春節「日本に行くのやめた」中国人達が"集まる国"
春節直前の北京首都国際空港の様子(写真:ロイター/アフロ)
中国は2月10日に春節(旧正月)を迎える。景気低迷や消費の減速が顕在化しているが、年末年始の休みを9日から17日までの9連休とする企業が多く「史上最長の春節休暇」がトレンドワードになる中、海外旅行者数はほぼコロナ禍前の水準に回復すると見られている。
だが、人気の海外旅行先で常に首位争いをしていた日本の存在感は薄い。そこには中国の景気や処理水問題だけでは説明できない、あるトレンドが影響している。
SNSで「史上最長の長期休暇」と話題
近年は海外で過ごす人も多い春節。春節休暇は例年7日だが、2024年の春節の休日は2月10日から17日の8日間。また、大晦日にあたる9日は大半の企業や団体が休業としているため、国民の多くは実質9日の連休が取れることとなり、SNSでは「史上最長の春節休暇」と盛り上がっている。
中国は景気が減速し、国民の消費意欲も振るわないと伝えられるが、コロナ禍での渡航制限が撤廃され、国際便のフライトも回復が進んでいることから、シンクタンクの中国旅行研究院は4日に発表したレポートで、2024年の海外旅行者数が前年ののべ8700人万から大幅に増え、コロナ禍前の2019年の9割に相当するのべ1億3000万人に達すると予測した。
国家移民管理局は同日、今年の春節期間の1日平均出入国者数が、のべ180万人に上るとの見通しを示した。ゼロコロナが解除された直後の2023年春節の3.3倍増で、2019年の水準と変わらない。
春節の海外旅行で話題を呼んでいるのは、今年1月に商業就航を開始した中国初の国産大型クルーズ船「アドラ・マジック・シティ」だ。
春節期間中は、9日に上海を出航し、鹿児島、長崎、済州島を巡るツアーと、14日に上海を出航し、沖縄に向かうツアーがある。客室2125室を擁する同船だが、船上で新年を迎える9日発のツアーは、バルコニー付きの部屋が早々に完売したという。
2022年末までゼロコロナ政策を続けていた中国は2023年8月に訪日団体旅行を解禁し、現地の旅行プラットフォームでは「日本」の検索が急増したと報じられた。中国EC大手アリババグループの日本法人がすぐに、日中越境医療ツーリズム事業を始めると発表するなど、日本側の期待も大きく高まった。(過去記事:中国人が「日本の医療」を爆買い?関心高まる背景)
と、これらの動きからは今年の春節では日本旅行が大人気のように見えるが、実際はそうでもない。
アドラの日本行きクルーズ旅行を申し込んでいる人の多くは、話題の国産クルーズ船に乗ることが第一の目的だ。国慶節や春節の長期休暇の前には、検索数に基づいた「人気の旅行先」や旅行のトレンドに関する情報が多く出るが、今春節では日本に関する言及はあまり目立たない。
日本では中国の景気が減速しているから海外旅行を控えている、という分析も散見されるが、中国では「休暇が長いから海外に出かける」「一方で、景気がいまいちだから近場の海外が人気」というデータが多い。だったら日本はドンピシャのはずなのだが……。
処理水問題の影響払拭されず
日本旅行が盛り上がらない理由の1つは、処理水問題の影響が払拭されていないことだ。
東京電力福島第一原子力発電所が昨年8月下旬から処理水を海洋放出したことで、中国で激しい日本叩きが起きたことは記憶に新しい。海産物でなく肌につける化粧品など幅広い日本製品が中国人消費者に忌避され、その流れのまま10月の国慶節休暇に突入した。
もちろん、日本バッシングが起きているとしても、過去に日本を旅行したことがあるリピーターは以前と変わらず日本に行きたがっているという声は多い。だが、リスクを恐れ、中国では日本ブランドのマーケティングが縮小している。
2023年1〜9月期連結決算で中国市場の業績が大きく悪化した資生堂とポーラ・オルビスホールディングスはいずれも、ライブコマースやインフルエンサーを起用したプロモーションの取りやめで、新規顧客獲得に苦戦していると説明した。
アリババグループも昨年11月の独身の日セールでは、中国の消費者向けに日本ブランドの売り込みを控えていた。(過去記事:中国「独身の日セール」日本ブランド大苦戦の深刻)
海外旅行でも同じことが起きている。日本に行きたい人向けには旅行商品を販売しているが、積極的なプロモーションは仕掛けにくい状況が続いており、その結果、日本旅行に関する情報が消費者に届きにくくなっているようだ。
「日本に行くのは今じゃない」
しかし処理水問題も、今回の春節で海外旅行先として日本人気が低下している最大の要因ではない。より大きな理由は競合の台頭だ。
中国のSNSや検索サイトで「春節」「海外旅行」と検索すると、上位にはシンガポール、マレーシア、タイをまとめた「新馬泰」という言葉が並ぶ。
大学生の娘を持つ上海在住の会社員女性(40代)は、昨年9月に「国慶節は娘の大学合格祝いを兼ねて日本に家族旅行しようと思っていたけど、航空券が高すぎてやめた。春節のときに行く」と話していたが、春節直前に「英語も中国語も通じるし、ビザもいらなくなったから」と旅行先をシンガポールに変更した。
中国外交部は1月25日、30日以内の滞在についてシンガポールと相互ビザ免除を実施すると発表した。ビザ免除は2月9日から発効し、外交部は「新年の贈り物」と表現した。
中国とタイも1月28日、30日以内の観光目的での滞在について、ビザを相互に免除することで合意した。
タイの空港ではビザ免除した中国人への歓迎セレモニーも。写真は2023年9月末(写真:ロイター/アフロ)
タイは観光産業回復のため、中国人に対して2023年9月下旬から今年2月末までの一時的な措置としてビザを免除していたが、正式措置に移行する。マレーシアも昨年12月から、観光目的で30日以内滞在する中国人に対しビザを免除している。
東南アジアの中でも観光地として人気の高い3つの国が相次ぎビザ免除を発表したことで、どの旅行予約プラットフォームでもこれらの国の検索数と予約数が激増している。
春節のトレンドは東南アジア一色に
特にコロナ禍前から日本と並ぶ人気旅行先だったタイは、強い追い風を受けている。Z世代グループ、家族とさまざまな需要に対応する都市や楽しみ方の紹介コンテンツも多数登場し、今年の春節のトレンドは「暖かく、物価が比較的安く、(ビザ免除で)中国人に優しい」東南アジア一色となっているのだ。「コロナ禍が明けたら日本に行きたい」と以前から考えていたリピーターでもない限り、「日本に行くのは今でなくてもいい」という空気感になっている。
ほとんどの中国人が利用しているモバイル決裁アプリ「アリペイ(支付宝)」の日本事業を担当するアリペイジャパンは、中国人の日本旅行がなかなか回復しないこともあり、中国人以外の外国人旅行者が自国の決済アプリを日本で使えるよう、韓国やシンガポール、香港などアジアを中心とした海外のモバイル決済事業者と連携を進めている。
同社の蒋微筱CEOは昨年12月に開いたメディア向け説明会で、「日本での決済アプリ利用動向から、韓国や香港からのインバウンドはコロナ禍前の水準に戻っており、香港人は1人あたりの消費額が大きい」と東アジアのインバウンドが大きく回復していると強調しつつ、「中国本土からの日本旅行がコロナ禍前のように回復するにはもう少し時間がかかる」と話した。
(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)