革新的な広告やキャンペーンを数々打ち出してきたマクドナルド。写真は、2024年8月に賛否が噴出した日本マクドナルドのAI広告(画像:日本マクドナルド公式Xより)

8月に“AI広告”が炎上したり、9月に入って7種類の新商品「月見ファミリー」を期間限定発売したりと、何かと話題に事欠かないマクドナルド。今回はスタッフに関する新たな取り組みが話題になっている。

9月10日、店舗アピアランスポリシー(アルバイトスタッフの身だしなみに関する規則)を改訂し、髪色を自由化したと発表したのだ。

この発表に対するネットやSNS上の声は、おおむね良好であったが、「そこまでしないとアルバイトが確保できないのか」「質の高いアルバイトが確保できるのだろうか」といった意見も散見された。

改訂前にテスト導入をした天王寺北口店(大阪府)では、昨年の3倍のスタッフを採用できたというが、今回のマクドナルドの決定は、単なる人材確保のためだけでなく、「社会課題の解決」という大きな意味を持っていると筆者は考えている。


マクドナルドが発表した改訂後のアピアランスポリシー(画像:日本マクドナルド公式サイトより)

“髪色自由化”は「スマイルあげない」の続編?

筆者が上記のように考える根拠として、日本マクドナルドが昨年6月に「スマイルあげない(「No Smile」)」キャンペーンを実施し、海外の広告賞を多数受賞したことがある。

本キャンペーンは、Z世代のリクルーティングを目的としたもので、タレントのあのさん(コラボ時の名義はano)とコラボレーションして楽曲をつくり、ネット上で配信するという展開を行っている。

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このキャンペーンは、「New York Festivals 2024 Advertising Awards」でグランプリ、金賞、銅賞を含む5冠を受賞。

「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル2024」(以下、「カンヌライオンズ」)では、金賞を含む合計3つの賞を受賞しており、海外から高い評価を得ている。

このキャンペーンを知らない人も多いのではないかと思うし、筆者としても、どうしてこのキャンペーンが海外でここまで高く評価されているのか、当初は理解できなかったというのが正直なところだ。

受賞の理由を読み解いていくと、働くときも「自分らしくありたい」と思う若い世代の気持ちに寄り添って、マクドナルドが数十年にわたって使ってきた「スマイル0円」を時代に合わせて刷新するという取り組みが評価されたポイントであることが理解できた。

つまり、これは単なるリクルーティングのキャンペーンではなく、「若い世代が自分らしく働くこと」を支援する取り組みでもあるのだ。


あのちゃんことanoを起用した「スマイルあげない」キャンペーン(画像:日本マクドナルド公式サイトより)

先述の「カンヌライオンズ2024」では、フランスの自動車メーカーのルノーの “Cars to Work(通勤のための車)”が、2部門でグランプリ、2つの金賞という多数の賞を獲得している。

これは、フランスでは公共交通機関が不便な地方や郊外に住む失業者は、車がないと就職できないにもかかわらず、就職できないと車のローンが組めないという問題に目をつけたものだ。

これに対して、ルノーはこうした地域に住む失業中の人々に、本採用となるまでローンの支払いを免除するというプランを提供した。

そうした流れで位置づけてみると、今回発表された「髪色自由化」も単なる人材確保というにとどまらず、若者の就業支援、さらには自己肯定感の促進という「社会課題の解決」という役割も担っていることが理解できる。

「大げさではないか」と思われるかもしれないが、決してそうではない。

Z世代にとっての「自分らしさ」

マクドナルドは、今回の規約改訂に関して、下記のような表明をしている。

約20万人のクルーが髪色を自己表現の1つとして自分らしい働き方をしてほしい、また自分らしく働くことによってさらにポジティブに仕事に取り組んで欲しいと、一人ひとりにあった価値観を尊重しながら、お客様に快適な環境でお食事をしていただける店舗運営に努めていこうという、想いを込めて実現したものです。


試験的にテスト導入をしていた、大阪府のマクドナルド天王寺北口店のクルーの声(画像:日本マクドナルド公式サイトより)

先行する似た取り組みとして、P&Gのヘアケアブランドのパンテーンが、2018年9月から行っている「#HairWeGo さあ、この髪でいこう。」がある。

この一連の取り組みの中で、パンテーンは「#令和の就活ヘアをもっと自由に」プロジェクトを始動させ、自分らしい自由な髪で就職活動を行うことを呼びかけた。2019年には、令和元年の内定式に向けて、139社の企業から賛同を集め、「内的式に、自分らしい髪で来てください」と呼びかけている。

筆者は大学教員になって、3年半になるが、いまの大学生は非常にさまざまな髪型、髪色をしている。

自分自身は国立の理系学部だったこともあるかもしれないが、学生だった頃は、同級生の髪色はほとんど黒だった。茶髪の人が一人いたが、「あいつは茶髪やけど、真面目で成績もいいんや」みたいな言われ方をしていた。

いまの学生は、男女問わず、金髪だけでなく、青や緑の髪色をしていたりする人もいるのだが、そういう学生が勉強を怠けていたり、成績が悪かったりするかというと、まったくそんなことはない。

五輪においても、金髪の若手アスリートを目にすることも多くなった。日本選手団の旗手を務めた女子フェンシング・江村美咲さんもそうだった。

江村さんは外見に関して批判されたが、それに対して「自分の好きな自分だったらいいかなと。いろんな意見あると思うけど、自分が一番心地よいことが大事」と答えている。


金髪姿がトレードマークだったフェンシングの江村美咲さん(画像:本人の公式Instagramより)

江村さんの発言からも、若い人にとって、髪の色、あるいは髪型やファッションは「自分らしさの表現」でもあることがうかがえる。

資生堂のメイクアップブランド「マジョリカ マジョルカ」は、「流行より自分らしさを大切にする」若年層向けブランドとして、2003年に誕生している。この辺の時代から、若者が「自分らしさ」を重視するようになり、メイクアップやファッションで「自分らしさ」を表現する時代になっている。

海外では「アクセサリーだらけ」「椅子に座って」接客

マクドナルドの発表を見ても、そうしたZ世代の特徴を踏まえているように見える。

筆者はコロナ前、1カ月単位で海外旅行に行っていたが、接客サービスに対する意識が、日本とかなり異なっていることに気付かされた。

ヨーロッパに行ったとき、スーパーのレジや、ホステルのスタッフが、いろいろな髪型、髪色をしていた。中には、いくつもアクセサリーやピアスを身に着けている人もいた。また、彼らは椅子に座って接客をしていた。服装も人それぞれで、制約は少なそうだった。

フランス領ポリネシアを旅した際は、豪華客船に乗ったのだが(一番安い相部屋だったが)、スタッフの服装はラフで、フレンドリーだった。

最初は戸惑ったが、すぐに慣れて、外見や接客のやり方は気にならなくなった。むしろ、日本の接客サービスのほうが、型にはまっていて、窮屈だと感じるようにさえなった。

マクドナルドの場合は、飲食業でもあるから、衛生的であることが求められる。その点で、外見の制約はあるのはやむを得ない。ただし、髪の色や服装は、ある程度自由にしても何ら問題はないように思える。


AI広告では「指が6本ある!?」と不気味さも話題になっていた(画像:日本マクドナルド公式Xより)


AI広告に登場する少女(画像:日本マクドナルド公式Xより)

変わっていった「働く意義」

最近、カスタマーハラスメントが問題視されるようになっているが、顧客と企業は主従関係ではなく、対等な関係あるという考え方も浸透してきている。

「不快なお客様もいるかもしれないから」「お客様からクレームが入ったから」という理由で、スタッフの外見や態度を変える必要もなくなってきている。

貧困状態にあれば「食べていくためには、我慢しなければならない」という発想にもなるだろう。高度成長期であれば「近い将来きっと報われるから」と思って、耐えることもできるだろう。

しかし、現在はどちらの時代でもない。若年の就職状況は売り手市場で、仕事を見つけること自体はさほど難しくなくなりつつある。一方で、「働くことの意義」を見出すことは難しくなっている。

そうした中で、「自分らしく働ける」ということが、働くことの動機づけになっているのだ。

現代の企業には、営利活動だけでなく、「社会課題の解決」も求められている。そこには、環境問題や人権問題に取り組むというだけでなく、従業員・スタッフが誇りを持って働ける環境を整えるということも含まれる。

こうした流れは、今回のマクドナルドの発表がシグナルとなって、外食産業、接客業全体へと広がっていくだろう。

【写真】「指が6本」“不自然な美少女”のAI広告、髪色自由化を導入した店舗のクルーたちなど、革新的なマクドナルドの施策を見る

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)