◆おう吐物、おむつ、陰毛の清掃で泣けてくる

 更衣室の清掃を終えると、3階の男女の風呂場に移る。1日で男女合わせて、150人前後の会員が利用するようだ。男湯、女湯それぞれの室内の中心には浴槽があり、その奥に10人程が利用できるシャワーの個室ルームがある。男湯のシャワールームには、おう吐物が時々ある。「激しい運動をした後で、シャワーを浴びると気持ちが悪くなるのかな。そこまでしてジムに通うの?」。

 西郷はおう吐物を見ると、疑問に思う。ここも40度近い温度の中、汗を拭き出しながらシャワーとブラシを使い、洗い流す。

「夏は会員が大量に汗をかき、シャワーを浴びるから下のタイルにぬめりがつきやすいです。男湯は女湯よりも汗の量が多いので、四つん這いになり、手でブラシを持ち、タイルをゴシゴシとこすります。汗と水とおう吐物、バスクリーナーの液が混ざった臭いをかぐと、吐きそうになるんです。何度も『おっえっ〜』と声を出しながら洗う。時々、涙が出てきます」

 夫が他界した直後にはじめたこの清掃は当初は悲しくて仕方がなかったという。苦しさ、情けなさ、切なさ、孤独の涙だった。男湯のすぐ隣に、男子トイレがある。ここのゴミ箱に毎回、おむつが突っ込んであるのだ。成人であるはずの男たちが使用したものらしい。「70〜80代の人がおむつをつけ、その上にウェアを着て運動をする。その時に尿を漏らすみたい」と淡々と語る。

◆「清掃の仕事は、もっと評価されていい」

 あまりにも汚らしく、みじめになるから何百回も辞めようと思ったようだ。とはいえ、夫がいない。子どもを守れるのは自分しかいない、と言い聞かせてきた。

 今では、大きな声でこう言えるようになった。「ジムは、体の老廃物を出すところでしょう。誰かが、それをキレイにしないと最後はみんながここに来なくなるじゃない? 清掃の仕事は、もっと評価されていいと思うな」

 1時間半ほどで終え、次に女湯に向かう。まず、室内を見渡す。毎回、タイルにはカラになったシャンプーやリンス、トリートメントが10〜20個転がる。「女らしいよね。わざわざ、家で使っているものを持参するのだろうね。ここに来るのが、楽しみなのかな」。時々、使用済みの生理用品も数個落ちている。会員が、風呂場で捨てて帰るらしい。浴槽の排水溝付近には、無数の陰毛がある。男湯よりもはるかに多い。女性の場合は、シャワールームにおう吐物はめったにない。

 西郷が、清掃に取り掛かる。バスクリーナーを室内にいたるところにまき散らし、ブラシでこする。バスクリーナーが充満し、目がしみる。西郷はゴーグルとマスクをして作業を続ける。男湯に比べてスムーズに進む。会員たちの汗や吐いたものが少ないからだ。

◆サウナに大便?

 難所は、座って顔や髪を洗うところの排水溝付近だ。ここに、2週間に1回ぐらいのペースで大便がある。毎回、黒々して細長い。男湯ではまず見かけない。「こんなところでするの? 信じられない。たぶん、風呂場のどこかでしてここまで流されてきたのかな。ウンチがある中で、風呂に入るの?」。

 当初、西郷はこの行為を不可解に思ったが、3年目になると驚かないという。毎度のこととして受け止め、シャワーで排水溝に淡々と流し込む。「男は吐くまで、女はウンチをするまで運動するのが、ここのジム」。こんなつぶやきをしながら、清掃を続ける。

 クライマックスは、サウナだ。閉館しているが、室内は依然、45度を超えている。12畳ぐらいの室内にバスクリーナーを大量にまく。会員が腰かける木の長い椅子にはところどころ、小さな大便がついている。男湯にもサウナはあるが、ほとんど見ない。

 西郷は「女の体って不思議よね」と言いながら、濡れた雑巾をつかみ、慣れた手つきで取る。暑さのあまり、汗が飛び散る。

◆サウナ、女湯の清掃を終えたら…

 女湯の清掃を終えると、午前3時近い。最後は担当したプールの更衣室と男湯、女湯を見渡して確認をする。コンビを組む男性は全館の機器と階段、廊下、ロビー、駐車場の清掃を終え、ほぼ同時刻にジムを後にする。

 西郷は、夫がいなくなった後の1年は泣き崩れる日々だった。今は、2人の子を育てるのに必死だ。家に帰り、風呂に入り、念入りに全身を洗った後、1時間ほど寝て午前6時には起きる。子どもが食べるごはんとお弁当をつくらなければいけない。その後は30分ほど寝て、勤務先のスーパーに向かう。こういう生活で、月に額面で40数万円の収入となる。家賃15万円のマンションに親子3人で暮らしをする。毎月、手元にはお金はさほど残らない。

「ウンチやおしっこ、吐いたものがあろうと、他に仕事がないの。働くしかないのよ、私は……」

<TEXT/村松 剛>

【村松 剛】
1977年、神奈川県生まれ。全国紙の記者を経て、2022年よりフリー