中井卓大の新天地に複数のポジティブ要素 レアルの選手としてラストチャンスを生かせるか
スペイン3部リーグ、SD アモレビエタは、日本人MF中井卓大(20歳)の獲得を発表している。1シーズン限りのローン移籍だ。
中井は、9歳からサッカー界の絶対王者レアル・マドリードの選手として過ごしてきた。そのテクニックやセンスは垂涎の的で、トップのジネディーヌ・ジダン監督やカルロ・アンチェロッティ監督もトップチームの練習参加に招集したほどである。ルカ・モドリッチ、トニ・クロースなど偉大な選手と遜色なくトレーニングする姿は頼もしかった。
だが、2022−23シーズン、18歳の中井はレアル・マドリードでトップデビューを飾るどころか、セカンドチームである3部カスティージャでも、シーズン合計で5分間の出場に終わった。ユース年代では気に入られていたはずのラウル・ゴンサレス監督からは、半ば戦力外に。再起を図る必要があった。
2023−24シーズン、中井は一念発起で同じ3部で下位のラージョ・マハダオンダにローン移籍した。しかし先発は5試合。わずか581分間の出場で、目立った功績は残せていない。チームは4部に降格した。
2023−24シーズンはラージョ・マハダオンダで結果を残せなかった中井卓大 photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA
そして今シーズン、再びローン移籍が決まり、アモレビエタで3度目の3部リーグ挑戦になる。
「世界最強レアル・マドリードが認めた至宝」
そう称賛された中井にとっては、背水の陣のシーズンとなるだろう。
アモレビエタは、バスク自治州ビスカヤ県のクラブである。3部リーグ在籍だが、2023−24シーズンは2部で戦っていた。19位で、惜しくも降格(19〜22位が降格)した形だ。
つまり、中井にとっては、昨シーズンのマハダオンダよりもレベルが上のチームでプレーすることになる。
その点で中井には厳しい挑戦になりそうだが、必ずしもそればかりではない。なぜなら、中井のようにテクニックが先行する選手は、自分たち主体で戦える時間が長くないと、持ち味を出しにくい。たとえ定位置争いは激しくても、戦力的に優位なチームのほうが、試合で高いスキルをアピールできる場面は増えるからだ。
【指揮官は元ファンタジスタ】しかも、チームを率いるのはアスレティック・ビルバオのワンクラブマンとして現役を終えたフレン・ゲレーロである。
ゲレーロは、1990年代のスペインを代表するバスク人ファンタジスタで、稀代の貴公子としてスペインサッカー史上、最も女性人気を集めた。そのプレーはテクニカルかつ優雅で、バルセロナとレアル・マドリードが空の小切手で獲得を目指したほどだった。引退後はスペイン代表のアンダー世代の監督を4年間にわたって務めるなど、若手の力を引き上げる実績も残しているだけに......。
楽観的な予想かもしれないが、天才と言われたゲレーロは、中井のよき理解者になれるのではないか。
中井はボールを持ったら、間違いなく力がある。ビジョンやテクニックは、同年代でトップレベルだ。しかし、スピードがあるわけではなく、仕掛けを含めた得点力も高くはなく、とりわけ守備のパワーが足りない。
「オールラウンドに見えるが、実はポジションがない」
その矛盾を解決する必要はあるが、それができたら自ずと道は開けるだろう。
スペイン紙『EL CORREO』は中井のアモレビエタ入団について、以下のように伝えている。
「ピピ(中井の愛称)は中盤で機敏さを見せる選手で、センターハーフでも、トップ下でもプレーできる。得点力のあるタイプで、ドリブルやキックなどの技術が高いだけでなく、守備のタスクもしっかりとこなす。中盤のあらゆるポジションができる。(レアル・マドリードが)2026年(6月末)まで1年契約を延長し、交渉の末にアモレビエタにやってきた」
ポテンシャルを重視した甘い見立てだが、レアル・マドリードで薫陶を受けた選手は、"産地"だけで有力銘柄になるのだ。
最後に、アモレビエタが「悪くない選択」と言える理由は、バスクのクラブであることだろう。バスク人は日本人に対し、あからさまな差別がない。また、日本人の性格的特徴である真面目さや献身性を高く評価する傾向がある。その点ではややドイツに近く、おかげで過去に日本人が苦しんできたスペインで、乾貴士、久保建英(後者はスペイン人よりスペイン人らしいのだが)は最高の成績を叩き出している。
逆説すれば、中井がアモレビエタでポジションをつかめないようなら、ラ・リーガでの成功は厳しい。スペインでは21歳以下までが育成年代としてやや"猶予"を与えられるが、そこから先はシビアだ。
中井が今季も同じような成績で終わった場合、レアル・マドリードは投資を回収するために容赦なく売却に動くだろう。それはJリーグかもしれないし、オイルマネーの国が候補になるかもしれない。彼らが契約を延長したのは期待の表われだが、ビジネスでもあるのだ。
レアル・マドリードの看板を背負う選手としては、これがラストチャンスになる。
「3部だったら、Jリーグに戻るべき」
そんな意見もあるようだが、ナンセンスである。3部であろうと、レアル・マドリードの栄光と直結している、その好機を逃す手はない。そもそも、昨今は多くのJリーガーが、ベルギーやトルコであっても欧州に新天地を求めている。20歳の中井が日本に戻る道理はない。今や深刻な円安で、日本人が思っている以上に、収入ののびしろも、欧州にいるほうがはるかに大きく見通せる。何より本場の空気は魅力だ。
今年10月で21歳になる中井は、スペインで3度目の3部リーグに挑む。