アイヌ民族が口頭伝承してきた叙事詩ユーカラ(※1)を、「アイヌ神謡集」として日本語訳した実在の人物・知里幸惠をモデルに描いた映画「カムイのうた」(1月26日より拡大公開中)。理不尽な差別やいじめに遭いながらも、強くたくましく生きた主人公・テルを演じた吉田美月喜さんに、アイヌ文化をリスペクトした徹底した役作りについて伺いました。

※「ユーカラ」の「ラ」は正式には小さな「ラ」の表記となります。

 

吉田美月喜●よしだ・みつき…2003年3月10日生まれ。東京都出身。主な出演作にドラマ「シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う。」「ドラゴン桜」、映画「鬼ガール!!」「たぶん」「メイヘムガールズ」、Netflixドラマ「今際の国のアリス」など。2023年には映画「あつい胸さわぎ」、舞台「モグラが三千あつまって」で主演を務めた。Instagram

 

【吉田美月喜さん撮り下ろし写真】

 

自然と共存するアイヌの生き方が素敵で、共感できる部分しかなかった

──本作で演じられたテル役は、オーディションで選ばれたそうですね。

 

吉田 最初に動画を送らせていただいて、その後、対面オーディションを経て、実際の衣装を着て、メイクや髪形をしたカメラテストという初めての経験をさせていただきました。海外の作品では多いようなのですが、とても新鮮な気持ちで演じることができました。以前から「着物とか似合いそう」と言われることもあって、時代モノにとても興味があったんです。だから、合格してうれしかったのですが、その一方で不安なところもありました。

 

──どういうところが不安だったのでしょうか?

 

吉田 オーディションの段階から、菅原浩志監督が「責任を持って、北海道の方やアイヌの方が納得してもらえる作品を届けなきゃいけない」と強く言われていたんです。もちろん、私もそういう気持ちだったのですが、いざテル役に決まってみると、「でも、どうしたらいいの?」という気持ちになってしまったんです。

 

──そこから役作りに入ったと思いますが、かなりいろいろなことを学ばれたのでしょうか。

 

吉田 正直、それまではアイヌの文化や歴史のことを知らなかったので、まずは伝統あるアイヌ文化の洋服や道具、生活を学びました。その後、製作発表会見で北海道に伺ったときに、モデルとなった知里幸惠さんの銀のしずく記念館にお邪魔させていただき、より理解を深めていきました。そうやって、知るところから始めて、いろいろ調べていきました。また、着物や袴の所作は毎日動画で撮って練習しましたし、方言やユーカラ(謡)は録音されたボイスメモをひたすら一人で覚えました。あと、竹製楽器であるムックリは新大久保にあるアイヌ料理のお店に通いながら勉強しました。自然と共存するアイヌの生き方がすごく素敵で、共感できる部分しかなかったので、最初に感じた不安みたいなものは、だんだんとなくなっていきました。

 

私たちの思いがお客さんにしっかり伝わった

──夏と冬に敢行した北海道でのロケはいかがでしたか?

 

吉田 実際に着物を着て、歴史ある場所で撮らせてもらうことで、自然とテルという人物になっていきましたし、そういった環境や空気感によって、さらに気が引き締まったので、とても助けられました。夏の撮影では役柄における精神的な辛さ、寒波とかさなった冬の撮影では肉体的な辛さと、なかなか大変ではありましたが、アイヌ文化の魅力って、ユーカラもムックリも、感情で表現する自由度の高さだと思うんです。だから、そういうアドリブをする場合も自分の中でいろんな歌い方や音のレパートリーを用意しなければいけませんでした。私の中では歌のようなものと捉えていたユーカラも、実際は童話や物語を語るものだということを先生に教えていただき、さらに納得できるものになるまで練習しました。そういったことが、一番大変だったかもしれません。

 

──実際に19歳で亡くなった知里幸惠さんをモデルにしたテルという役柄を、撮影当時19歳だった吉田さんが演じてみていかがでしたか?

 

吉田 同じ年齢の役柄を演じられることはとても光栄ですし、いい経験になったと思います。ただ、改めて、知里さんやテルのように自分の人生を捧げて、文化を守る選択肢を取ることは、なかなかできないことだと思いました。あと、これはほかの時代モノを観ても思うのですが、当時の方の精神年齢の高さに驚かされました。今は便利なものがいろいろありますが、そういうものがない昔には、いろいろ耐えなきゃならないことがあったと思うんです。そういう強い意志みたいなものが、精神年齢を高くしていたのかなとも考えながら演じました。

 

──昨年11月からは北海道にて先行上映中ですが、そのときの反応や反響は?

 

吉田 上映後の舞台あいさつに登壇したのですが、アイヌの血を引いていらっしゃる方も多くいらっしゃいました。その方たちが目頭を押さえられている姿を観たときに、この作品に参加できて、本当によかったと思いました。あと、舞台あいさつも楽しんでくださるというよりは、とても真剣に聞いてくださっているように見えて、「私たちの思いがしっかり伝わった」と、安心しました。撮影中も、ロケ地の東川町の方たちと触れ合いができたのもいい思い出です。

 

俳優は作品全体の行く末を考えながら、自分の立場を考えなければいけない

──「あつい胸さわぎ」以来の主演作となる本作は、吉田さん自身にとって、どのような作品になりましたか?

 

吉田 日本の歴史を伝える史実に基づいた物語に参加できたことは、俳優としてとてもいい経験になりました。あと、兼田教授役の加藤雅也さんとご一緒したときに、加藤さんが作品全体のことを考えて菅原監督に話をされていたんですが、テルに関することも出してくださったんです。私はテルのことを考えるだけで、いっぱいいっぱいだったのに……。そのとき、「俳優は作品全体の行く末を考えながら、自分の立場を考えなければいけない」ということに、改めて気付かされました。

 

──最後に、2024年にやりたいことや挑戦したいことを教えてください。

 

吉田 これまで、お肉や中華などが好きだったんですが、周りの健康趣向の友だちの影響からか、今年はいろんなヘルシー料理を食べてみたいです。自分の身体に合ったものを食べると、それが体調にも影響しそうなので、いろいろ試したいです。そういえば、アイヌ料理も鹿肉やお魚、お野菜が多いので、かなりヘルシーですよ(笑)。

 

 

カムイのうた

北海道先行上映中。1月26日(金)より全国順次拡大公開中

 

(STAFF&CAST)
監督・脚本:菅原浩志
出演:吉田美月喜、望月歩、島田歌穂、清水美砂、加藤雅也

(STORY)
1917年、成績優秀な北里テル(吉田美月喜)は、アイヌ民族の出身者として初めて職業学校に入学するものの、理不尽な差別といじめを受ける。ある日、アイヌ語研究の第一人者である兼田教授(加藤雅也)が、アイヌの叙事詩ユーカラを聞くため、テルの伯母イヌイェマツ(島田歌穂)を訪ねてやって来る。彼の勧めでユーカラの翻訳を始めたテルの努力が実り、東京で活動することになった彼女を、アイヌの青年の一三四(望月歩)らが見送ることに。

公式HP: https://kamuinouta.jp/

(C)シネボイス

 

撮影/干川 修 取材・文/くれい響 ヘアメイク/田中陽子 スタイリスト/岡本純子