3月に『あいにくあんたのためじゃない』(新潮社刊)を上梓した、小説家・柚木麻子さん。とかく女同士の人間関係はドロドロしていると思われがち…ですが、柚木さんの小説では、女性同士が励まし合い助け合う姿が爽快に描かれ、同世代を中心に多くの読者に支持されてきました。今回は柚木さんに、最新作の話はもちろん、コロナ禍で変化した価値観やできごとなど語っていただきました。

コロナ禍のワンオペ育児中、SNSは世界へつながる窓だった

『あいにくあんたのためじゃない』は、お金やSNSをテーマにした全6篇の短編小説で構成されています。書籍のタイトルが印象的ですが、じつは柚木さんが大好きなモーニング娘。'23の「Wake‐up Call〜目覚めるとき〜」という曲の歌詞からとったそう。

【写真】小説家・柚木麻子さん

「この歌を要約すると、『君にそんなメイクは似合わないっていうけど、あいにくあんたのためじゃない』というものです。この『あんた』という呼び方と、『あんたのためじゃない』ってフレーズ、泥くさく怒っているところがハロプロらしくて好きなんです。本の内容にもぴったりだったので、許可をいただいてタイトルにさせていただきました」(柚木さん、以下同)

この小説を書いていたのはちょうど新型コロナウイルスが蔓延していた時期。当時は外出も制限されていたこともあり、SNSをはじめとしたオンライン上での話が多くなりました。

「本書の『トリアージ2020』という作品にも出てくるのですが、私はレジオネラ肺炎で中学生のときに手術をしていたこともあり、肺がずっと弱くて。主治医から『絶対に家から出るな、一歩も出るな』と言われてしまい、怖くなって、かなり自粛をしていました。当時、出産して育児が始まっていたので必然的にワンオペ…。『外の世界に出たい、外食したい!』という気持ちが異常に高まった結果、SNSを駆使してみんなと繋がるようになりました。

電話やLINEはもちろんのこと、Zoom、当時話題になった『Clubhouse(クラブハウス)』も使いこなし、一瞬で廃れたクラハを、唯一楽しみ尽くした人間と言われています。ずっとワイワイひとりで喋っているうちに人が徐々に増えていき、10日目ぐらいで200人ぐらいが私の話を聞いてくれるようになって…そのうち世界じゅうからお客さんが来てくれました。そこでいろんな世界、いろんな世代の人とつながれたことでSNSのプラス面をすごく実感しました」

家にいながら世界の解像度を上げ、子育てをすることで意識をアップデート

また、収録されている「パティオ8」という作品には、ワンオペ・ママ友グループが一致団結して、子どもたちの遊び場を取り戻す様が描かれています。実際、柚木さんのまわりでも、家から一歩も出ないで、友達の困りごとのために探偵みたいなことをしていた人たちがいたのだとか。

「SNSを駆使したり、それぞれの得意分野を活かし、それを全部LINEで共有して、探偵もびっくりな活躍をしたそうです。私も家から出ずして、いろんな方、年下の子などから相談を受けたり、個人的なお話を聞いたり、世界じゅうのいろいろな職業の人と喋ったおかげで、逆に世界の解像度が上がった気がします。

なんでこんなに外食したいのだろう、外食ってすごいなとか、コロナ禍のおかげで世の中のことが見えてくるようになったかも。たとえば好きな2000年代のカルチャーにしても、『SATC(セックス・アンド・ザ・シティ)』がすごく白人中心社会だったということにも全然気づいていなかったし、本当に世の中のことをちゃんと考えていなかった。

今日本でもどんどん格差が開いていて、なにも悪気がなくても人を踏んでしまっているようなことが多々あります。でも、そう考えるようになったのは、子どもを産んだここ5年くらい。きっと恵まれていたから、すごく差別や格差に無頓着だったんでしょうね。育児をするようになって、初めて自分もこの社会に責任があるという風に実感したのだと思います」

「女性って怖い」と思われたくなくて、小説を書いてきた

これまで数々のヒット作を生み出してきた柚木さん。作家デビューをしたときには、「女性の人間関係の話を書きたかった」といいますが、それを表現するまでにさまざまな葛藤がありました。

「やっぱり、『女子校の友情はすぐいじめに代わる』といった感じで、『女怖い』みたいな読み方をされていました。その『怖い』みたいなところから、どうにかして逃げるために『ランチのアッコちゃん』を書き、『女同士はいいものだよ』みたいに、とにかく女の人のネガティブキャンペーンならないように、10年間試行錯誤をしていたというのが本当のところです。

女性同士の人間関係を“いいもの”だと思って書いてはいるけれど、じつはそれは私が書きたいことじゃない。うまくいかないときもあるし、すごく仲がよかったのにこじれちゃうときもある。でもそれはだれも悪くない。本当はそういうことが書きたかったんです。

東京オリンピックの開催あたりから、ものすごく日本でジェンダーの話が進みましたよね。今まで女のドロドロみたいに語られていたようなことが突然なくなった気がします。『フェミニズム』って言葉にしても、私がデビューしたころは曖昧な表現が使われていたような気がしますが、今ではメディアで当たり前に使われるようになりました。

おそらく、みんなが普通に生活していても国際的な人権感覚みたいなものがなんとなくわかってきて、『あれ?』って思うことが、みんな増えたんじゃないかな。私の小説も、『シスターフッドですよね』とか『フェミニズムですよね』って、読者の方をはじめとして言っていただけることが、この数年で増えました。だから最近は『自分の創作活動はこれから始まる』って思っています」

いろいろな情報を手軽にキャッチできるようになったからこそ、読み手の“アップデート”がされ、それに自分も学びを得ていると笑顔で教えてくれました。