「豊穣屋」外観。白と木目を基調とした店舗デザインが目を引く(筆者撮影)

もうすぐ年末年始の帰省が始まる。地元の名産品をお土産に持っていく人も多いだろう。駅や高速のSA、道の駅などでそれらを購入するのが一般的だが、愛知県豊川市内の大型ショッピングセンター「イオンモール豊川」内にあるセレクトショップが人気を集めている。

東三河の食材を使った食品が人気

今年4月、豊川商工会議所が開店した「豊穣屋 HOUJOU-YA toyokawa no megumi」がそれだ。1階のイーストコート入り口近くにあり、広さは約100平方メートル。店内には豊川市を中心に、近隣の蒲郡市や田原市、豊橋市など東三河にある約40の⼤⼩さまざまな事業者が製造した食品や雑貨、インテリアなど約400アイテムが並ぶ。

さらに、店の入り口近くには週ごとに事業者が入れ替わって新商品や試作品を販売する「チャレンジショップ」も併設している。どの商品もパッケージのデザインが洗練されていて、POP広告からも商品の魅力が伝わってくる。久世福商店やカルディコーヒーファームの並びということもあり、客は自然な流れで店に入ってくる。筆者が訪れた日は平日だったが、老若男女問わず多くの客が商品を吟味していた。


東三河の食材を使った弁当。イオンモール内で働く人にも人気だ(筆者撮影)

東三河は農業が盛んで、とくにキャベツは日本一の出荷量を誇る。また、田原牛やあつみ牛、田原ポーク、みかわポークなどブランドの牛や豚も飼育されている。三河湾に面した町で水揚げされる魚介もレベルが高いと評判だ。言ってみれば、東三河は食材の宝庫であり、それらを使ったお惣菜やスイーツなどの食品が売れ筋だという。

店内の奥にある冷凍のショーケースに入っているのは、東三河の肉や野菜をふんだんに使った冷凍餃子。コロナ禍の巣ごもり需要ですっかり定着した感があるが、「豊穣屋」で扱う冷凍餃子の1つ「お持ち帰り餃子 社龍(しゃりゅう)」は11年前に中華料理店から持ち帰りの餃子専門店へとリニューアル。地元産の肉と野菜を使っているのはもちろんのこと、ニンニクは店主自らが自社農場で育てたものを使っている。


「きくらげ餃子」(18個入り)1341円。「豊穣屋」の中でも常に売り上げベスト20位以内にランクインする人気商品だ(写真:社龍)

シンプルな「プレーン餃子」のほか、ショーケースの中で異彩を放っていたのが「きくらげ餃子」だ。この商品は、同じ出店者である「木耳のお店」とのコラボ商品だという。

出店者同士のコラボ商品も誕生

「『豊穣屋』出店の説明会の際に運営を委託された会社の社長から『きくらげ入りの餃子を作ってみては?』と言われたのがきっかけでした。『木耳のお店』の社長の喚田恵子さんもイベントなどで顔を合わせていたのでぜひやってみたいと思いました」と「社龍」の代表、鈴木利弥さん。

「木耳のお店」は、豊川市内できくらげを生産、販売。そのPRの手法がとてもユニークで、全身ピンク色の衣装にアフロヘア、丸メガネといういでたちの「きくらげの妖精」が愛知県豊川産のきくらげの魅力を伝えるというもの。地元で開催されるイベントでは、訪れた客からツーショット撮影やサインをリクエストされるほど大人気だという。この日も「木耳のお店」のスタッフ、いや、木耳の妖精のあっぴーさんが来てくれた。

「もともと社長の喚田は就労継続支援B型の施設として親戚が生産したきくらげの選別や加工を請け負っていました。国産のきくらげの美味しさに感動したのと、障害者の工賃を上げるために『木耳のお店』を立ち上げました。きくらげ作りはオリジナル配合の菌床の仕込みから行っています。農薬もいっさい使っていません」と、あっぴーさん。


「木耳のお店」のあっぴーさん(左)と「社龍」の鈴木利弥さん(右)(筆者撮影)

「豊穣屋」で扱っているのは、乾燥きくらげのほか、佃煮に加工した瓶詰め。とくにラー油で味付けした「きくらげラー油」が人気だ。「木耳のお店」のきくらげは、中華料理店などで食べているものとはまったくの別物だという。

「いちばんの特徴は食感です。コリコリしているイメージがあると思いますが、『木耳のお店』のきくらげはプルンプルンなんです。餃子に入れると、とても心地よいアクセントになるんです。『きくらげ餃子』は本当によく売れていますよ」(鈴木さん)

建設反対から共存共栄へ

イオンモール豊川が建つ場所は、日立製作所とスズキの豊川工場の跡地。日立は2016年3月、スズキは2018年7月に閉鎖し、当時の豊川市長が市議会で跡地に商業施設を誘致する方向でイオンモールと協議中である旨を発表した。

「6、7年前にイオンモールを建設するという話がありました。地元の商工業の振興が商工会議所の役割ですから、大型ショッピングセンターの出店は反対の立場だったんです。また、イオンモールの建設予定地のすぐ隣には市民病院があり、渋滞で病人の到着が遅れたらという懸念もありました」と、話すのは豊川商工会議所の小野喜明会頭だ。


豊川商工会議所の小野喜明会頭(筆者撮影)

実際、2016年8月には中小小売業者に影響が出るとして豊川市長に対して豊川商工会議所会頭名で懸念を表明した。さらに2018年6月にはイオンモールが公表した売場面積に対して反対する旨を発表するも、計画はどんどん進められていき、2019年8月に開かれた豊川市都市計画審議会において建設予定地の用途変更が承認され、事実上、イオンモールの進出が決定した。

豊川商工会議所はその決定を受けて、共存共栄を表明。今後のまちづくりを調査・研究する「にぎわい創出委員会」を設立した。イオンモールが進出した富山県高岡市や長野県松本市への視察や、事業者に対して影響度調査等を実施した。

イオンモールと地元事業者による連絡調整会議も設立しました。そこで地元業者への支援策をまとめて提言書を豊川市長に提出しました。提言書にはイオンモールのテナント出店への補助や支援のほか、強い商業者育成の商人(あきんど)塾の設置や、地元事業者の商品開発や販売促進など新規事業への支援なども明記しました」(小野会頭)

イオンモール豊川の建設工事が始まったのは、2021年8月。その翌月に豊川市からモール内にオープンする豊川ブランドショップを豊川商工会議所で運営できないかという打診があり、店舗のコンセプトやデザイン、出店者の募集方法、事業委託者の選定について協議した。それは開店直前の2023年3月まで実に計46回もの打ち合わせを行ったという。

商品の出品形態は、卸売と委託販売、棚貸しの3種類を用意し、卸売は販売価格の60〜70%。委託販売は販売手数料として約20%。棚貸しは月間使用料5500円(冷蔵および冷凍の場合は11000円)+販売手数料20%。いずれも参入しやすい条件を打ち出した。

豊川商工会議所が下した英断

また、「チャレンジショップ」は販売実績額の10%とさらにハードルを低くし、連続して4週間にわたって出店できるようにした。

「チャレンジショップは豊川市長宛に提出した提言書でも触れた商人塾の一環です。セミナーや講演会などの座学とは別に商売というものを実践的に学ぶことのできる場も必要だと考えて、チャレンジショップを開設しました。お客さんの反応がダイレクトに伝わってきますから、これから独立・起業される方にとって大きな学びの場になっています」(小野会頭)


イオンモール豊川。週末は名古屋や浜松など遠方からも客が訪れる(筆者撮影)

一般的に商工会議所が行う事業に参加するには会員であることが条件になっているケースが多い。ゆえに非会員からすれば閉鎖的な雰囲気を感じてしまうのだ。しかし、「豊穣屋」は会員・非会員を問わず出店が可能。

さらに豊川市内のみならず近隣の蒲郡市や田原市、豊橋市などの事業者にまでエリアを拡大したのだ。週末になるとイオンモールには市外からも多くの人々が訪れるため、東三河のブランドとしてPRしたほうが間違いなくインパクトが大きいのだ。

また、豊川商工会議所には店舗運営の経験もノウハウもないため、田原市や豊橋市、浜松市などで「フードオアシスあつみ」や「ビオ・あつみ」など産地や原料にこだわったスーパーを手がける渥美フーズに委託することにした。人件費と水道光熱費は売り上げで賄わねばならないが、テナント料と管理費は市が負担するという。

「もともと各地の道の駅の運営実績がある別の事業者への委託を調整していましたが、開店の半年前になって辞退されてしまったんです。そんな中で渥美フーズさんが手を挙げてくれました。少しでも負担が減らせるようにセルフレジを導入するなど改善しました」(小野会頭)

「豊穣屋」がオープンして半年経ったが、月ごとの売り上げは500万〜800万円。損益分岐点は400万円というから、好調な滑り出しと言ってもよいだろう。商工会議所が大型商業施設で店舗をするのは全国的にも珍しく、県内外からの視察も多いという。全国各地の大型商業施設に「豊穣屋」のような地元ブランドショップが出店されれば、地域活性化につながるのではないかと思う。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)