあれこれ話しては帰っていく。

 その夜、荒れた海を独りで見守るエヴァンの耳に、異音が響く。灯台の立つ岩礁に、古い小舟が漂着したのだ。その舟に人の姿はなく、死に瀕したかもめの雛のみが横たわっていた。エヴァンはできるかぎり介抱する。明け方、仕事を終えた彼は雛が姿を消したことに気づくが、それと同時に目に飛び込んできたのは、背中に翼を持つ幼児が床で魚を貪り食う姿で──。

 本作は隔月刊BL誌『ihr HertZ(イァ ハーツ)』(大洋図書)で連載されている。著者はこれまで作品ごとにギャグやシリアスといった異なる形で、そのつど読者を魅了してきた。特に80年代アメリカの田舎町を舞台に、夢破れたウェイター兼男娼とアーミッシュの青年との切ない恋を描いた『ラムスプリンガの情景』(心交社)は、その年の話題をさらい、記憶に残る一冊となった。

 そんな著者が送り出す新作は、ファンタジーだ。正体不明の幼児になつかれたエヴァンは、飼い猫のバトーとともに、不慣れな育児を開始する。かもめの子に服を着せては成長の早さに目を見張り、辞書を引いては「45日ほどで若鳥に成長する」ことを知り驚愕する。驚きづくしの新生活の中で、彼は子どもに「ルネ」と名前を付ける。

 彼らのふたり暮らしは、騒々しくもかわいらしい。徐々に言葉を話し始めたルネとの時間は笑いがあふれていて、思わずこちらの頬も緩む。一方、職人気質のエヴァンが灯台守として仕事をこなすシーンは静けさに満ちており、その職を含めて興味が湧いた。彼はなぜ灯台守となり、独りで暮らすようになったのか。彼の悪夢の理由は何なのか。

 謎はそれだけではない。ルネの到来と示し合わせたかのように、エヴァンは徐々に若返っていく。急激に成長するルネと、老いから遠ざかるエヴァン。シモンの軽口のせいでルネの存在が街の人々に知られ、なんとか受け入れられた後も、ふたりの変化は続いていく。エヴァンの過去とルネの存在はどう繋がり、どんな関係性を作っていくのか。目が離せない。

 1巻では二人の出会いと成長が描かれたが、恋愛はまだ始まっていない。ジャンルとしてふだんBLを手に取らない方も、どことなく児童書感のある表紙のイラストに惹かれたら、ぜひ読んでみてほしい。その勘はたぶん、当たっている。

(田中香織)