受験シーズン。3人のお子さん(長女、長男、二女)をもち、すっきりとシンプルに暮らす「非ミニマリスト」として生活に役立つ情報を発信するフネさんは、長女と二女で2回、それぞれ子どもの中学受験をしました。「親として準備も覚悟もしていたはずなのに、立ち直れなかったのは娘ではなく私でした」とフネさん。子どもの受験で気づいたこと、ふっきれた理由を教えてくれました。

「合格体験記を考えておけ」とまで言われた二女の受験結果

小学6年生になると、塾では忙しい日頃の授業に加え、難関校の志望校別特訓が始まります。日曜日は志望校近くの校舎に集まり、同じ中学を目指すライバルと切磋琢磨します。

【写真】自作の受験スケジュール管理表

上の子はトップクラスに上がれないまま受験を迎えましたが合格。下の子はトップクラスの中でも上位を保ったまま当日を迎えました。

下の子は周りの保護者からも「安心だね」と言われ、先生方からは第一志望校の受験日当日「お前はいつも通りやればいい」「合格体験記を考えておけ」とまで言われていました。
ですが、そう言われれば言われるほど、私は不安に。

次の日に第二志望の学校の試験を終えてから、第一志望の合格発表会場へ行きました。
そこに娘の番号はありませんでした。

淡々とした娘と受け入れられなかった私

不安的中。信じられない気持ちでした。なにかの間違いではないか、試験用紙が取り替えられたのではないか。ありえないことなのに、そのときは本気で色々考えていました。

その後「しゃーないな!」と会場を早々に引き上げる夫と娘。娘は動じず淡々としていました。
私は何度も番号を確認し、学校側に聞きたいとまで思いましたが、周りで合格者が塾のインタビューを受けているのに気づいていたたまれなくなり、後ろ髪を引かれる思いでそこを後にしました。

娘のいないキッチンで号泣

帰宅後、娘は疲れたのかぐっすり寝てしまい、私は張り詰めていた気持ちが一気に溢れ出し、ダイニングテーブルに突っ伏して号泣。大人になって初めて号泣しました。

娘が起きてくる頃にはなにもなかったように夕飯を用意し、一緒にお風呂に入り…。
その間に第二志望で受けた学校の合格発表があり、幸い合格していました。

「娘がここに載るはずだったのに」…塾の広告チラシが憎い

娘は学校に早く行きたくて、念のため出願していた学校の入試はやめ、小学校に元気に登校し、友達と遊んでいました。

そんな様子に安心する一方、私は心の中でいつまでも引きずっていました。
とくに私を苦しめたのは、毎日新聞広告に入る合格者一覧の塾のチラシ。そこには娘が受けた学校の合格者集合写真や、当時は名前までも載っていました。

「娘がここに載るはずだったのに」「大晦日も元旦も早朝から電車で特訓に通い、がんばってきたのに」「合格体験記に写真入りで載るはずだったのに!」

娘の前では普段通り明るく過ごしていましたが、入学手続きをした後も私は納得のいかない気持ちでした。

立ち直ったきっかけは「自分の見栄」に気づいたとき

あるとき、ふと考えました。
娘は納得し明るく過ごしているのに、なにがこんなに悔しいのか。

そして気がついたんです。私は「優秀な子の親でいたかった」。チラシや体験記を見た人に「あなたの娘はすごいね」と思われたかった。
周りからほめられるうちに、気づかない間に、そんな親の見栄が育っていたのでした。

それに気づいた瞬間、自分のことが「バカみたい」と思いました。そして急に吹っきれました。
受験したのは娘で、評価されるのも娘なのに、自分がほめられたような気になっていたのでした。

受験は「親の自己満足」に注意

先生から、子どもはフィールドで戦っていて、親はそのフィールドには降りず応援席から、と言われたことがあります。
それなのに、小学校受験や中学校受験は親も一緒にがんばることが多くて、いつの間にか自分が戦っている気に。自分はそうはならない、と思っていたのに恥ずかしながらこれです。
「子どもは親の作品ではない」なんて言われますが、やはり子どもがほめられるとうれしいのも親心。合否に関わらずやりきったこと、得た知識と努力は娘の宝物です。
不合格はつらいものですが、親も子もどうか後悔はしないでほしい。そしてその覚悟を持って中学受験をするかどうかも決めて欲しいなと思います。

 

このリアルな体験が、子どもの受験中で悩んでいる人やこれから受験を考える保護者の方に少しでも役に立てばと思います。