バイデン大統領の支持を受け、民主党の次期大統領候補となることがほぼ確実となったカマラ・ハリス氏(右から2番目)(写真:ERIC LEE/The NeW York Times)

ハリウッドが、喜びに沸いている。『デッドプール&ウルヴァリン』や『インサイド・ヘッド2』のおかげで映画館に人が戻ってきたからではない。もちろんそれも嬉しいが、民主党の次期大統領候補がカマラ・ハリスでほぼ確実となり、一気にムードが盛り上がってきたからだ。

圧倒的に民主党支持者が多いハリウッドには、先月下旬のトランプとバイデンのテレビ討論会以来、暗いムードが立ち込めていた。バイデンの再選を望んできた人々も、明らかに歳を取った彼の姿を目の当たりにして「これではトランプに勝てない」と、頭を抱えたのだ。

そこで支持者の間から出てきたのが、バイデンに撤退してもらい、新たな候補を立てるべきだという主張。その直前までバイデンに寄付をしてきたドラマ『LOST』のクリエイター、デイモン・リンデロフは、状況を野球の試合に例え、「リリーフ投手に変わるまで寄付を止めよう」と呼びかけた。

ジョージ・クルーニーも新候補を望んでいた

長年のバイデン支持者である映画監督ロブ・ライナー(『スタンド・バイ・ミー』『恋人たちの予感』)も、「トランプが勝って民主主義が失われることを避けるために」と、撤退を呼びかけた。

中でも、ジョージ・クルーニーが「I Love Joe Biden. But We Need a New Nominee(私はジョー・バイデンが大好きだ。だが、私たちには新たな候補者が必要)」という見出しの意見記事を「The New York Times」に寄稿したことは、大きな注目を集めた。しかし、続投への意志を曲げないバイデンを支持し続ける人、あるいは気遣って本音を言えない人も多く、意見にまとまりがなかった。


バイデン大統領と談笑するジョージ・クルーニー(2022年12月撮影)。当初はバイデンの寄付金集めに協力していたが、撤退を求めた(写真:AP/アフロ)

そんなところへ、トランプの暗殺未遂事件が起きたのだ。この恐ろしい出来事を受けて、共和党は団結。「トランプは“選ばれし者”だから助かったのだ」と神格化するような声まで一部の支持者から出たところへ、さらに39歳のJ・D・バンスが副大統領候補に指名されると、キャンペーンは大きく勢いづいた。何もできずに手をこまねいているだけの民主党との差は広がるばかりだ。

と思っていたら、現地時間21日、バイデンが撤退を宣言し、ハリスへの支持を表明したのである。民主党の大物や、熱烈な支持者ですら予想しなかったバイデンのその行動は、すべてを変えた。

ハリスは、2020年の大統領選に出馬し、バイデンをはじめとする多くの民主党候補者と争ったとき、早々と撤退を強いられている。バイデンの副大統領候補に指名され、史上初の有色人種女性の副大統領が誕生したときこそアメリカは興奮したものの、就任後の評価は決して高いとは言えなかった。

候補がハリスに決まった納得の理由

バイデンの撤退宣言前には、彼が撤退を決めてくれた場合、そのままハリスを候補者にスライドさせるのが妥当なのか、ほかの有力な候補と争わせるべきなのかという議論もしばしば聞かれた。

クルーニーは、「The New York Times」の意見記事で、ハリスのほか、カリフォルニア州知事ギャヴィン・ニューサム、ミシガン州知事グレッチェン・ウィットマーなど複数の名前を挙げたうえ、それらの人々に討論をしてもらって決めることを提案していた。いずれにせよ、「絶対にハリスにするべきだ、彼女なら勝てる」という雰囲気ではなかった。

だが、バイデンがハリスを指名したことで、突然にして答えが出たのだ。そして、民主党支持者は、驚きながらもそこに飛びついた。考えてみれば、いろいろと意味をなすからである。

クルーニーが言うように、若くて優れた民主党の政治家はほかにもいる。しかし、その人たちを争わせると、その間、党の統一は取れない。

また、ハリスはバイデンと3年半コンビを組んできた人だ。バイデンの政策の継続を望むのであれば彼女に引き継いでもらうのは自然なこと。これまでバイデンが集めてきた寄付金は、バイデン/ハリス政権の続投のためだったわけなので、そのままハリスに使ってもらうことができる。

何より、トランプとハリスの顔を並べてみればいい。むっつり顔の78歳の白人男と、豪快な笑いがトレードマークの黒人とアジア系が混じった59歳の女性。どちらが好印象なのかは、明白だ。

バイデンの宣言後すぐ、ソーシャルメディアには、マーク・ハミル、スパイク・リー、ジョン・レジェンド、ジェイミー・リー・カーティス、アリッサ・ミラノなど、セレブによる喜びの声が寄せられた。

史上最高の寄付金

その中には、アリアナ・グランデ、ケイティ・ペリーなど、若いファンを持つ人も含まれる。ビヨンセも、ハリスの集会に自分の曲の使用を許可する形で支持を表明。彼らよりやや遅れたが、クルーニーも、2日後にハリスを支持する声明を出している。

寄付金もたちまち集まった。最初の24時間で8100万ドルを集めたのは、史上最高記録。選挙キャンペーンに寄付するのは初めてという人が多くいたことも、興奮の高さを示す。

Netflixの創業者リード・ヘイスティングスは、ただちに700万ドルを寄付した。ビリオネアの彼にとっても、個人の候補者にここまでの金額を贈るのは初めてだという。

これから選挙までの約3カ月、ハリスはハリウッドからの愛を感じ続けることだろう。そもそも、彼女は以前からハリウッドとつながりがあるのだ。

2016年に上院議員に立候補した時には、J・J・エイブラムス、ジェイミー・フォックス、アーロン・ソーキンらが彼女を支持したし、ディズニー・エンターテインメントの共同会長で、同い歳の女性ダナ・ウォルデンとは、30年来の友人。

ハリスがエンターテインメント弁護士の夫ダグ・エムホフと知り合ったのも、映画監督レジナルド・ハドリン(『ブーメラン』『マーシャル 法廷を変えた男』)夫妻の紹介だった(ハドリン夫妻とは、ウォールデンの紹介で友達になった)。

オフィスにいない時、ハリスとエムホフは、ロサンゼルスの高級住宅街であるブレントウッドに住んでいる。つまり、多くのセレブとご近所さんでもある。

先月中旬、クルーニー、ジュリア・ロバーツ、ジミー・キンメル、オバマ元大統領は、ロサンゼルスで行われたバイデンのための寄付金集めイベントを主催したが、ハリスのためにもトップレベルのスターがきっと集まってくれることだろう。

ヒラリーはスターの支持を受けても敗れたが…

とはいえ、ハリウッドからの熱烈支持は決して勝利を約束するものではない。2016年、ヒラリー・クリントンがそれを証明している。彼女はその年に初めて選挙権を得たクロエ・グレース・モレッツなど若者からMCUのスターまでありとあらゆるセレブの支持を得て、事前の調査では優勢だと言われていたにもかかわらず、トランプに負けた。

また、2004年にクルーニーの父ニック・クルーニーが民主党から下院議員に立候補した時も、共和党のライバルに「これはハリウッドとハートランドの戦いだ」と強調され、負けてしまっている。

お金と名声があるスターたちにつべこべ言われるのを嫌う人たちは一定数いるということ。だが、耳を傾けてくれる人の多いセレブが味方してくれるのは、もちろんプラスだ。11月の勝利に向け、ハリスはそのうまいバランスを見つけていけるだろうか。

(猿渡 由紀 : L.A.在住映画ジャーナリスト)