徳島インディゴソックスからNPB選手が生まれる理由(後編)

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 試合を終えたあと、ダッグアウト裏に現れた徳島インディゴソックスの工藤泰成は苦笑しながら「今日は寝不足なんですよ」と明かした。

「昨日、川口さん(冬弥/25歳/ハナマウイ)が155キロを出して、眠れないくらい刺激を受けて。川口さんとはもともと同じくらいの球速だったので、『負けてられないな......』と思っていたんです」

 5月24日、レクザムボールパーク丸亀での香川オリーブガイナーズ戦。3回からマウンドに立った工藤は、自己最速を3キロ更新する156キロを3球も投じている。

 球場で取材していると、景気のいい数字は出ても「速く見えない」と感じる投手も多い。だが、工藤のボールは右手から放たれた瞬間から爆発力があり、捕手のミットに向かう勢いと重量感が十二分に伝わってくる。この日、工藤は3回を投げて被安打3、奪三振5、四死球0の内容で無失点に抑えている。

 工藤のことを1年前に見ていた筆者にとっては、「同一人物なのか?」と衝撃的な投球だった。


今年6月に自己最速となる157キロをマークした工藤泰成 photo by Kikuchi Takahiro

【大学時代は指名漏れ】

 東京国際大に在籍していた工藤は、昨年の時点でドラフト候補に挙がる存在だった。筆者が取材した2023年4月29日の流通経済大戦では、最速147キロを計測。カットボールを有効に使い、3安打完封勝利を挙げている。

 ただし、コントロールはアバウトで、球速的にも突出していたわけではなかった。ドラフト戦線には右投げの本格派投手が多いだけに、工藤の存在は埋没している印象があった。事実、同年のドラフト前に工藤に届いたNPB球団からの調査書は2球団のみ。育成選手契約でも入団する意向を示していたが、工藤は指名漏れに終わっている。

「チームメイトの三浦(克也)は巨人の育成1位で指名されていたので、自分の指名がなくて悔しかったです。ただ、最終的には自分にはコントロールがなかったのが、指名漏れした大きな原因だと感じました」

 その時点で進路をプロ一本に絞っており、社会人チームからの誘いはすべて断っていた。「行くなら独立リーグしかない」と決めた工藤は、大学同期ですでに徳島インディゴソックスへの入団を決めていた荒木隆之介から球団の資料を見せてもらった。

「練習の施設が整っていて、レベルアップできる場所だと思いました。自分自身、去年のドラフト会議をリアルタイムで見ていて、インディゴソックスから6人もドラフト指名されたのは驚きました。去年に159キロを出して阪神に2位指名された椎葉(剛)選手みたいに、自分も力をつけてNPBに行きたいと思いました」

 荒木を介して球団関係者とコンタクトをとり、工藤の徳島入団が決まった。

 まず工藤が取り組んだのは、徹底的な肉体改造である。筋力トレーニングのなかで「ビッグ3」と呼ばれるベンチプレス、スクワット、デッドリフトの総重量を測定すると、入団時は計500キロだった。

 シーズン中でもウェイトトレーニングに励むチームにあって、工藤は徐々に力をつけていく。大学時代に80キロだった体重は、85キロまで増量。そしてビッグ3は、3回目の測定にして計555キロまで達している。

「今は野球だけに集中できるので、トレーニング量が増えて球速アップ、レベルアップにつながっていると感じます」

【自己最速の157キロをマーク】

 しかし、すべてが順風満帆というわけではなかった。5月10日の愛媛マンダリンパイレーツ戦では4回2/3を投げて5失点、5月20日のソフトバンク三軍戦では2回2/3を投げて6失点と2試合連続で炎上している。工藤は「ランナーをためて長打を打たれるパターンになってしまった」と反省の弁を口にした。

 その後、「ストライクゾーンで押していこう」と方針を固め、5月24日の香川戦での快投につながった。

 徳島インディゴソックスの岡本哲司監督は、工藤の状態が上がってくることを予感していたという。

「練習でもポイントをつかんできて、だんだんよくなっていました。ブルペンでも球速が出ていたので、今日は球速が出るだろうなと思っていました」

 工藤は今後の課題として、「コントロールと落ちる変化球(フォーク)の精度」の2点を挙げている。

 シーズン終盤もストレートの球威を保ちつつ、課題を改善できれば工藤のドラフト指名は現実味を帯びてくる。昨年の椎葉のように上位指名を勝ち取ることも不可能ではないだろう。現実に、今年の社会人球界で工藤ほどの剛球を投げるドラフト候補は現時点で思い浮かばない。

 丸亀でのナイトゲームを終えたあと、工藤は「これから徳島に戻ってトレーニングです」と語った。彼らにとって深夜のトレーニングは日常なのだ。

「寝不足の身にはきついですね」と伝えると、工藤は笑ってこう返してきた。

「去年悔しい思いをしたので、今年はなんとか支配下指名を目指していきます。出ている課題を一つひとつ潰して、やっていきたいですね」

 6月16日の阪神(ファーム)との交流戦では、自己最速をさらに更新する157キロを計測した。

 徳島で目覚めた男は、まだまだ眠らない。工藤泰成の逆襲は始まったばかりだ。

※文中の年齢は2024年満年齢