ラピダスには民間8社が出資している

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開示請求で返ってきた書類はほぼ黒塗りだった(写真:編集部撮影)

半導体業界がざわついている。震源地は時価総額で一時、世界一となったアメリカのエヌビディアだ。AI半導体ブームに乗って急成長し、マイクロソフトなどGAFAMも一目置く。『週刊東洋経済』8月10日・17日合併号の特集は「エヌビディアの猛威 半導体覇権」。日本勢は巨額投資で巻き返しに必死だが……


2022年に設立され、最先端「2ナノ」世代の半導体の国産化を目指すラピダス。トヨタ自動車やNTTなど国内大手8社が出資する同社は、2027年の量産開始に向けて北海道千歳市に工場を建設中だ。

経済産業省はそのラピダスに対して24年4月に、最大5900億円の支援を行うことを発表した。これで累計支援額は9200億円にも上る。

「資金調達についてはこれからしっかりと考えていかなくてはいけない」。ラピダスは他社との提携など動きがある際に会見を行う。会見時にたびたび話題に上がるのが資金調達についてだ。記者から問われた際、小池淳義社長はそう語るようになっている。


「研究委託」という枠組みで行われる支援

近年膨らむ経産省による半導体産業への支援は、あくまで企業自身が行う設備投資への補助が中心だ。例えば、台湾の受託生産最大手TSMCが発表した熊本工場への200億ドル以上(約3兆円)の投資計画には、うち4割に当たる最大1.2兆円を支援。国内の装置・材料メーカーにも投資計画に比べて数割の助成を行っている。

その意味でラピダスが行ってきた資金調達は事情が異なる。まだ事業が立ち上がっていない同社に投資余力は皆無。同社への支援は、経産省が所管する独立行政法人であるNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)から、ラピダスへの「研究委託」という枠組みで行われている。


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突如浮上した、融資への「政府保証」

総投資額で5兆円とも予想される中、目先に迫った課題は、量産までの資金調達だ。

ラピダスへの研究委託は2019年に設立された「ポスト5G基金」から捻出されてきた。だがコロナ禍以降、国の基金が乱立。政府は2024年4月に基金の管理を厳格化する方針を打ち出した。基金に新たな予算を追加できるのは最大3年間までとなり、その後の増額については成果によって判断する。ラピダスが量産開始を目指す2027年まで、現在の枠組みで支援を受け続けられるかは不透明だ。

「日本の支援規模は各国に比べて突出している」。5月21日に財務省の財政制度等審議会は、日本の半導体産業への支援金額がGDP比で各国に比べ、高水準にあることを指摘。「安定的な財源と一体で出口戦略を含めた戦略を描くべき」だとする建議を行った。

一方、その10日後の同月31日に経産省は、「税額控除も含めれば日本の支援額は各国並みかそれ以下に収まる」と分析した資料を公開。資金調達方法を多様化するため、ラピダス向け融資に「政府保証」をつける案を検討していることを明らかにしたのだ。法制化も目指すとしている。

この融資保証に「違和感がある」と財政審の委員も務める一橋大学大学院の佐藤主光教授は疑問視する。「融資保証は投資への責任が曖昧になりモラルハザードにつながりかねない。資金力のない中小企業などには行われてきたが、ラピダスは株主構成から事実上“大企業グループの子会社”で、同社にはそぐわない」。

経産省と財務省の舌戦が象徴するように、不透明になってきた資金調達の先行きは、ラピダスの取引先企業の意思決定にも影響しつつある。「千歳に事業用地を取得しようとしていたが、将来どうなるかわからなくなってきた。いったんリースにすることも検討している」(取引先関係者)。

不透明なのは資金調達の行方だけではない。資金の運用方法の透明性にも課題がありそうだ。

そもそもラピダスも依拠してきた基金とは、複数年度にわたるテーマでも、各省庁の裁量で支出ができる仕組みである。長期間にわたって継続的な投資が必要になる半導体分野など、単年度予算主義の日本でも長期的な支援ができることがメリットになる。

ただ、佐藤教授は基金の運用には、「単年度の予算と違い、外からの監視の目が行き届きづらい。支出先や金額は妥当か、効果はどれだけあるか。問われるのは説明責任だ」と指摘している。

返ってきた開示請求は”黒塗り”ばかり

では実際にどれだけ外部からの検証が可能なのか。東洋経済は実際にそれを確かめるため、経産省とNEDOの両者に、ラピダスに関する情報の開示請求を行った。

経産省に対しては、ラピダスへ2600億円支援を決めるまでの過程の審査書類の開示を請求。2600億円は23年に決まったもので、主に千歳工場の着工をするための資金である。誰がどう意思決定したか確認するためだ。

またNEDOにはラピダスに行った検査の書類開示を請求した。NEDOは、ラピダスなど研究委託先へ資金を拠出した際、正しく使われていたか検査する作業を行っている。こちらもどう検査されているのかを確認するためだ。

その結果、経産省から開示されたのは、「ステージゲート審査」関連の資料である。ステージゲート審査とはNEDOで行われるもので、外部有識者からなる委員会が開発テーマについて、今までの成果や今後の事業計画を評価する。ここで一定以上の評価を得られれば、ステージゲートは無事通過し、次年度の支援を受けられる。

結論を言えば、開示された資料は一般的な制度の説明などの部分以外、すべて黒塗りになっていた。事業計画や予算状況、それに対して誰がどのように評価し、巨額支援が決まったのかをうかがい知ることはできない。

またNEDOから開示された検査書類も同様に、事業計画や資金使途については墨消し状態だ。ラピダスに支出された金額がどう使われたのか、外部から検証することはできなくなっている。

経産省やNEDOが資料の一部を非開示とした主な理由はいずれも、「競争上の地位を害するおそれがあるため」。確かに最先端の研究開発の情報をやみくもに開示することは競争を阻害することにつながるかもしれない。

とはいえ1兆円もの税金が投入され、融資への政府保証すら検討され始めた一大プロジェクトで、外部から監視の目が届かなくなっているのも事実だ。前出のラピダスの取引先関係者は明かす。「半導体工場を建設するに当たっては、一般的には資材調達などで複数社から見積もりをもらうもの。だが千歳工場はそうしたステップを踏まずに進んでいるようにみえる。正当性を問われたら合理的な説明がつかないのではないか」。

後工程でのハードルは高い

現実のビジネス面では着々と布石を打っている。2023年11月にはカナダのテンストレント、2024年5月にはアメリカのエスペラントという、AI(人工知能)半導体に特化したスタートアップとの提携を発表した。まだ十分とはいえないが、顧客開拓は進んでいる。


ラピダスと加テンストレントが提携、握手する小池社長(左)とジム・ケラーCEO(写真:編集部撮影)

戦略の柱の1つであった後工程分野でも、4月に535億円の支援が決定、ドイツの研究機関のフラウンホーファーとの提携も公表した。AI向けをはじめ、最先端品では2ナノの回路を描く前工程は当然ながら、後工程においても先端技術の開発は欠かせない。

前工程と同様、後工程が成功するハードルは高い。東京工業大学で後工程技術を研究する栗田洋一郎特任教授はラピダスについて、「開発しようとしているのは学会で『これ以上の高性能化はできない』と結論づけられたスペック以上のもの」と実現性を疑問視。他方で、「日本には後工程の先端材料や装置に強いメーカーが集まっており十分可能性はある」(東京理科大学の若林秀樹教授)との声もあり、見方は分かれる。

顧客確保や技術開発で進捗があるのは、前工程、後工程ともに間違いないだろう。だが、ラピダスの事業の行方を最も左右するのは、今後も続くであろう政府による巨額支援だ。その正当性の検証がなされないまま、ラピダスは量産へ向けて突き進んでいくことになる。


(石阪 友貴 : 東洋経済 記者)