【度肝を抜かれた弾丸ライナー】

 ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平は現地時間7月13日、デトロイト・タイガース戦で今季29本目のホームランを放ち、メジャー通算200号に到達。その前後には、一部のファンや関係者の間で「大谷のどの本塁打がベストだったか」が話題になった。

 筆者の答えは2018年春から変わらない。メジャーデビュー直後の同年4月27日、当時はロサンゼルス・エンゼルスの一員だった大谷がニューヨーク・ヤンキース戦で放った"弾丸ライナー"が忘れられないのだ。


2018年4月27日、メジャー4本目の本塁打を放ったエンゼルス時代の大谷 photo by USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 その試合にヤンキースの捕手として出場したゲイリー・サンチェス(現ミルウォーキー・ブルワーズ)が「自信を持って要求し、意図した通りのコースに来た。でも、素早いスイングで捉えてしまったのだから、彼を褒めるしかない」と述べた通り、カウント1−1からルイス・セベリーノ(現ニューヨーク・メッツ)がインサイドに投じた97.2マイル(約156キロ)の速球は、ストライクゾーンからは外れていたが失投ではなかった。その球を大谷は、腕を上手にたたんで完璧に捉え、打球速度112マイル(約179キロ)の弾丸ライナーで本塁打にしてしまった。

 打球はエンゼルスタジアムの右翼にある記者席の前を高速で通過。その打球の速さと迫力に度肝を抜かれ、言葉を失ったことを、まだ昨日のことのように覚えている。

 あれからもう6年強――。大谷のメジャー4本目となる本塁打を献上してからかなり時間は経ったが、この脅威的な一発は打たれた投手の脳裏には鮮明に残っているようだ。

 7月上旬、現在はメッツのユニフォームを着るセベリーノに、 その本塁打について「200本のなかで、印象的な本塁打として多くのメディアが挙げている」と説明すると、ドミニカ共和国出身の右腕はすぐに記憶を紐解き始めた。

「あの年の春、大谷はスプリングトレーニングで不調だったことをよく覚えている。私たちが手にしたスカウティングレポートにも、"インサイドの速球には対応できない"と明確に記されていた。それでその通りに投げたら、あんな本塁打にされてしまった。『あのレポートはなんだったんだ?』と思ったよ」

【セベリーノが被弾から得た教訓】

 セベリーノの言葉どおり、2018年の大谷はオープン戦では打率.125と苦しんだ。現地の一部メディアからは「まずはマイナーで起用すべき」と、今考えれば信じられない声も上がっていた。2018年にヤンキースのエースとして19勝(8敗)を挙げ、平均球速97.6マイル(約156キロ)をマークした右腕の元に、「インコースに投げておけば大丈夫」というレポートが届いていたとしても不思議はない。

 しかし、開幕後に別人のようになった大谷は、4月3日から3試合連続で本塁打を放つなど活躍し始める。セベリーノも、その打棒の餌食となってしまった。開花の要因としては、環境への適応、ノーステップ打法の成功などが挙げられるだろう。ともあれあの被弾は、メジャーで存在感を放ち続けているセベリーノの重要な教訓になったという。

「あの速球はいい球だった。それに対し、大谷はすごいスイングをした。振り返ってみれば、本当にいい経験だったと思う。『コンピューターの数字が常に正しいわけではない』と身に染みてわかったから(笑)。人間は成長するし、対応できるようになる。だからこちらも適応しなければいけない。以降、大谷に対してはいい投球ができているはずで、あれが唯一のミステイクだよ」

現在はメッツで活躍するセベリーノ photo by 杉浦大介

 実際にその後、セベリーノは大谷にはホームランを1本も許していない。2度目の対戦以降は5打数2安打、1三振1四球と決して抑えているとは言えないものの、許容範囲ではある。内外角の両方を慎重に使い、同様の攻め方を繰り返さないことが基本になった。

「速球にしろ、チェンジアップにしろ、大谷に対してはアウトサイド中心に投げるようになった。インサイドに真っすぐも投げるけど、どちらかといえば"見せる"ため。甘く入ると、クイックなスイングで打たれてしまう。いい打者だよ。

 あとは、ひとつの打席内で同じコースに同じ球を投げないこと。異なる球を混ぜて勝負することが重要になる。追い込んで、(ボール球を)追いかけさせるのがベストかな」

 今やメジャー最高級のスラッガーとなった大谷に対し、明確なウィークポイントは指摘されていない。だとすれば、複数のコース、球種を巧みに使い、的を絞らせないのがほぼ唯一の攻略法。それらは強打者への常套手段でもある。

 そのような攻め方をされるようになったことは、あの衝撃的な一発を放ったあと、大谷が"エリート・スラッガー"としてリスペクトされるようになった証しとも言えよう。

 最後になるが、セベリーノも"二刀流"の志願者であることを記しておきたい。大谷に触発されたからかどうかはわからないが、打撃練習も好きなのだという。

「実は私も打つのが好きで、毎日のように(バッティング)ケージに行って練習している。ただ、(チームのコーチ陣は)私がそれをやるのを好まない。二刀流にはしたくないようだ。私にもできると思うんだけどね(笑)」

 おそらくジョークだろうが、それでもセベリーノは「いずれ大谷としっかり話してみたい」とライバルに対して興味津々だった。

 伝説的なデビューから6年が経ち、早々に200号に到達した球界の"ユニコーン"は、さまざまな意味で他のメジャーの選手たちの目標、基準となる存在になったのである。