部下とのやりとりで否定された気分になったAさん。どう気持ちを持ち直せばよいのでしょうか(写真: siro46/ PIXTA)

長年仕事で続けてきたやり方。しかしそれを部下に指摘されて、否定された気分になってしまったAさん。ついつい怒鳴ってしまいパワハラだと言われてしまったそうです。部下から指摘されたときに、どうすればよかったのでしょうか。『不安専門カウンセラーが教える 晴れないココロが軽くなる本』を上梓した、公認心理師の柳川由美子さんが解説します。

「30代の部下から、それってパワハラですよと言われてしまったんです」

ショックを隠せないという表情でAさんはこうおっしゃいました。クライアントのAさんは警備関係の会社に長年勤務する50代の管理職で、ふだんは物腰が柔らかく、言葉遣いも丁寧な男性です。

そんなAさんが「パワハラ」とは何があったのか。状況を聞いたところ、30代の男性社員から会社の業務について、「こうすれば、もっと効率よく終わらせられるんじゃないですか?」「こんなやり方は古いですよ」などと意見を言われることが続いていたそうです。

長年のやり方を否定された気持ちに

Aさんの職場は歴史がある、いわば古い体質の会社。部下の言うことは納得できる部分もありましたが、昔から続いてきたやり方を否定されて、自分が長年やってきたことを否定されたような気持ちになったそうです。

また、部下のふだんの仕事ぶりに「適当だな」とイラッとしたことがあり、業務の効率のためというのは建前で本当は自分がラクしたいだけではないかとも感じていたと話してくれました。

Aさんは「リスク管理を甘くみている。長年、やってきたことには意味があり、手順を変えるのはそんなに簡単なことではない」と考えていたため、意見を聞くだけに徹していました。

しかし、30代の部下だけでなく、ほかの部下からも同じことを言われることが続き、ストレスが溜まっていたため、ついに強い口調で「そんなに甘いもんじゃないんだよ!」と怒鳴ってしまったということでした。

この状況は一見、遠慮せずに意見を言う若手と、管理職とのジェネレーションギャップからくる対立のように見えるかもしれません。

しかし、相手から自分とは異なる意見を言われたとき、すんなりと受け止められる人もいるのに対して、なぜ、Aさんは自分を否定されたような気持ちになってしまったのか。

そこを明らかにしなければ、Aさんのストレスは溜まる一方で、今度はもっと強い言葉を部下にぶつけてしまいかねません。

Aさんとのカウンセリングを通じて明らかになったのは、Aさんの根本にある「不安」でした。

根底にある不安と強い承認欲求

クライアントさんには、カウンセリングの初めにこれまでの生い立ちや家族関係を一通りお聞きしています。Aさんからは父親がとても厳しかったこと、勉強を頑張って高校も大学も目標の学校に合格したことなどをすでに聞いていました。

カウンセリングを重ね、Aさんとの信頼関係も築けてきたこともあり、ある日のカウンセリングで私は「子どもの頃の思い出や経験が何か影響していますか?」と質問しました。

Aさんのように相手に異なる意見を言われたとき、自分が否定されたような気持ちになってしまうのは、強い承認欲求が影響していることが多いからです。それは子ども時代や親との関係が原因の1つであることが少なくありません。

父親からは「褒められた記憶がない」とAさん。できたことに対しては何も言ってもらえないけれど、できなかったことに対しては厳しく言われたそうです。私も思わず「それはショックでしたね……」と言ってしまったエピソードが、小学校の発表会で大失敗をしてしまい、みんなの前で恥ずかしい思いをしただけでなく、帰宅後は父親から罵倒されたというものです。

Aさんのように親から自分を認めてもらった経験が乏しいと、自分はこれでいいんだという自己肯定感が低くなりがちです。つねに安心感に満ちていない不安な状態なので、自信もありません。でも、根底にはそんな自分の権威を守りたいという気持ちがあり、強い承認欲求が生まれます。このような心理状態のため、相手から何か言われると自分が否定されたように感じてしまうのです。

Aさんの父親はまったく褒めてくれなかったということですが、もし、勉強やスポーツができた時は褒めてくれていたとしても、それは「条件付きの愛」ということになります。

自己肯定感は、無条件に認めてもらったという経験の積み重ねによって育まれます。Aさんの父親が古いタイプというわけではなく、大学生のカウンセリングなどでも同じようなタイプの親のエピソードを聞くことが少なくありません。

Aさんにはうつの傾向もあり、実際、親のネガティブな言葉を聞いて育った人はうつなどの病気になりやすいと考えられています。

親の関わりが子どもに与える影響

心のプラスの面に着目した心理学の分野「ポジティブサイコロジー」の心理学者で、ポジティブ感情の第一人者であるフレドリクソン博士によると、健康な状態でいるためにはポジティブな感情になる経験、ネガティブな感情になる経験の割合が3:1以上であることが望ましいとされています。

1:1以下になるとうつなどの症状が出ると言われており、家庭内では5:1以上でもよいという考えもあります。このことからも親の関わりが子どもに与える影響力がわかるでしょう。

Aさんにはその後、さまざまなワークに取り組んでもらいました。最終的にビリーフ(思い込み)の書き換えを行うことができ、何年か通っていたカウンセリングを終えることができました。

カウンセリングの中で、「仕事の進め方に不満を持っている部下に対して、Aさんご自身が部下に対してできることは何かないですか?」「もし、Aさんが部下の立場だったら、どんなふうに言ってもらいたいですか?」という問いかけもしました。

すると、「まず、じっくり話を聞いてあげればよかったかもしれません」「初めからこんなふうに言っていれば、よかったかもしれません」とAさん。

こんなふうに違う角度から物事を見られるようになったり、自分の中から答えが出てきたりするのは大きな進歩です。相手だけが悪い、相手を変えようと考えているうちは、自分自身で解決する力を失っているのと同じだからです。

Aさんのように「自由に意見を言ってくる部下にストレスを感じる」というクライアントさんは他にもたくさんいらっしゃいます。いわゆるZ世代の部下に悩まされている上司が多い印象です。もし、同じように感じている方が、部下に対して「悪いのはZ世代特有のマイペースな部下で、自分には変えるべきところはない」と思っているとしたら注意が必要かもしれません。

Aさんのように実は自分が否定されたという思いが根底にあるのかもしれませんし、自己肯定感が低い人は視野が狭く、物事の見方が一方的になりがちだからです。

部下と良好な関係を築く「心理的テクニック」

Z世代に限らず、部下との関わりに悩んでいる方はとても多いです。Aさんのエピソードのように、最近はパワハラと言われるのを恐れて自分の意見を言わずに溜め込んでしまう人も増えているように思います。

でも、それではストレスが溜まる一方なので、上司として言いにくいことを伝えるために覚えておきたいコミュニケーション方法が「フィードバック」です。

これは褒める、労うなど、相手にとってよいことを3つ伝えてから、改善してほしいこと、指摘したいことなどを伝えるというもので、「3:1の法則」とよばれています。

ちなみに先述したポジティブサイコロジーと同じ3:1なのは、ネガティブな感情は反芻し、ポジティブな感情はシャボン玉のようにすぐに消えてしまう性質があり、ネガティブな言葉や感情はポジティブな言葉や感情の3倍以上影響力があるからだと考えられています。

言葉も感情も同じ割合で影響するということは、ポジティブ、ネガティブどちらの感情になるときも相手の言葉の影響をそのまま受けているということだと私は考えています。

褒めすぎにも注意が必要


改善点を伝え、相手のやる気を引き出すフィードバックを行うためには、最初にアイデンティティーを否定することなく伝えることです。そうすれば相手も受け入れやすくなると言われています。

ただし、10:1以上になると、逆に馬鹿にされていると感じてしまうので褒めすぎも注意が必要です。

また、普段から「ありがとう」「助かる」「うれしい」という言葉を積極的に使うのもおすすめです。この言葉を言ってくれる相手に対しては好印象が生まれるので、よいコミュニケーションが築けます。

人のネガティブな言葉は感情に大きく影響を与え、それが続くとうつやパニックなどの病気の原因にさえなってしまいます。上司と部下、親子どちらの関係においても、こういったことを知っておくことがとても大切です。

(柳川 由美子 : 公認心理師)