都電で「男性専用車両」運行、「弱い男性を認めてほしい」「女性支援を否定しない」乗客の希望を乗せた40分間
「男性専用車両」を運行するというニュースが飛び込んできた。発信元はNPO法人「日本弱者男性センター」。2023年11月19日の国際男性デーを前に、これを記念して18日、東京さくらトラム(都電荒川線)を走る三ノ輪橋から早稲田までの区間を13時から13時40分の間貸切運行するというイベントだ。
男性の性被害やDV被害について認知を広めるために開催されると聞き、主催者に取材したいと連絡を入れた。取材には快く応じてもらえることになり、事前の打ち合わせにも参加することができた。「デモ」として発信される彼らの言葉だけではなく、一人一人の彼らの声を聞きたかったからだ。男女論に関係する話題はとかく極論に走ったり荒唐無稽な応酬が続き、憎悪が深まるだけで進展のない議論に陥りやすい。その渦中で声を上げる彼らの姿に迫った。(取材・文:遠山怜)
●「男性専用車両」を望んだ背景とは
活動の中心となっているのは、理事長である会社員・平田智剛さん。平田さんの強い熱意で立ち上がった団体だ。
行動の元になったのは学生時代の経験だ。同じ男子校に通っていた友人が共学に通っていると思われる女子生徒から盗撮被害を受けた。さらに、大学時代には平田さん自身も電車内で女性からの痴漢にあう。「性加害ではなくたまたまなのでは」「被害を受けたと主張しても、自分の方が痴漢したのだと騒がれて、信じてもらえず逆に冤罪になるのでは」と恐怖を抱き、泣き寝入りになってしまった。
平田さんは、女性専用車両だけがあり男性専用車両がないことで、女性=性被害者、男性=性被害を受けない、または加害者であるという社会的な認識に繋がっているのではと考え、男性専用車両の導入を望むようになった。
ジェンダー研究が日本でも広がりを見せているが、これまでの研究は女性目線に偏っているため男性差別や抱えている問題に注目が集まらないとジレンマを感じていた。加えて、平田さん自身が発達障害であると診断されたため、「自分がおかしいだけなのでは」とも自分を責めた。
この状況を平田さんは「女性には弁護士がついていて、男性にはついていないような感じ」と表現した。「女性差別と男性差別が言及される時、どちらがより大変で多いかという議論になりがちです。より大変でない方とされた人たちの声をなかったことにするのはおかしい。研究が進んでいないだけで、男性差別ももっとあるはず。女性にも男性にも差別と悩みがある」と語る。
●女性からのDV被害、警察官は「男だったら受け止めなくては」
その活動を支えているのが日本武尊さんだ。日本武尊さんは同団体とともに生活保護受給を支援する任意団体にも参加している。自身も生活保護受給者であることから、何かと障害が多い受給申請をサポートしている。日本武尊さんが同活動に参加しているのは、過去のDV被害や痴漢被害の経験からきているという。
「当時の同居していた女性はすぐにカッとなる性格だった。暴れたり、殴られたりしていたが、ある時包丁を持ち出されて殺すと言われました」。流石の出来事に警察に助けを求めたが、その反応は冷淡なものだった。
「女性が刃物を持ってくるということは、それだけあなたが強く愛されているということ。男だったら受け止めなくては。殺してやるというのは愛情表現ではないですか?」と言われ、同居女性もそうだと同意したため、警察から保護されることはなかった。周囲の人からも事情をわかってもらえず、結局弁護士に依頼して解決を図った。
さらに、電車内で性被害にあう。空いた車内に女子学生二人が乗ってきて、なぜか日本武尊さんを挟むように立った。後ろにいる女子学生に体を擦られている気がするが、確証が持てない。もし被害を訴えたら、成人男性と女子高生では日本武尊さんの方が痴漢をしたと思われるのではと恐怖を感じた。次の駅で無理やり下車し、ホームから出発する電車の中の学生を振り返ると、二人はニヤニヤしていたという。
「被害にあったと言っても、周囲からは被害を受け止めるどころか若い女の子に触られてよかったじゃんと言われてしまう。被害が被害であると認めてもらえない」。
日本武尊さんもかつては女性は弱いもの、男たるもの弱きものを守る立場だと思っていた。しかし、男性の中にも弱きものはいる。その存在も認めてほしいという思いに至った。
●副理事長は女性「男性専用車両があることで女性も安心」
その他にもメンバーとして活躍する人には、様々な背景がある。
副理事長を務める熊谷貴子さんは「成人した息子や夫がいるが、痴漢冤罪がクローズアップされて女性と同じ車両に乗ると緊張すると言っている。女性専用車両もありがたい存在。男性専用車両があることで女性も安心」と語る。
同じく副理事長を務める飯塚勝巳さんも「痴漢をしていないのに疑われたことがある。男性専用車両を設けて安心して電車に乗りたい」と述べた。
広報を務める島村和宏さんは配偶者からDV被害にあった。手を出せば加害者になってしまうが、逃げようにも男性が入れるシェルターや利用できる支援制度がない。当時は男性用相談ダイヤルもないため孤立無援の状態に陥った。数少ないDV被害を訴える男性の発信を探し、ここにたどり着いた。
みな、それぞれの課題があり、数少ない情報発信をつたって結成されたそうだ。
●「男女平等なら男性専用車両もほしい」
11月18日、貸切時刻の少し前から、20名弱の乗車希望とみられる人たちがじわじわと集まり始めた。貸切車両が到着すると、車内に「男性専用車両」の表示を貼る。乗客が全員乗ると扉が閉まり、約40分の貸切運行がスタートした。開催者たちが次々と思いを語り拍手が送られる。なお、今回のイベントでは事前にアナウンスされた通り、団体メンバーや障害を持っている女性、その介助者なども乗車可能になっている。
イベントに参加した人たちはどんな思いを持ってここに来たのか。
ある男性は「私は障害者手帳を持っています。身体障害者及び介助者は女性専用車両に乗れることになっているが、周知されていないため、騒がれたり乗車を拒否されることがある。理由があって乗っている人がいることも知ってほしい」と言う。
また、「男女平等なら男性専用車両もほしい」「女性専用車両をみて、羨ましいと思った」「女性がいると何かの拍子に当たっても痴漢されたと思われるのではと心配。安心して電車に乗りたい」という声もあった。
中には「自分は男女平等主義者なので、本来は男性専用車両もいらないのではと思う。専用車両があるからこそ、他の車両に人が集まって痴漢しやすい環境になってしまうのでは。男女比に合わせて男女で車両を分けてしまうなどの工夫がいる。新たに発生するコストも考えて電車賃も見直すべきでは」と別の案を提案する人もいた。
インタビューに応じてもらえなかった人もいたが、「女性専用車両」「男性専用車両」に思いを持つ人が様々に意見を交換した。
日本武尊さんが繰り返し訴えていたのが、「男性の権利について主張すると、女性の権利を拡張する活動を否定し、抑圧しようとしていると思われる」ということだ。
会の最後には「女性支援をやめて男性支援に集中しろと言っているのだと勘違いされて、勝手な想像や行き過ぎた極論で語られてしまう。女性を支援する活動をする団体やサポーターたちと争う気はないのです。もし協力し合えることがあればそうしたい」と締め括った。
今後は男性専用車両イベントの拡張を続け、男性専用車両の導入を広く訴える予定だ。また、男性用シェルターを設置し、男性でも暴力被害から逃げ込める場所の創設を目指すという。
●男性の生きづらさはどう解消されるか
イベントの事前打ち合わせや準備、乗車活動に同行させてもらい、見えてきたことがある。
一つ目は「男性が抑圧されている実態があること」。二つ目が「手段の検証がまだまだ必要になること」だ。DV被害や性被害を受けている人は少なくないはずだが、相談先や支援機関、社会的認知が乏しいために被害が顕在化されることは少ない。そのために何らかの対策が求められるが、気になったのは被害を受けたり課題を感じている彼らも、ほしい支援やサポートが何なのか言語化しにくいということだ。
DV被害にあった方は、男性用シェルターやDV被害者の就職支援を男性にも欲しいという具体的な対策の設置を訴えていたが、性被害や男性差別については、どう行動すれば解消されるのかまだ模索中という人もいた。男性の弱音や困りごとは語るべきものとされてこなかったために、困っていることやモヤモヤを感じても、それを言葉にして共有し、検証したりしづらいのではないだろうか。
今回は「男性専用車両」というある種のわかりやすい看板に話が集まりやすいが、その実施により男性が抱えている問題が本当に解消できるのかという検証がさらに必要になってくるだろう。
なぜ生きづらいのか? どうすれば生きづらさから逃れられるのか? 例えば男性の当事者グループ「僕ら非モテ研究会」はモテない悩みを抱える男性が、自分たちの生きづらさに光を当て、モテないという言葉に隠された男性の生きづらさや悩みを言語化し続けている。この活動も多くの人の体験が集まり、共通する要素が明らかになることで、解決策が見えてくるかもしれない。
それを訴える手段として弱者男性という旗印が適切なのかも、今後は議論されていくだろう。自らに「弱者」とつけて名乗ることで「男性的なるもの」と区別する試みの行く先はどこなのだろう。
または弱者と冠をつけることで、課題を感じている男性が手を取って集まりやすくなるのかもしれない。貸切電車は早稲田で終着したが、男性の生きづらさ問題という重すぎる荷物を乗せた電車は、今も終着駅を求めて走り続けている。その電車には男性も女性も、それ以外の誰もが乗っているのだ。