日本で人気のサバ缶ですが、世界のサバ缶はどんな味でどのように食べるのでしょうか(写真:karins/PIXTA)

パスタやカレー、煮込み料理とさまざまな料理で活躍する「サバ缶」。今や日本人の食卓に欠かせないものとなったが、世界にはどんなサバ缶があるのだろうか。思い立って、30種類のサバ缶を食べて驚いたこととは――。

世界の台所探検家として、世界の家庭を訪問しながら、それぞれの食の社会的背景を研究する岡根谷実里氏の『世界の食卓から社会が見える』からキューバがオーガニック農業大国になった経緯を紹介する。

生産量でツナ缶を抜いた「サバ缶」

魚介缶といえばツナ缶だと思ってきたのだけれど、どうやらもう過去の話らしい。日本缶詰びん詰レトルト食品協会のデータによると、魚介缶の生産量は、2016年に不動の王者ツナを抜いてサバが1位に躍り出た。

サバ缶ブームはこれまでにも何度かあったが、2017年頃からの第3次サバ缶ブームは社会現象といえるほど大きなものだった。背景には、青魚に含まれる不飽和脂肪酸への美容・健康効果の期待に加えて、生の魚よりも安価で、日持ちがし、さらに調理が手軽などという利便性からの理由もある。サバ缶はツナ缶に勝っただけではなく、生の青魚の市場をも食っていたのだ。

ちなみに、日本は世界でも有数のサバ消費国で、漁獲高は中国に次いで世界第2位(FAO、2020年)。生だけでなく、缶詰でも加工品でも、あらゆる形でサバを食べる日本人のサバ好きは大したものだ。鮮魚離れが進む中、サバ缶は今や日本の食卓になくてはならない「令和の魚」とすら言えよう。

ところでこのサバ缶、日本だけでなく実は世界各地でも食べられているというのはご存じだろうか。いや、海はつながっているから当たり前と言えば当たり前なのだけれど、世界のサバ缶はどんな味でどう食べるのか、考えたことはあるだろうか。

あるとき気になって、全日本さば連合会(全さば連)のながさき一生氏と池田陽子氏とともに、世界のサバ缶を集めて食べ比べた。全さば連は、2013年に結成された団体だ。私もそれなりに世界のサバ缶を持っているつもりだったが、サバ好きお2人の収蔵品はそれを凌駕していた。

集まった缶詰は30種類あまり。日本の食材店で買ったものが大半で、一部海外で買ってきたものがある。並べてみると、缶詰の形状からしてもう違う。日本のは背の低い円筒型が一般的だけれど、アジアやアフリカでは缶コーヒーのような細長い円筒で、中にはトマト缶のような大きいものもある。ヨーロッパは、オイルサーディン缶のような平たくて四角いものが多い。

世界では水煮以上に「トマト煮」が多い

味付けは、形以上に驚きが多い。大きく分類すると、水煮・トマト煮・その他の3つに分けられるのだが、意外だったのは、世界では水煮以上にトマト煮が多いこと。

アジアにもアフリカにもヨーロッパにもサバトマト缶はあって、トマトバジル、チリトマト、にんにくトマトなどのバリエーションもある。青魚で臭みがあるうえに、生だと品質の低下が著しく早いから、トマトの強い味で覆い隠すのが都合がよいのだろうか。味噌煮と同じ発想だ。加えて、魚に含まれるうま味成分イノシン酸は、トマトのうま味成分グアニル酸とあわさって、うま味の相乗効果が期待できる。サバとトマトは案外相性がいいのだ。その他の味付けは、レモンバジル、ココナッツ煮など。いずれも香りの強いものが並ぶ。

さあ、いよいよ開封。缶を開けると、たとえ同じ「サバのトマト煮」でも、おそろしく多様な味と姿のバリエーションがあることに驚いた。いくつか、レビューしてみたい。

日本(水煮)
見慣れたサバ缶。身は筒切りになって詰められている。他国のものと比べて気づくのは、身が崩れたり皮が破れたりしていなくて形が美しいこと。

中国・龍一(トマト煮)
トマト缶サイズの大きな円筒形の缶を開けると、めざしよりひとまわり大きい程度のサバを半分に切ったものがごろごろ入っている。見慣れたものよりだいぶ小柄だ。

味は、トマトソース煮というよりもトマト水に浸かっている感じで、良くも悪くも魚の味がダイレクトに感じられる。言い換えると、残念ながら魚臭さが際立つ。ながさき氏曰く、魚の鮮度があまりよくないそうだ。

マレーシアなど・Ayam(アヤム) Brand(ブランド)(トマト煮)
缶コーヒーのような縦長缶に、中国のと同じくらい小柄なサバが筒切りになって入っている。中国のものと並べてみると、皮がまったく剥がれておらず美しい形のままとどまっている。

形は美しいのだが、その微動だにしない様子は身の硬さをそのまま反映していた。身はなまり節のように硬くて、それに対してソースはとろっとかなり濃厚で、ゆえに箸を入れるとその身は真っ白なまままったく味が染みていない。こうも頑なに魚がソースにバリアを張るのは、加熱方法のせいなのか、身の性質なのか。

ノルウェー・Stabburet(スタブラ)(トマトバジル煮)
缶の形が、他の2つとはだいぶ違う。アンチョビのような平たい長方形のプルトップ缶で、ヨーロッパのサバ缶はほとんどこの形だった。開けると中には骨を外したフィレの姿でサバが入っている。身は臭みがなく、他の2つより身が柔らかく脂が乗っている印象。トマトソースはしっかり味と風味があって、ソースごとパンに乗せて食べたい。

ちなみに、Ayam BrandとStabburetは、ホームページを見ても水煮缶は販売しておらず、代わりにトマト味は何種類か展開している。やはり、サバにはトマトなのだ。

ずらっと並んだ30缶を次々に開け、比較しながら食べていると、こうも多様な大きさと形があるものかと感心してしまう。

全体的な傾向としては、ヨーロッパのものはフィレになっていて、魚体は大小さまざま。一方アジアは筒切りのものが多く、これもだいぶ幅があるけれど、傾向としては魚体は小さめだ。

ヨーロッパのほうが脂が乗っていて柔らかく、アジアのほうがしまっている印象がある。この違いはどこからくるのか。もちろん食文化や調理方法のスタイルの違いもあるけれど、漁業の違いにもあるようだ。

日本のサバ捕獲状況は?

日本のサバ漁の状況を見ると、世界有数の輸入国でありながら、輸出国でもある。日本国内で人気があるのは、脂が乗った大型のノルウェー産。ヨーロッパ諸国では、水産資源保護の観点から、大きく育ったサバのみを捕獲するようになっており、その大きくて脂の乗ったサバを輸入して私たちが食べている。

一方、日本はサバの漁獲量世界第2位であるものの、まだ脂の乗っていない小型のものを捕獲して、アフリカやアジアに輸出しているのだ。これが持続可能な漁業かと問われたら、ちょっと悩む。

漁業の資源管理制度の違いも明らかで、ヨーロッパでは魚種ごとに漁獲可能量を決めてそれを漁業者や漁船ごとに個別に割り当てている(個別割り当て方式)のに対し、日本は漁獲可能量を定めているのは数魚種のみだ。その数魚種も、漁業者ごと個別に量を割り当てるのではなく、全体の漁獲高が上限に達したら操業を停止させるという方法(非個別割り当て方式)だ。

すなわち早い者勝ちなので、「ならば早いうちに、魚体が小さくても捕ってしまおう」という状況が起こりやすい。経済学で言うところの、コモンズ(共有地)の悲劇というやつだ。では、ヨーロッパ式の資源管理のほうが、漁業国としての歴史を積んできた日本よりも優れているといえるのだろうか。

「そう単純な話ではないんですよ」と教えてくれたのは先ほどのながさき氏。「ヨーロッパと日本では、そもそもの食文化や漁業の状況が違う。日本は魚種が多いから、そのすべてに関して漁獲可能量を定めるのは現実的でない。その代わりに、漁業を免許制にすることで入り口でコントロールをしているんです」。

なるほど確かに、ヨーロッパ北部でよく食べる魚といえば、タラとサーモンとニシンくらい。魚の漢字がクイズになるほどに魚種の多い日本とは状況が違う。とはいえ、漁業技術の向上によって漁船の隻数やトン数による制限が限界を迎えているのも事実で、2020年の新漁業法では個別割り当て方式の指定魚種も拡充していく方針が示されている。

「大きいほどいい」というわけではない

また、大きく育った魚を獲るのがよいかというと、その限りでもないという。「大きい魚をよしとするのは、肉中心の欧米的価値観で、日本やアジアの文化にそのまま押し付けられるものではない」。言われてみればその通りで、コハダは小さい時のほうが、価値が高いし、小さい魚ならではの調理法や味わい方も多くある。


「小さい魚の味わいが評価されるようになれば、漁業者は生計を立てるために必要以上の資源を獲る必要がなくなる」。確かにその通りだ。私たちは必ずしも、お腹を満たすために魚を食べているのではないのだ。

また、食ったり食われたりの海のエコシステムの中で、どの段階で捕獲するのが資源的に効率がよいのかは魚種によっても異なり、「大きく育ててから獲るのが効率がいい」といういけす的発想がそのまま当てはまるわけでもないという。

そんな話を聞くと、しばしば小中学校で出張授業をしている私には、目の前のサバ缶が教材に見えてくる。たった百数十円のサバ缶すらも、世界の海につながる題材になるのだから、本当に日常の食卓は探検の種にあふれている。

(岡根谷 実里 : 世界の台所探検家)