松林うらら、憧れだった映画監督に初挑戦。作品テーマに葛藤や不安も「私自身救いを感じる作品となりました」

写真拡大 (全6枚)

2018年、主演映画『飢えたライオン』(緒方貴臣監督)でロッテルダム国際映画祭に参加した松林うららさん。

初めての海外の映画祭で多くのフィルムメーカーとの出会いをきっかけに、女優だけでなく映画の企画・プロデュースも手掛けることに。2020年には、映画界におけるセクシャルハラスメントに立ち向かうオムニバス長編映画『蒲田前奏曲』(中川龍太郎監督・穐山茉由監督・安川有果監督・渡辺紘文監督)を製作。2021年、映画『愛のまなざしを』(万田邦敏監督)でアシスタントプロデューサー&出演。2023年には映画『緑のざわめき』(夏都愛未監督)でコプロデューサー&出演。

2024年3月には、松林麗名義でオリジナル長編映画初監督を務め、出演もしている映画『ブルーイマジン』が公開される。

 

◆「地味にしてくれ」と言われ…

2020年、オムニバス長編映画『蒲田前奏曲』を初プロデュースした松林さんは、2021年、映画『愛のまなざしを』(万田邦敏監督)でアシスタントプロデューサーを務め出演もしている。

この映画は、亡き妻(中村ゆり)への想いを捨てきれない精神科医(仲村トオル)と、彼に恋する患者・綾子(杉野希妃)が織りなす嫉妬と復讐、そして救済を描いたもの。松林さんは綾子の妹・菜々子を演じた。

「『愛のまなざしを』は、私に映画を製作するように背中を押してくれた小野(光輔)プロデューサーと杉野希妃さんの影響が大きいです。杉野さんは、俳優としてだけでなく、プロデューサー、監督として国際的に活躍されている先人なので。

私はヒロインの妹・菜々子役でしたが、『とにかくすごく地味にしてくれ』というオーダーだったので、どうしようかなと思って。ほぼスッピンでメガネをかけて…日頃の人間観察で、モデルにできる人物がいたので菜々子と重ねて役作りをしました」

――すぐには松林さんだとわからなかったです。

「そうなんです。全然気づいてくれなくて(笑)。でも、ああいう役のほうが合っているというか。根暗なので(笑)。すごく楽しかったですね」

――ずっと姉に迷惑をかけられ続けてきたのだろうなというのが伝わってきました。

「ありがとうございます。あのシーンだけなので、一瞬で見せなきゃいけなかったんです。日も落ちちゃうし…というので、そこでパッと決めなきゃと思って。斎藤工さんとは初めてご一緒させていただきましたけど、とても気さくな愛のある方でご一緒できて光栄でした」

――出来上がった作品をご覧になっていかがでした?

「奇妙な映画だったなとも思うし、現場ではダンスのような動きから生まれる感覚や感情の言葉をユーモラスに演出されている印象があったので、万田さんの演出はとても刺激となりました。まるでヒッチコック映画のような恐ろしさとユーモアさの満ち溢れた作品でした」

2023年、松林さんは映画『緑のざわめき』(夏都愛未監督)でコプロデューサーを務め出演もしている。この映画は、福岡・佐賀を舞台に、生き別れた3人の異母姉妹の物語が繰り広げられる。松林さんは、過去の痴漢被害のトラウマを抱えて生きて来た主人公・響子(松井玲奈)の地元(嬉野)の親友・保奈美役を演じた。

――コプロデューサーというのはあまり聞いたことがありませんでしたが、発言権のあるアシスタントプロデューサーということだそうですね。

「プロデューサーの下についている人という意味だと思うんですけど、『緑のざわめき』のときは、私はコプロデューサーというよりは、現場での衣裳を担当したり、監督助手という形でも動いていたので、担う部署が多くて一体何役やっているのか自分でも戸惑いました…。その現場で培ったことが、今回の監督作には結果的に活かされている部分があったと思います」

――『緑のざわめき』には、松井玲奈さん演じる主人公の親友役で出演もされていました。

「はい。演技の面では、松井さんと関わる保奈美という役が自分としては映画の中で一つシスターフッド(女性同士の連帯)というテーマもある中で、主人公の響子を導く人物でもあったので、役作りも含めて意義がありました。

佐賀弁は新鮮でしたが現場のスタッフさんに佐賀弁を教わって、『ここのニュアンスは福岡弁っぽい、今のニュアンスは佐賀弁に近い!』だとか、現地のスタッフさんにも大変助けられましたね。

松井さんとのお芝居のディスカッションはすごく楽しかったし、役としても新たな自分のキャラクターとして出来上がったのかなとも思います。松井さんの吸い込まれるような魅力と透明感に圧倒されました」

――とても良い親友役でしたね。

「映画の中では一番まともな人物でしたよね。『愛のまなざしを』でも、ある意味まともであったと思いますけど(笑)」

©Blue Imagine Film Partners

※映画『ブルーイマジン』
日本・フィリピン・シンガポール合作映画
2024年3月より新宿K’s cinemaほか全国順次公開
配給:コバルトピクチャーズ
監督:松林麗
出演:山口まゆ 川床明日香 北村優衣 新谷ゆづみ 細田善彦

◆小さい頃から「映画を作る側に回りたい」

松林さんは、2024年3月に公開される映画『ブルーイマジン』で長編映画の監督(松林麗名義)デビューを果たした。この映画の“ブルーイマジン”とは、さまざまな形の性暴力やDV、ハラスメントに悩まされる女性たちの駆け込み寺的シェアハウス。

主人公は駆け出しの俳優志望・斉藤乃愛(山口まゆ)。彼女は、過去にある映画監督から受けた性暴力被害のトラウマに苦しんでいたが誰にも言えずにいた。しかし、“ブルーイマジン”に集まる女性たちと痛みを分かち合いながら連帯することを通じて立ち上がり、声をあげることに…という展開。松林さんは“ブルーイマジン”の主催者で、傷ついた女性たちの守護者・三千代役も演じている。

――監督をしようと思ったのは、いつ頃からだったのですか。

「正直、私は俳優になる前から、作る側に回りたいというのはずっと考えていて。映画学校に行けば良かったなとも思うんですけど、監督のポジションには幼少期から憧れてはいました。

俳優としていろんなメソッドをやっていくうちに、いつしか『自分も演出できるかもしれない』と思って。『蒲田前奏曲』でプロデューサーの立場を経験したことが大きな原動力になったのがきっかけでもあります。4人の監督たちからバトンを引き継いだ気持ちで『次は私が監督をしよう』と思いました。

実は『飢えたライオン』の際に韓国の映画祭に行ったのですが、Q&Aのときに『松林さんは今後どのようなキャリアを築いていきたいのですか?』とお客さんから聞かれて。『映画監督に挑戦したい』と答えていたようですし」

――実際に撮ることになったときは、ご自身ではいかがでした?

「『ブルーイマジン』は、共同プロデューサーで同い年の後藤美波さんがいて、脚本も彼女が担当されています。

やはりこのテーマを扱うことには私自身も葛藤や不安がありました。自分にはできないと諦めていた時期も正直あります。私の精神的に浮き沈みが激しい部分も、彼女が常に寄り添ってくれて本当にすばらしい方に巡り会いました。

資金集めも含めて美波さんと一緒に動いて実現したという感じです。彼女がいなかったら成立しなかったなって思うくらい一つひとつに感謝しています」

――最初は声をあげられなかった主人公が仲間たちに支えられて変わっていく様がとてもよく出ていました。

「ありがとうございます。監督の立場は初めてだったので、演出というのは俳優に寄り添うしかないと思って。山口(まゆ)さん自身も役柄について深く考えてくださり、短い撮影期間の中で見事に作品と向き合ってくださいました。彼女の真っすぐなまなざしがこの映画の輝きや未来の希望へつながっていると思います」

――DV被害、性被害などに遭った人たちの駆け込み寺のような相談所でシェアハウスでもある“ブルーイマジン”のようなところは実際にあるのですか?

「『ブルーイマジン』は今回の映画で作った架空の施設です。巣鴨に『RYOZAN PARK』というシェアハウスがあるんですけど、もともと芥川賞作家の保坂和志さんと『小説的思考塾』という会の立ち上げから定期的にお世話になっていて。『RYOZAN PARK』でいつも会があることもあり、以前からつながりがありました。さまざまな職種の方が集まっていて、とにかく住人の皆さんが生き生きされていて。多国籍の方が集まるシェアハウスだというのは知っていたんです。

巣鴨の地に設定した最大の理由は、日本の女性解放運動の始祖となった平塚らいてうを中心に明治44年(1911年)に創刊された女流文芸誌『青鞜』の同人たちが初めて集まった場所が、巣鴨だったからです。

『RYOZAN PARK』もあるということで、被害に遭った人たちが集まるシェアハウスにしたら広がりが出てくるんじゃないかなと思って、そこを舞台にしようということになりました」

――フィリピンとシンガポールとの合作なのですね。

「はい。ジェシカ役のイアナ・ベルナルデスさんの存在は、第14回大阪アジアン映画祭に行った際に『視床下部すべてで、好き』という作品に出逢いました。その作品で初めてイアナさんの存在を知ったのですが、ヒロインとプロデューサーとして映画に携わっていたんですね。なので、元を辿ればイアナさんにインスパイアされて刺激を受けたというのも、私がプロデューサーをやるきっかけにもなった方でもあります。

後藤さんがロッテルダムラボ(プロデューサー養成ラボ)でロッテルダム(国際映画祭)を訪れたときにイアナさんにお会いして。私はそのときには行ってなかったのですが、そこからつながって運命を感じる出会いがあって。

これから海外との合作映画というのがどんどん増えていくと思うし、日本だけではなく、やっぱりアジアの方々と組んでいくというところでは、フィリピンのイアナさんもいたし、『PLAN 75』(早川千絵監督)に出演していたステファニー・アリアンさんもこのテーマに関してすごく共感してくださって、結果的に合作になりました。

さらにシンガポールの会社が海外セールスを担当することになり、今後日本だけではなく、海外にも広がればいいなと思っています」

――初めて監督をされてご自身としてはいかがでした?

「かなりグローバルな現場にもなったし、撮影の石井(勲)さんとか、照明の大坂(章夫)さんという超ベテランの方々は、私のデビュー作『1+1=11(イチタスイチハイチイチ)』(矢崎仁司監督)の撮影カメラマンと照明さんなんですけど、私が監督するとしたら彼らにお願いしたいと思っていたんです。石井さんにはインスタのDMからメッセージをするという、なんともフランクな形で(笑)。

でも、私が『蒲田前奏曲』で企画・プロデュースしたこともご存じでいらして、『今度私、監督するんです』ということをお伝えしたら、『何でも協力するよ』って言ってくださって。本当に石井さんと大坂さんをはじめ、ベテランのスタッフの方々に助けていただいて監督ができたのかなと思っています」

――主人公の乃愛(ノエル)は、ご自身と重なる部分はありますか?

「広い意味では、もちろんベースとして私の経験や要素は入っているのですが、乃愛に関しては、というよりキャラクター全体に重なる部分はありますね。

女性だけじゃなくて弱い立場にいる人たちが立ち上がるというか、声をあげていくことが、今作のテーマの一つです。個が集団となって連帯していくという作品を作りたかったので、自分としては自信をもって良い映画になったと満足の出来です。

ここをこうすれば良かったなど…反省点は山積みですけどね(苦笑)。これから作品とテーマ性がどのように広がっていくか楽しみであり、同時に怖さもあります」

――初監督作品ですが、ロッテルダム国際映画祭で正式招待作品として上映されることに。

「はい。どのような反応があるのかわからないですけど、ロッテルダムに選んでくださったプログラマーのおひとりからは、最後の食事シーンがシスターフッドを体現しているというところが決め手の一つとお聞きしました。

課題はたくさんあると思いますが、テーマ性としても海外の方々も共感する部分があって、私たちも今一度しっかりと向き合わないといけない問題であります。

ただ、今の日本の流れは連帯しきれていない部分がありますし、まるでスキャンダルかのように消費されていく在り方には残念に思う反面があります。そういった意味でも、海外から発信するというのはありがたい機会だなと思います。

私が当事者としてできることであれば、映画として作品に昇華していきたいと思ったので、これがうまく海外から日本に発信できると一番いいかなと。輪が広がるといいです」

――今回の映画を製作したことで、さまざまな葛藤があったかと思います。

「そうですね。このテーマについての映画を撮るということは、自分自身の過去を振り返ることになるし、それと対峙することによって今もなお悩んだり、はたして良かったのかなとかいろいろな葛藤や複雑な想いはもちろんあります。

自分自身のトラウマを見つめ直すということ、性被害だけではなくて、きっと他のさまざまな傷みにも通じてくると思うのですが、そこから気づくことはあるのかなって。

それが何か自分の中の硬い思考や価値観を変えるきっかけにもなるのではないかなと。私自身にも古い価値観が存在していると思うので、状況の変化に応じて変化していくことが大事だなと。

映画の中にも“過去の自分と対峙して手と手をとって”というところがあったと思うんですけど、そこが私には演出のキーポイントにはなっています。

人生の中の深いところで、自分のどうしようもない部分と、複雑なコンプレックスから逃げないで向き合うことが重要だと私は考えています。主人公の乃愛(ノエル)を含めてすべての当事者性をもった人々が、先ずは自分自身の手で自分を救ってあげてほしいと思いました。

そして『ブルーイマジン』のように個別のマイノリティが連帯して自分たちの傷みを共有し合える、同じ立場に立って承認し合える場所があることは、きっと社会を変えてゆく力になると願っています。私自身も救いを感じる作品となりました」

――1月下旬にはロッテルダムに出発ですね。

「はい、プロデューサーの小野さんと後藤さんと行ってきます。私は8日間くらい行くことになると思います」

――今後はどのように?

「今回初めて監督をやってみて、俳優さんのもつパーソナルな部分を引き出すこと、キャラクターの心情に寄り添うというのは、やっぱり俳優がベースでやってきたものなので、真剣にこだわりをもって取り組めた感覚があり、セリフとしても表面的な存在だったものが、立体的に目に見えて形になってくるという作業がとても好きだったんですよね。だからまた機会があるのであれば挑戦したいとは思っています」

監督業にも手ごたえを感じた様子の松林さん。次回はコメディー作品も撮ってみたいと目を輝かせる。今後の活動も期待している。(津島令子)