店の前の道路の拡幅工事のため立ち退きとなり、2023年12月末をもって閉店となった「きら星」。名店でも物件取得が容易ではない現実が、東京にはある(筆者撮影)

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九州人に愛される、豚骨ラーメン。博多ではあれだけ人気なのに、東京で本格的な豚骨ラーメンが食べられる店が少ないのなぜか。そこには、構造的な要因がある(筆者撮影)

福岡県から上京した人が多く語る「東京には、本格的な豚骨ラーメンが少ない」という言葉。ラーメンが国民食となって久しいなか、なぜ東京には「クサウマい」本場感のある豚骨ラーメンが少ないのでしょうか。ラーメンライターの井手隊長さんが複数の店主への取材をもとに、レポートします。

日本の国民食、ラーメン。多種多様のラーメンが全国に広がり、そのバリエーションの広さがラーメンの魅力の一つだが、その中でも好きなラーメンのアンケートを取ると必ず上位にランクインするのが「豚骨ラーメン」である。

テイストアトラス(TasteAtlas)が2023年に発表した「世界で最高のスープ100」では日本の豚骨ラーメンが第1位に選ばれ、世界最高のスープとしても評価されている。日本のラーメンが海外に広がっていく中で、豚骨ラーメンの存在は大変大きい。

豚骨ラーメンは福岡県久留米市発祥だが、それが九州エリアに少しずつ広まっていき、今でも各地で特徴的な豚骨ラーメンを食べることができる。特に「博多豚骨ラーメン」は全国で知られる豚骨ラーメンの代表格だ。首都圏で豚骨ラーメンというと「博多豚骨ラーメン」を思い起こす人が多いだろう。

博多豚骨ラーメンのファンを増やした「博多一風堂

全国的な人気を獲得したきっかけの一つとして、「博多一風堂」や「一蘭」のような博多に本店を持つチェーン店の存在が大きい。

【画像13枚】「熟成臭にクレーム」「価格も都内では安すぎる」…。厳しい条件のなか、東京で「クサウマい」豚骨ラーメンを出すお店たち

博多一風堂」は豚骨特有の臭みを抑えながら濃厚で旨味の強いスープを仕上げ、木製の看板や手染めののれん、木調の内装や店内にBGMとして流れるジャズなど、女性でも入りやすい雰囲気の店づくりで、博多豚骨ラーメンのファンを大きく増やしたお店として知られる。


博多一風堂」の外観(筆者撮影)

2008年にはニューヨークに進出し、流通を変え、ラーメン店が海外に進出しやすい土壌を作り上げた。海外の豚骨ラーメンブームはそこからスタートしたといっても過言ではない。


一蘭」の「天然とんこつラーメン」(筆者撮影)

一蘭」は「味集中カウンター」が有名だ。客が座るカウンターとスタッフ通路の間に目隠し用のすだれをかけ、隣席との間にも仕切りを設けることで、個室のようなプライベート空間を作り、周りを気にせずにラーメンを楽しめるのが好評だ。

どちらのチェーンにも共通することが、豚骨の熟成臭を抑えているということだ。豚骨ラーメンの独特の臭みが苦手という声は大きく、できるだけ臭みを抑える方向で博多豚骨ラーメンは全国に広がってきた。

「クサウマ」系の豚骨ラーメン店が広がらない理由

一方で、豚骨ラーメンはその熟成臭があってこそ魅力というファンも多く、「クサウマ」系の豚骨ラーメン店は根強い人気がある。

チェーン店を中心に海外にも広がる豚骨ラーメンだが、この本場感あふれるクサウマ系のお店はなかなか広がらない。都内で食べられるお店もほんの一握りで、豚骨人気とは裏腹、貴重な存在となっている。これだけ豚骨ラーメン人気が全盛のなか、なぜ本場っぽい豚骨ラーメンは広がらないのだろうか。

理由は、大きく分けて以下の4つだ。

(1)物件取得のハードルの高さ
(2)家系ラーメンに顧客を奪われている
(3)技術の習得が難しい
(4)「博多豚骨ラーメンは安い」というイメージ

それぞれ、店主たちの声を交えながら、順を追って解説していこう。

(1)物件取得のハードルの高さ


武蔵境にあった名店「きら星」(筆者撮影)

東京・武蔵境に「きら星」という豚骨ラーメンの名店があった。クサウマ系の豚骨の極みともいえるお店で、年間アワード『TRYラーメン大賞』の常連だった。

しかし、店の前の道路の拡幅工事のため立ち退きとなり、2023年12月末をもって閉店となった。店主の星野能宏さんは移転も一時考えたが、物件取得が難しく断念したという。

「クサウマ豚骨ラーメンでの物件取得は極めて難しいです。そもそも臭いスープを作るのは大変難しく、臭く作れたとしても、近隣住民からの苦情を受け、匂わないスープに変更せざるをえないことになると思います」(元「きら星」星野さん)

その独特な豚骨臭は好き嫌いが分かれるため、苦情になりやすいというのだ。博多であれば街に豚骨ラーメン店があるのが当たり前の光景だが、新店として都内でオープンするには高いハードルがある。

家系ラーメンの台頭と高難度の技術

(2)家系ラーメンに顧客を奪われている

そして、一定のファンを囲い込めれば人気店になる可能性はあるが、まずスタート時の顧客確保が難しいという問題もある。

「同じ豚骨スープであれば『横浜家系ラーメン』のほうが比較的作りやすく、さらに以前より認知度も上がってきているため、最近では家系ラーメンで出店する傾向が見られます。さらに、博多豚骨ラーメンは男性客には麺量が少なく、替え玉前提でお腹を満たすしかないため、麺量が多く、ライスが無料で安価で提供できる家系ラーメン店に顧客が流出している現状もあります」(星野さん)

(3)技術の習得が難しい

熟成臭のあるクサウマの豚骨ラーメンは「呼び戻し」の製法が一般的だ。寸胴鍋を決して空にせず、古いスープに新しいスープを継ぎ足しながら作る製法である。その技術を会得するのは本当に難しいのである。


「博多ラーメン 和」。東京・赤坂で10年で、至高の一杯を出せるようになったそうだ(筆者撮影)

東京・赤坂にある「博多ラーメン 和」の店主・馬場圭佑さんは修行をせずに独学で博多豚骨ラーメンの作り方を編み出した。YouTubeの動画をくまなく見て研究し、創業から10年になる今年、ようやく満足のいく一杯にたどり着いた。

「豚骨オンリーでスープを仕上げるには技術が必要で、毎日のブレも大きいため、作り方の継承が大変難しいです。基本的には見て学び、感覚を研ぎ澄ますしかなく、簡単にできるものではありません。よく豚骨ラーメンの職人のことを“感覚派”という人がいますが、そもそも数値化できるものではないので感覚を育てるしかないのです」(「和」馬場さん)


「博多ラーメン 和」の「ラーメン」(筆者撮影)

そもそもクサウマ系のお店が少ない中で、独立希望者が修行できる店自体が少ないため、職人が育たないという現状もある。実際修行できたとしても、その技術は限りなく属人的なので、弟子が育つとも限らない。

アルバイトを雇って安定してお店を回していくには、寸胴鍋に決まった量の豚骨などの素材と水を入れ、毎日その都度煮込んで作る「取りきり」の技法でスープを作っていくしかない。豚骨ラーメンのチェーン店の多くは取りきりでスープを仕上げている。

「和」の馬場店主は、本場っぽい豚骨ラーメンを目指しながらも、取りきりと呼び戻しの良い部分を融合し、独自のハイブリッドな豚骨スープを仕上げているが、それでもその作り方が属人的であることには変わりはない。

豚骨ラーメンには厳しい時代背景

(4)「博多豚骨ラーメンは安い」というイメージ

さらにクサウマ系が広がらない大きな理由は、「現地の博多豚骨ラーメンは安い」というイメージだ。現地・博多ではラーメンがとにかく安く、500〜600円で食べられることは当たり前で、安いところだと200〜300円台というところもある。「1000円の壁」と戦っている都内のラーメン店において、この常識は大変厳しい。

「安価なイメージがあるため、利益を出しにくいとハナから敬遠されている可能性も高いと感じます。昔よりガス代やゴミ処理代が高騰しているので、その意味でも豚骨ラーメンには厳しい時代です」(元「きら星」星野さん)


豊富な卓上トッピングも博多ラーメンの人気の理由の一つ(筆者撮影)

「骨もたくさん使いますし、炊き続けるためガス代もかなりかかります。さらには卓上に紅ショウガや辛子高菜、ニンニクなど無料トッピングをたくさん用意しなくてはならず、このコストも考えると安く提供することは難しいです。はっきり言って店主が好きじゃないとできないですね」(「和」馬場さん)

東京・高田馬場にある「博多ラーメン でぶちゃん」の店主・甲斐康太さんは、博多豚骨ラーメンの「安い」というイメージを覆すべく、大胆な価格戦略に出ている。昨年2023年12月から博多ラーメンを1100円に値上げし、わずか2年間で6割の値上げを行っている。


「博多ラーメン でぶちゃん」(筆者撮影)

「人件費の問題、炊きっぱなしのガス代の問題、原材料費の高騰など総合的に考えると、安く提供することは不可能です。安いの裏側には何があるのか。

従業員にブラックな長時間労働を強いたり、安い賃金で働かせたり、食材の業者を叩いたりしない限り、実現することはできません。客のためと思って企業努力しているんだと思いますが、その方向が間違っているんです」(「でぶちゃん」甲斐さん)

甲斐さんは博多ラーメンが東京では1100円で出せる食べ物であることを証明するとともに、食材費だけではなく、職人の“技術”も価値であるということを伝えたいと考えている。

本場・福岡でも「非豚骨」の新店が上回る

「きら星」は2023年12月で惜しまれつつ閉店。またクサウマの名店がひとつ姿を消した。

「和」の馬場店主はこのままの流れではクサウマ系のお店は増えていかないだろうと嘆く。


「現地っぽい博多豚骨ラーメンは華やかさがあるわけではないので、その魅力が一般的に伝わりにくい。昔からある古いラーメンというイメージになってしまっていると思います。

昔に比べて圧倒的に店舗数が少なくなってしまっているので、業界的に盛り上げようにも難しい状態になっています。今あるお店がそれぞれ味を磨いていき、ファンを獲得していくしかないと思いますね」(「和」馬場さん)

本場・福岡においても近年は豚骨ラーメンよりもそれ以外のラーメン(「非豚骨ラーメン」と呼ばれる)の新店の割合が多く、ラーメンの多様化とともに衰退してしまうのではと危惧されている。

筆者も都内でクサウマ系のお店を見つけると飛び上がるぐらい嬉しくなるが、今あるお店の味を文化としてしっかり残すべく、業界全体で考えていきたい課題である。

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調理中の「和」の店主・馬場さん(筆者撮影)


「和」の極上の一杯(筆者撮影)


こちらは「博多ラーメン でぶちゃん」の「博多ラーメン」(筆者撮影)


「きら星」の看板メニュー「チャーシュー2種盛りどとんこつ」(筆者撮影)


「きら星」の閉店の背景は、東京におけるクサウマ豚骨ラーメンの難しさを示している(筆者撮影)(筆者撮影)


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(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)