本物の元マトリに『バッドボーイズ RIDE OR DIE』を観てもらって、感想を聞いてみた ─ 「優秀な捜査官はああでなくちゃいけない、マイクとマーカスは五感に優れている」

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「いやぁ、久々に感激しました。驚きましたよ。実は、『バッドボーイズ』シリーズはその時代ごとの犯罪組織を描いているんです。時代の犯罪情勢と薬物のトレンドを、相当に分析していますね」。

シリーズ最新作『バッドボーイズ RIDE OR DIE』を鑑賞してこう絶賛したのは、元マトリ(=厚労省麻薬取締官)として知られる瀬戸晴海である。麻薬、覚醒剤、MDMAといった違法薬物、大流行した危険ドラッグ、ネット密売人。約40年の現役生活の中で、時代と共に変化する薬物犯罪と最前線で戦った、ホンモノ中のホンモノ。危険ドラッグの流行を終結させた際には人事院総裁賞を受賞し、天皇皇后両陛下の御接見を賜っている。

THE RIVERでは、元麻薬取締官として薬物犯罪の実情を誰よりもよく知る瀬戸氏に、麻薬犯罪組織との戦いを描くシリーズ最新作『バッドボーイズ RIDE OR DIE』を鑑賞いただき、終映後に専門家としての意見を尋ねてみた。すると、このシリーズは薬物犯罪の時代の写し鏡だと熱く評価されたのである。『バッドボーイズ』シリーズといえば主演のウィル・スミスとマーティン・ローレンスのおバカな掛け合いが魅力だが、「単なるエンタメ、コメディではない。エンタメの皮をしているけれど、時代の犯罪情勢と繋がっている」というのだ。

「そもそも『バッドボーイズ』シリーズの舞台であるマイアミは、ドラッグ映画としては基礎です。そして、将来でもある。マイアミには年間3500万人のリゾート観光客が訪れます。あらゆる犯罪組織が入ってきます。その下のハイチ、ドミニカ、プエルトリコ、キューバ、コロンビア。そしてマイアミから、ニューヨークなどに(薬物犯罪が)上がっていくんです。世界70カ国とのダイレクト便もある。マイアミはますます進化します。」

アメリカでコカイン乱用が始まったのは1970年代のマイアミが拠点だったと、瀬戸氏は振り返る。「発祥となったのはコロンビア。今でも組織は動いていますよ。コロンビアは、元々ヘロインブームの最中の1960年代に、アメリカにタバコやマリファナ、アルコールを密輸していたんです。その後、コロンビアから“メデシン・カルテル”のパブロ・エスコバルが登場した。これが組織的に、大規模にマイアミにコカインを送り込んだんです。ここからコカインがスタートするんですね。1970年代のことです。アメリカの薬物史上、コカインは前々からありました。ところが、大規模乱用が始まったのはマイアミが拠点でした。街中に行くと、プッシャーやディーラーと呼ばれる末端の密売人が山ほどいます。コロンビアや中南米に近いので、混ぜ物のないネタを手に入れることもできる。日本のコカインは本当に質が悪いですよ。でも、マイアミではいいものが手に入る。だから価格も高い。それでも飛ぶように売れるのがマイアミです」。

もともと『バッドボーイズ』シリーズの大ファンだという瀬戸氏。これまでの過去作でも、薬物トレンドが明確に描かれてきたことを指摘する。現地の薬物情勢では一時ロシアン・マフィアが介入する時期があったが、そのことも2作目の『バッドボーイズ 2バッド』(1995)で捉えられていたというのだ。

「今の日本の子ども達はバツとか錠剤と呼びますが、エクスタシーやエックスと言われるMDMAは、当時はベルギーとかオランダで作られていました。それがアメリカに広まる。マイアミは享楽的思考を持った都市ですから、大流行するわけです。『バッドボーイズ 2バッド』では、アムステルダムから密輸されましたね。洋上に投げて、それをボートで取りに行ってたでしょう。まさに、事実に着想を得た、その時代ごとの最もホットなものを捉えているんですよ。今作『バッドボーイズ RIDE OR DIE』を見終えた時、このシリーズはまだまだ行くなと思いましたね。」

『バッドボーイズ』シリーズの事実に基づく見どころについて、「“組織”と戦うところです」と、瀬戸氏は解説する。“組織”とはつまり、“ヒト・カネ・モノ”の集まりである。

「“ヒト”は、組織のトップやその周辺をすべて逮捕しろ。“カネ”は、犯罪収益をすべて奪え。そして“モノ”は、ブツを押収しろ。それによって組織が解体できる。2作目の『バッドボーイズ 2バッド』で、ハイチグループがMDMAを持っていて、押収すると『これだけしかブツがなかった』と。ロバートが『カネは?』と聞いたら、カネもなかった。一般の観客がご覧になっても、“へぇー”で終わるでしょう。しかし、プロの我々が見たら『この製作者、実態を知ってる!』と驚かされるわけです。本当に入念な取材や研究がなされていることが、よくわかるんですね。実は海外でも、エージェントたちはみな『バッドボーイズ』シリーズの大ファンですよ。」

マトリとして約40年勤め上げた瀬戸氏は、「優秀な捜査官には人間的な魅力が不可欠」と考えている。その点、『バッドボーイズ』のマイクとマーカスはどうか?訊くと、「マイクとマーカスには魅力を感じるでしょう?それが大事なんです。捜査官はああでなくちゃいけない!」と絶賛する。

「優秀な捜査官には、子どもっぽさが必須なんです。本質的にヤンチャで、妙に正義感が強くて、妙に優しくて、涙もろくて、最後は自分が犠牲になろうとする。そういうものがあって、そしてカッコつけるんですね。だから好かれて、憧れられる。それが優秀な捜査官です。」

優れた捜査官は、“五感”が発達しているのだと、瀬戸氏は説明する。ところが最新の捜査事情では、かつてのように“五感”を養うことが難しいといい、そこに懸念がある。背景にあるのは、デジタル捜査の重要性の高まりだ。

「日本では、かつて暴力団が全ての薬物を仕切っていたが、ネットやSNSの登場によって、縄張りやテリトリーがなくなってきました。ネットを介し、顧客が売人にダイレクトに注文されるからです。薬物密売にも自由化が訪れました。

我々がそれを調べるわけですが、昔だったら、捕まえて、検察庁に送って、20日くらい、難しい事件でも1~2ヶ月で解明できました。ところが、今は証拠品の分析だけでも大変です。今度はiPhone15?さぁ、どうするか。分析するだけでも相当高額な機械が必要です。“デジタル・フォレンジック”というんですけど。それを分析できる技術者、捜査員を学ばせて育てる必要もあります。

犯罪者たちは、暗証番号をいくつも作り、ウラ垢も作っています。これを分析するのは大変なこと。今では、この手の対応ができる捜査員が重宝されるようになっています。昔は隅っこに追いやられていたような真面目で穏やかな分析官が、今はメインで活躍しているんです。」

昭和の刑事ドラマでよく描かれていたように、かつては瀬戸氏も張り込みをよく行っていたという。「雨風の中、台風であっても、張り込みをしていましたよ。ビルを借りたり、民家を借りて、そこで張り込んだりね。本当に厳しかった」。ところが現在は、デジタル技術を活用すれば、遠隔で監視できるため、張り込み時間をかく然と軽減することができる。今の若い捜査官は、合理的でムダなことをしないのだと、瀬戸氏は話す。その一方で、「これでは捜査官の“五感”が育たないんです」。

「私が見る限り、マイクとマーカスは“五感”に優れていますね。捜査官が身を守るためには、“五感”が優れていなくちゃいけない。そういう面でも、彼ら二人はエージェントに向いている。」

上層部は使いにくいでしょう、と、瀬戸氏は笑う。「やんちゃで、トラブルメーカーでね。でも、使えれば相当な成果をあげると睨んだのが、ハワード警部ですよ」。

前作『バッドボーイズ フォー・ライフ』より。

コンラッド・ハワード警部とは、マイクとマーカスの頼れる上司だ。前作『バッドボーイズ フォー・ライフ』では劇的な展開を迎えている。

もし、瀬戸氏がハワード警部の立場なら、マイクとマーカスをどう使う?瀬戸氏は「日本に派遣してもらいたい」と答えたが、これは決して冗談ごとではない。そこには、日本を密かに襲う薬物密輸の深刻な危険性がある。「あまり表に出していない情報ですが……」と、瀬戸氏は声をひそめ……

もし、瀬戸氏がハワード警部の立場なら、マイクとマーカスをどう使う?瀬戸氏は「日本に派遣してもらいたい」と答えたが、これは決して冗談ごとではない。そこには、日本を密かに襲う薬物密輸の深刻な危険性がある。「あまり表に出していない情報ですが……」と、瀬戸氏は声をひそめる。

「今、日本ではWest African DTOs(西アフリカ薬物密輸組織)が蔓延っています。2020年頃から、組織がだんだん大きくなっている。彼らは世界80カ国に展開しています。六本木、新宿もいずれ獲られるくらいに展開している。西アフリカ、とりわけナイジェリアが中心の組織です。

全くコントロールできない。正体が定まらない。ところどころで動きを掴むが、組織の構造や動向がわからない。彼らは女性を運び屋として道具のように使う。最近は男もSNSで騙して利用する。タイ人など東南アジア系も使われている。マイクとマーカスには、これらの実態を解明してもらいたい。」

「そしてもう一つ」、と続ける。「メキシコのカルテルが、日本に本格的に入ってきました。大型案件も摘発されています。メキシコはあらゆる薬物を作っています。彼らは主に覚醒剤を日本に送り込んでいる。日本でも、徐々にコカインブームが来ています。これらの全体像、正体を掴むために、私だったら、手慣れたマイクとマーカスをアンダーカバー(潜入捜査)に入れますね。私はそのハンドラーになります」。

それでは、もしもマイク&マーカスと同僚だったら?瀬戸氏は、「あの二人の相棒関係の間には入れませんね」と笑う。「相手を理解し信じるには歴史が必要ですから。お互いに命を預けなければできない仕事です」。その代わり、彼らをサポートしたいそうだ。「彼らの魅力に惹かれて、違う班として彼らを支援するような立ち位置につくと思います。もし私が彼らより若ければ、呆れて卒倒しながらも、憧れて付いていくでしょう」。

瀬戸氏にも、マイクやマーカスのようなバディ関係と言える、憧れの先輩が存在した。その人物の魅力に惹かれ、「365日、四六時中一緒にいた」と昔を懐かしむ。

「彼は、マイクやマーカスのようなタイプでした。不思議ですが、憧れというのは一発で生まれますね。私はマトリになることを夢や目標として描いていた。そしてこの仕事に就いて、そこで出会った先輩が強烈すぎて、もう目指すところが決まってしまった。“この人になりたい!”と。ずっと一緒。それが当時の我々の在り方でした。年齢は違えどバディ、兄貴であり、オヤジですね。私は全て、彼に影響を受けました。」

特に心に残った出来事がある。1982年。大阪府西成で、覚醒剤乱用者が幻覚に狂って起こした無差別殺傷事件。瀬戸氏はその現場に急行している。

犯人を追いかけろと、先輩から指示が飛んだ。一人で走って追いかけた。たどり着いた商店街で、犯人は包丁を持ったまま疲弊して動きを止めた。警察官が駆けつけて、犯人は逮捕された。

残っていたのは凄惨な光景だった。犯人に刺された被害者の一人は倒れていて、側にはその息子さんの姿もあった。その現場で、先輩が一言、「最後までやるか?」と聞いた。遠い目をしていた。どういう意味かもわからぬまま、瀬戸氏は「はい」と答えた。答えると、先輩が初めて笑顔を見せた。

「要するに、“これを覚えておけ”ということなんです。最後まで俺と来るか、と」。瀬戸氏はその時の先輩の真意を汲み取る。どこまでも行きます、そんな思いだった。「それが人生を潰してしまったんですね、完全に。なんという生き方を選んでしまったのだろうと」。瀬戸氏は照れるようにして笑う。「退職してから、後悔しましたよ(笑)」。

『バッドボーイズ』シリーズは1995年に一作目が公開されて以来、実に30年近くの年月を歩んだ。その間、マイクとマーカスも加齢した。前作『バッドボーイズ フォー・ライフ』ではマーカスに孫が生まれて“じいじ”になり、本作『バッドボーイズ RIDE OR DIE』ではマイクが疲弊に苛まれる。

「私も心臓をやりました」と瀬戸氏は語る。とある捜査が終わった直後に、ストレスか、緊張のせいか、倒れて救急車で運ばれた。さらに、10年ほど前に負った背中の負傷が祟り、腰と背中の骨が弱って立てなくなった。現在は杖をついている。この手術のために入院すると、今度はガンとその転移が見つかり、摘出手術も繰り返した。「満身創痍です」と、この退職した元ベテラン捜査官は話す。

「新人職員の中には現場に行くとショックで耳が聞こえなくなる子もいました。特に、うちは六割が薬剤師です。育ちもよく、六年制の薬学校を出て、憧れと共に仕事に就く。しかし、現場で相手にするのは犯罪組織やヤクザです。セクハラだ、パワハラだ、なんて通用しない相手。なんでもありの相手です。常識が通用しない連中から怒鳴られて、ショックで立ち直れず、退職する人は結構います。

それから、詳しくは言えませんが、強制採尿。薬物の使用事実を認めない被疑者に対して、裁判所から令状を取って、病院に連れていって、体内から尿を採取することがあります。けっして気分のいい仕事ではありません。中には抵抗し暴れる者もいる。場合によっては、それを制止しなければなりません。そういう現場を、憧れて入ってきた若い子が見ていく。衝撃を受けて、立ち去っていくんです。」

このような現場で、マイクやマーカスのようなキャラクター性を持ち合わせていたら?「そんな状況でもギャグを言っていられるわけですね。だから向いているんです。我々も、マイクやマーカスのような捜査官を育成したい。でも、できないんです。ちゃんとした公務員を作らないといけないから。そこは常に裏腹なんですよ。マイクやマーカスのような捜査官は、絶滅危惧種なのです」。

『バッドボーイズ』には憧れがあると話す瀬戸氏。厳しかった現役時代、他にもハリウッド映画に刺激や勇気をもらっていたという。例えば、ジーン・ハックマンの『フレンチ・コネクション』(1971)、アル・パチーノの『スカーフェイス』(1983)。「それから、アル・パチーノとジョニー・デップの『フェイク』(1997)。寂しいんですよね、あれ。でも、私に言わせれば、まさにあの通り。道具でしかないんです、捜査官なんて。『エクスペンダブル』、あったでしょう?あれと同じ。使い捨ての捜査官。でも悲哀を感じながら、そういう人生でもいいか、と。こういう映画を観て、本当に憧れてきました」。

中でも気に入っているのは、“同業者”を描く麻薬捜査モノの映画だ。「コリン・ファレルとジェイミー・フォックスの『マイアミバイス』(2006)は、シリアスで、まさに事実を描いています。最近では2015年、ベニチオ・デル・トロの『ボーダーライン』、そして続編の『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』(2018)。薬物捜査の現場は、まさにあの映画で描かれた通りです。あれは真実です。海外の現場で学び、実情を見てきた捜査官の私から見て、心が動きました。コロンビアのカルテルが弱ってきていて、彼らが託したのがメキシコです。メキシコはフロリダに入ってくる。エルパソ、サンディエゴ。今、あっちでずっと攻防をやっている。『ボーダーライン』はそれを描いていますね」。

海外の映画やポップカルチャーでは、時として大麻がクールでオシャレなものとして描かれる。こうした風潮は最近、日本の若者の間にも広まっている。ありとあらゆる悲劇を実際に見てきた瀬戸氏に大麻の危険性について尋ねると、「大麻そのものはもちろん、それを取り巻く環境と社会事象を見る必要があります。今、どれだけの子どもが傷ついていることか……」と熱を込める。

「大麻は進化している。昔の大麻は、アルコール濃度に置き換えればビール程度でした。今の大麻はどんどん品種改良されていて、ウォッカのようになっている。

それに、環境も変化している。昔、大麻を密売するのは犯罪グループの人間だった。今、密売をやっているのは、その辺の若者や大学生です。SNSで注文して、持ってきたところを、街のチンピラ連中が袋叩きにして,ブツと現金を奪うこともあります。これをタタキと言いますが,横浜などでも去年、一昨年、何人も殺傷されてますし、大阪ではコンビニの横で5~6人からメッタ刺しにされてますよ。たかだか大麻1グラム、5,000~6,000円のためにです。

子どもたちが殺されているんです。身ぐるみ剥がれて。大麻にはそういう危険性もあることを、よくわかってほしい。」

最後に瀬戸氏に、改めて『バッドボーイズ RIDE OR DIE』で楽しんだ点を聞いてみた。

「一つのアクションシーンの中に、クライマックスがたくさん用意されているところですね。息もつけません。時計を見ることもできない。展開が次々やってきて、その展開の全てが驚くようなものなんですね。ヘリコプターのスカイアクション、あれには度肝を抜かれましたね。どうやって撮影しているんだと。ああいうのは、『ブラックホーク・ダウン』(2001)のような軍の映画には出てくるけど、まさか捜査機関の映画に出てくるとは……驚きました。

そして、最後には心が満たされますね。豊かになれる。人として一番大事なもの、愛や優しさ。ドラマとキャラクターの中に、しっかりと描かれています。我々にとって本当に必要な愛、忠義、家族……この映画には、全てが含まれています。」

取材を終え、写真撮影も済ませたところで、瀬戸氏は帰り際、「さっきはあえて言わなかったんですが……、お恥ずかしい話、この映画を観終えた時、最後にこう思いました」と、柔和な笑顔で囁いた。

「……“現役に戻りたい”と。どこの国でも、末端でもいい。身体も悪いが、捧げますから私を使ってください。マイクとマーカスを見て、そういう気持ちになりました。」

映画『バッドボーイズ RIDE OR DIE』は2024年6月21日、日本公開。

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