埼玉を拠点とするプロサッカーチーム・浦和レッドダイヤモンズ(以下、浦和レッズ)は、2023年度の売上高を103億8400万円とし、同年唯一の売上100億円を超えたJリーグチームとなった。これは、史上初めての100億円超え(114億円)を達成した2019年のヴィッセル神戸以来、2チーム目の記録だ。

ヴィッセル神戸の100億円越えは、当時、世界的スター選手であったアンドレス・イニエスタの加入などに伴い、多額の人件費支援を親会社である楽天から受けたという特殊な背景があり、他クラブでの再現性が高いとは言いづらかった。では、浦和レッズは2023年、いかにして売上100億円超えを成し得たのだろうか? 

浦和レッズの広報とマーケティングを所掌する星野高明氏は、この理由について、「有料入場者数の増加」「グッズ収入の拡大」「スポンサー収入の増加」の3点をキーポイントとして挙げる。本記事では、とくに有料入場者数の増加とグッズ収入の拡大に注目し、そこに秘められたマーケティング戦術やその考え方について紹介する。

マーケティングができることは売上の下限を上げること



まず、前提として2023年度の浦和レッズは、他クラブより試合数が多かった。JリーグカップやAFCチャンピオンズリーグなどのカップ戦でトーナメントを勝ち上がり、決勝まで駆け上がったからだ。試合数が多ければその分、入場料やグッズ収入を得る機会が増えるため、売上はおのずと上がる。

となると、強いチームや調子の良いチームというだけで売上は上がるのだろうか? 勝ち負けをエンターテイメントとするスポーツチームにとって、チームの勝敗が売り上げに影響することは当たり前かもしれないが、星野氏は「マーケティング的視点に立って試合と向き合った結果が、事業面での成果に繋がり始めている」と自信をのぞかせる。

ただし同氏は、「あくまで売上の上限を上げてくれるのは浦和レッズというチーム自体でしかない。彼らが大きなエネルギーを発揮するとき、ファン・サポーターの方々の満足度と比例して売上の上限も上がっていく。一方で、我々のマーケティングチームができることは、売上の下限を上げていくことだけ」と謙遜し、「たとえば、『今日の試合は負けてしまって悔しいけど、一日を振り返ってみるとある程度は楽しかった』と思ってもらえるかどうかは、マーケティングの出来次第とも考えられる」と話す。

キーゲーム、そしてゴーゴーレッズデー



浦和レッズは、他のJリーグクラブと比べて無料の招待チケットを使った集客が極端に少なく、集客の大半を有料の入場で賄えているという事実がある。背景にあるのは、新規来場者の獲得とシーズンチケット購入者の増加だ。

同クラブでは、複数の部門を横くしで通した「プロモーションミーティング」という会議体を運用し、「キーゲーム」と呼ぶ収益を拡大化するうえでの重要なホームゲームを早期に確定させ、そこにマーケティング視点でのコストとリソースを集中投下しているという。このキーゲームは、たとえば強豪同士の試合など、サッカー文脈を考えた試合ではなく、新規来場者がスタジアムに来やすい時期の試合、たとえば、夏休みやゴールデンウイークなどの期間に行われる試合を指すという。

「ファミリー層の方々に来場いただきやすい時期のホームゲームなどをキーゲームに設定して施策を練っている。そのため、ファミリー層が外出先を検討するうえで情報収集するであろう動線上に、広告やキャンペーンを展開している」と星野氏は話し、「デジタル広告やOOH、マイクロインフルエンサーなどを使っているが、奇をてらったことは一切していない。基本的なマーケティング施策を忠実に行っているだけ」と続ける。

「キーゲーム」のなかでも特に、新規の来場者、あるいは将来のサポーターを獲得するためにもっとも注力しているのが、「ゴーゴーレッズデー」という小中高生を対象とした指定席特別料金デーだ。選手が間近に見られる席も、スタジアム全体が見やすい席も一律550円で観戦できる年1回のスペシャルデーとなっており、当日には、オフィシャルパートナーとコラボした体験型のイベントや子ども専用ファンショップ、加えて「レッズ サッカー ワンダーランド」と名付けたサッカーにまつわるレクレーションやコンサートなどの催しも開かれる。

「外出先としてさまざまな選択肢があるなかで、サッカー観戦ができることはもちろん、そのほかにも楽しいイベントが溢れる一日であることを提案している」と星野氏は語る。



新規来場者と既存サポーターへの心配りのバランス



もちろん、新規来場者ばかりを見ているわけではないという。というのも、浦和レッズのシーズンチケット申し込みは2024年、2万席を越えており、他クラブと比べても驚異的な数字を記録している。つまり、スタジアムに足を確実に運んでくれる既存サポーターが非常に多いのだ。そうしたなかで、「新規来場者ばかりに目を向けるのではなく、まずはずっと応援してくれているサポーターの方々の気持ちから考えていこうとスタッフ同士で常に声を掛け合っている」と、星野氏はクラブスタッフの意識を教えてくれた。

シーズンチケット購入者には小中高生もいるようで、「ゴーゴーレッズデー」の際には不公平感が出ないよう、オリジナルのハンドタオルなどをプレゼントしている。「正規料金で購入してくれた方にしっかりと向き合い、追加のプレゼントを必ず用意している。こうした意識がセットでなければ、新規来場者獲得のキャンペーン施策に踏み出すべきではない」と星野氏は言い、「既存のサポーターと新規来場者、どちらかを重要視するようなことは絶対にない」と断言する。

シーズンチケットの更新率は毎年95%以上と高水準で推移しており、新規の購入者も毎年4桁水準でいることから、トータルのシーズンチケットホルダーは微増が続いているようだ。 星野氏いわく、新規来場者と既存サポーターへの心配りのバランスを間違えないことが重要だという。

良い感情を共有しあう先にあるロイヤルティの向上



一方で、グッズ収入についてはどうだろうか? 入場者数の増加に比例して売上が上がることはもちろんだが、ここでも、サポーターの態度変容を意識し、戦略的に売上を上げているという。たとえば、試合に勝利したら販売する特別な商品などを用意し、サポーターの熱量が上がったモーメントを逃さない取り組みをしているようだ。

ただ、「勝利時の熱量を活かして売上を上げたいという思惑ばかりがあるわけではない。試合に勝利したという嬉しい気持ちを共有したいという想いがベースとなってグッズを販売している。良い感情をチームとサポーターで共有しあう積み重ねの先に、ロイヤルティの向上があるのではないか」と、星野氏は分析する。

グッズ収入はこれまで、入場料収入の3分の1程度だったというが、直近は3分の2ほどまでに勢いを増し、2023年は過去最高の売上を更新した。

グッズ収入の大きな柱はユニフォームであり、こちらもただ販売するだけではない。たとえば、ユニフォームのデザインに込められた想いをサポーターに共有するため、専用の動画を制作し、Web上に公開している。

「ユニフォーム自体の期待感などを伝えていくことにもリソースを割いたことは、過去と比べると大きく変わったことだ」と星野氏は言い、「クラブの哲学や熱量などを表したユニフォームを背負って選手たちがプレーするのであれば、サポーター自身もそれを身に着けたいと思ってくれるはず」と、情緒的な価値の訴求を大事にしている旨も話した。

ファンの気持ちに寄り添うということ



「スタジアムに来場してくれる方やグッズを購入してくれる方を『生活者』や『消費者』といった言葉で表現することは絶対にない。そうした方たちは浦和レッズのファン・サポーターであり、気持ちを込めて一緒にチームを支えていく仲間のような存在。クラブの事業面での成長は『ビジネスの成功』ではなく、そうした方たちによるチームを支えたいという思いの表れだ」と星野氏は話し、「だからこそ、自分たちが売りたいものを買ってもらう、という発想自体が存在しえない」とまとめる。

サポーターがどういった気持ちでスタジアムに来たいと思うのか、あるいはグッズを買いたいと思うのか。「目一杯に想像力を働かせて、その気持ちに寄り添う努力を続けていくだけ」と星野氏は続ける。スポーツチームの売上戦略というある種のファンマーケティングは、実直にファンに寄り添い、一緒に成長していくものなのかもしれない。



文/島田涼平
写真/©URAWA REDS