B面に「緑色のラグーン」収録 早見優「誘惑光線クラッ」

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【前後編の前編】

 昨今、1970〜1980年代のシティポップや昭和・平成・令和のアニメソングなど、日本の音楽が海外でヒットする事例が数多く見られるようになってきた。これは、音楽サブスクリプション(定額制ストリーミングサービス。通称『サブスク』)の普及や、YouTubeなどで発信される動画に世界中からアクセスできるようになったことが大きな要因だろう。

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 さらに、近年は昭和の女性アイドルの楽曲がサブスクで人気となるケースも増えてきた。しかも、テレビやラジオの歌番組ではあまり披露されてこなかった、シングルの「B面」に収録された楽曲が人気となることも少なくない。

B面に「緑色のラグーン」収録 早見優「誘惑光線クラッ」

 もちろん、‘80年代当時でも、松田聖子「SWEET MEMORIES」や、薬師丸ひろ子「すこしだけ やさしく」をはじめ、話題となった昭和アイドルのB面曲もあったが、それらはCMやテレビ番組とのタイアップなど、それぞれに聴くきっかけがあった。しかし今は、ノンタイアップだったシングルB面曲が、場合によってはA面曲よりも再生されているのだ。シングルのB面というのは、そのレコードを買うなり、借りるなりして両面とも聴いた人しか知らないことが多く、この現象は日本のリスナーにはなかなか理解できないものだろう。

 そこで、J-POPにハマって日本に移住して約20年になるアメリカ出身のギタリスト、マーティ・フリードマンに、人気の秘訣について尋ねてみた。マーティと言えば、かなり初期から松浦亜弥の魅力をメディアでアピールするなど、平成以降のJ-POPの解説に定評があるが、こうした昭和ポップスはどのように聴いてきたのだろうか。

「実は、自分のめっちゃ好みの音楽からは少し離れています。僕は、つんく♂さんがプロデューサーとして活躍し始めた時代(‘00年前後)から、日本のポップスが未来に向かってどんどん発展していくのを追いかけてきたんです。だから、その逆方向にある昭和アイドルは、取材などをきっかけに聴くたびに、好きな曲が日々見つかっていくという感じですね」

 それでは、ここからは昭和アイドルの「B面曲」の中から海外で評判の楽曲5曲を聴いてもらった感想を伺ってみたい。

ケース1:早見優「緑色のラグーン」

‘84年3月発売のシングル「誘惑光線・クラッ!」のB面で、A面、B面ともに(作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:大村雅朗)という大ヒット・メーカーによる強力作。加えて、「誘惑光線・クラッ!」は本人出演のCMソングというタイアップ効果も手伝って、オリコン最高7位、累計15.5万枚のヒットとなった。

‘24年7月末時点のSpotifyでの累計再生回数は、A面「誘惑光線〜」の52万回に対し、B面の「緑色のラグーン」が163万回と、3倍以上もリードしている。なお、メジャーコードでテンポがミディアム調の「緑色のラグーン」は、早見優本人が気に入っていて、コアなファンの間でも“良い曲”という評判があったようだ。

「『緑色のラグーン』は、聴いた瞬間、“当時の音だ!”って思いましたね。この時代はシンセ(シンセサイザー)が目まぐるしく発達していたじゃないですか。そのシンセとかサックスの雰囲気などは、まさに“タイムスタンプ”ですね。

A面には自分の想い出が繋がっていて、それを懐かしみながら曲を楽しむリスナーも多いかもしれませんが、海外の人や日本の若者は、リンクする想い出がなく、フラットに聴くことができます。例えば、このA面『誘惑光線・クラッ!』は、かなりキャピキャピのアイドルソングで、時代を感じさせるので、人によっては今聴くとダサく感じるかもしれない。でも、B面の『緑色のラグーン』は“かわい子ぶりっ子”の路線じゃなく、落ち着いて聴ける。今回、昭和アイドルのシングルを通して感じたのは、A面はキュートなアップテンポ。それに対してB面は、わりと大人向けだから、時代に関係なく長く聴かれるのだと思います」

 早見優はこの曲に限らず、彼女の楽曲全体で見ても約半数が海外のリスナーとなっていることを伝えると、

「そのデータには納得ですね。というのは、海外で早見優さんのようなタイプの“歌のうまい歌手”はいないんです。例えば、セリーヌ・ディオンのようなパワフルなうまさで圧倒させる歌手はいても、優しい声で、癒しを感じさせるタイプは希少。正直言って、男は癒されたいんです!(笑)」

 さらに早見の場合、本人がバイリンガルであり、英語の歌詞が多いことも、海外リスナーがアクセスしやすい理由なのかもしれない。

ケース2:河合奈保子「夏の日の恋」

‘84年6月発売のシングル「コントロール」のB面。A面、B面ともにシンガーソングライター・八神純子による作曲で、A面は当時、飛ぶ鳥を落とす勢いでヒット曲を手がけていた売野雅勇が作詞を担当。これに対し、B面「夏の日の恋」は、三浦徳子が作詞した八神純子のシングル「Mr.ブルー 〜私の地球〜」のB面に収録されていた楽曲をカバー。編曲は「コントロール」を鷺巣詩郎、「夏の日の恋」を大村雅朗がそれぞれ担当。当時、オリコン最高7位、累計15.0万枚のセールスだった。

‘24年7月末時点のSpotifyでの累計再生回数は、「コントロール」が8.4万回に対し、「夏の日の恋」が11.4万回と、こちらもB面曲がリードしている。

「『夏の日の恋』は、正直言ってヒットの要素が見当たらなかったんです。イントロは、A面の『コントロール』のようにキャッチーじゃないし、ボーカルの出だしの部分も伴奏音が大きくて、とっても歌いづらい。これは、歌謡曲というよりも、フュージョン(ジャズを基調にロック、ラテン、クラシックなどを融合させた音楽のジャンル。’60〜’70年代初頭に発生)の要素が強いですね。アルバムの1曲という感じです」

 さすが、プロデューサーでもあるマーティ! 実際、この「夏の日の恋」は、同時発売だったアルバム『サマー・デリカシー』に収録された1曲だったので、当時からアルバムの雰囲気を紹介するためにシングル・カットされた可能性も大いにあるだろう。

「本来、ヒット曲は口ずさみやすいものを目指すべきで、次にどんなメロディーになるか予想ができるものがわりと多い。でも、この『夏の日の恋』のメロディーはやや複雑で、プログレ(プログレッシブ・ロック。進歩的・革新的なロックを意味する)的な要素も感じます。つまり、河合奈保子さんはかなり歌いづらい楽曲を歌えているのですが、それよりも、メロディーの難しさや、ミュージシャンの演奏力のすごさが目立っている。特に、この曲は、ラストのフェイドアウトまで、とても長いギターソロがあるじゃん! アメリカでは、爽やかなポップスの中でギターソロの演奏は絶対にないのですが、日本はギターソロやストリングスを入れたりするのが大好きですよね。僕はギタリストとして、日本は“天国”だと思っています!」

 ちなみに河合奈保子は、今回紹介する5人の中ではリスナーの海外比率がさほど高くない。また、雑誌『昭和40年男』(ヘリテージ刊)とWebサイト『Re:minder』が実施した『80年代アイドル総選挙』という企画でも、総合では5位の河合奈保子が19才以下の順位に限ると2位、20代では3位になっていたことも考慮すると、当時を知らなかった日本の若い世代にも人気が広がっていることが推測される。

ケース3:岡田有希子「PRIVATE RED」

‘85年1月発売のシングル「二人だけのセレモニー」のB面。A面の「二人だけのセレモニー」は、(作詞:夏目純/作曲:尾崎亜美/編曲:松任谷正隆)という組み合わせだ。岡田はデビュー1年目に竹内まりや、2年目に尾崎亜美と女性シンガーソングライターを起用、編曲にも松任谷正隆を起用し、当時の“ニューミュージック”的な世界をアイドルに投影した。対するB面の「PRIVATE RED」は、(作詞:売野雅勇/作曲:山川恵津子/編曲:大村雅朗)で、彼女には珍しいマイナー調のアップテンポ。作詞家・売野雅勇を起用したのも本作のみで、本流にはない挑戦的な作品と言えそうだ。「二人だけのセレモニー」は当時、オリコン最高4位、累計14.7万枚を記録。

 ‘24年7月末時点のSpotifyでの再生回数は「二人だけのセレモニー」70万回に対し「PRIVATE RED」が35万回で、サブスクでもA面優勢だが、海外だけで見ると「二人だけのセレモニー」が35万回、「PRIVATE RED」が30万回で、ほぼ互角となっている。特に、「PRIVATE RED」の海外比率は8割以上だ。

「僕は、A面の『二人だけのセレモニー』のほうが大・大・大好きですね。20年以上日本に住んでいるので、日本人の感覚になったのかもしれませんが、好きな箇所がいっぱいあるんですよ。具体的には、アレンジが当時としても相当に斬新だし、サビになると、テンポもコードもガラッと変わって、とてもワクワクさせられます。この2曲のギャップはとても大きくて、岡田有希子さんの多才さがよく分かります。

 B面の『PRIVATE RED』 が海外で人気なのは…ひょっとすると、イントロがミステリアスに聴こえるからかも。ちょっと外れますが、山口百恵さんの『イミテイション・ゴールド』もミステリアスなイントロが効果的です。海外では、こういったイントロはほとんどないので、曲が始まった途端、“日本の音楽を聴いている”というエキゾチックな感じが溢れるんじゃないでしょうか。メロディーも、洋楽では考えられないほどユニークですし、タイトルも“Futaridakeno Ceremony”と表示されるより、“PRIVATE RED”のほうが海外リスナーはアクセスしやすいのかもしれませんね」

 岡田有希子も、多くの楽曲で海外での比率が総じて高い。彼女の場合、竹内まりやや尾崎亜美など、海外でもシティ・ポップ・ブームに乗って人気のシンガーソングライターからの楽曲提供が多いということも影響しているのだろうか。

「確かに、海外ではシンガーソングライターの作品のほうが格上だと考えられている傾向があります。僕は、ベストな歌手とベストな作家の絶妙なコンビネーションがあってこそ魔法が生まれると思うので、まったく賛成はしませんが。

 でも、そういう情報がなくても、岡田有希子さんの声を聴いた瞬間、とっても明るくて、とっても可愛いなと感じました。さらに聴いていると、歌もうまい。声に癒しの要素、キラキラ要素がどちらもあって、彼女も海外にはなかなかいない存在ですね。

 ただ、海外の人は日本の女性アイドルの声をそこまで聴き分けられていない可能性もあります。今回の5人も、海外のシンガーとはあまりに異なっているんですよ。だから、早見優さんが好きな人は岡田有希子さんも好きだと思いますよ。それで、聴き込んでみて、ようやく区別できて、その歌声の魅力の差が面白くてさらにハマってファンになる。それくらい日本の歌手は斬新なんですよ!」

 マーティの話を聞いていると、昭和アイドルならではの、キュートでありつつ、うまく歌おうと懸命な歌声が世界的にとてもユニークな存在であると気づかされ、これまで知っていたアイドル歌手の楽曲も、改めてじっくり聴いてみたいと思えてくる。

 インタビュー後編では、昭和から平成初期に大ヒットを飛ばした工藤静香とWinkの「B面」曲について掘り下げてみたい。

(取材・文:人と音楽を繋げたい音楽マーケッター・臼井孝)

【INFORMATION】
マーティ・フリードマン 『ドラマ―軌跡―』
(収録曲一覧)
1.イルミネーション
2.ソング・フォー・アン・エターナル・チャイルド
3.トライアンフ(オフィシャル・ヴァージョン)
4.スリル・シティ
5.ディープ・エンド
6.デッド・オヴ・ウィンター
7.ミラージュ
8.ア・プレイヤー
9.アカペラ
10.ティアフル・コンフェッション
11.アイシクルズ
12.2レベルデス(デッド・オヴ・ウィンター)(スパニッシュ・ヴァージョン)
13.ミラージュ(ギター・カラオケ・ヴァージョン)

LIVE 2024「DRAMA Volume 2」
【開催日】8月24日(土)
[1st.show]開場15時30分/開演16時30分
[2nd.show]開場18時30分/開演19時30分
【会場】東京・丸の内ライブレストラン「COTTON CLUB」

マーティ・フリードマン
ギタリスト、作曲家、プロデューサー。アメリカのワシントンD.C出身。1990年にヘヴィメタル・バンドのMEGADEATHに加入し、ギタリストとして活躍。同バンド脱退後の‘04年に日本に移住し、以降、J-POPへの楽曲提供やギター演奏への参加、J-POP評論、さらにはTVや映画への出演など多面的に活動中。‘23年2月には、日本武道館にて24年ぶりにMEGADEATHと共演。‘24年5月、4年ぶりとなる本人名義のアルバム『ドラマ -軌跡- 』を発表。8月24日には、リリース記念ライヴの追加公演を東京・COTTON CLUBにて開催。

臼井孝(うすい・たかし)
人と音楽をつなげたい音楽マーケッター。1968年、京都市生まれ。京都大学大学院理学研究科卒業。総合化学会社、音楽系の広告代理店を経て、'05年に『T2U音楽研究所』を設立し独立。以来、音楽市場やヒットチャートの分析執筆や、プレイリスト「おとラボ」など配信サイトでの選曲、CDの企画や解説を手がける。著書に『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』(いそっぷ社)、ラジオ番組『渋谷いきいき倶楽部』(渋谷のラジオ)に出演中。データに愛と情熱を注いで音楽を届けるのがライフワーク。

デイリー新潮編集部