清水エスパルスJ1昇格に王手 J2最強攻撃陣をつくりあげた「秋葉マジック」の正体
J2降格圏からの逆襲劇が、あと1勝で完結する──。
J2リーグは11月12日に最終節を迎える。すでにFC町田ゼルビアのJ2優勝とJ1昇格が決まっているが、残りひとつの自動昇格枠に大手をかけているのが清水エスパルスだ。
ここまで20勝13分8敗の勝ち点73で、2位をキープしている。ジュビロ磐田と東京ヴェルディが勝ち点1差で追いかけてきているが、最終節に勝利すれば自力でJ1昇格を掴める。
乾貴士は35歳になっても輝きを失っていなかった photo by Getty Images
1年での復帰を至上命題とした今シーズンは、スタートで大きくつまずいた。開幕から5試合連続ドローに終わり、6節と7節は連敗を喫する。この時点で5分2敗の19位に沈み、勝ち点はJ2降格圏の21位と同じ「5」だった。首位の町田とは、「14」もの開きがあった。
クラブはブラジル人のゼ・リカルド監督を解任する。後任には秋葉忠宏コーチが就いた。
前年までJ2の水戸ホーリーホックを率いていた熱血漢は、「選手が本来持っている力を解放する。ひとりひとりがストロングで勝負できるようにする」と話し、主戦術を4-4-2から4-2-3-1へ変更する。
最終ラインの顔触れはほぼそのままに、アタッカー陣の起用法と序列に手を加えた。そこから生まれたのが、乾貴士のトップ下起用である。
ゼ・リカルド体制ではメンバー外や途中出場が続いていた元日本代表MFは、1トップのチアゴ・サンタナの後方をスタートポジションとしながら、サイドへ流れたりボランチ付近まで落ちたりしながら、ビルドアップから崩しにまで関わっていく。背番号33を中心に選手同士の距離感が改善され、攻撃にテンポが生まれた。
自陣でブロックを敷いてくる相手に対しても、相手の立ち位置を見ながら縦パスを差し込むことができるようになった。同時に、乾がパスの出し手となることで、サイドアタッカーやサイドバックのスプリントが生かされ、1トップのチアゴ・サンタナと左MFカルリーニョス・ジュニオの得点力が引き出されていったのである。
【J1昇格へのラストピースは復帰した原輝綺の存在】秋葉体制移行後の変化を、GK権田修一はこう語っていた。
「監督が代わる前は、せっかくいい特徴を持っているのに、いろいろな理由でそれを出しきれない選手が多かった。今はみんなが特徴を発揮していて、そのなかで乾選手は中央でボールを受けてくれて、最後のところで勝負強さを見せてくれる。それは、チームにとって大きなプラスだと思います」
秋葉体制の初陣となった8節の東京V戦でシーズン初勝利をあげると、そこから8戦負けなし(6勝2分)と勝ち点を積み重ねていく。J1からの降格チームはルヴァンカップのグループステージに出場するため、3月下旬から9連戦が組まれ、5月にも5連戦があったが、過密日程を乗り越えて順位を上げていった。
5月7日のいわきFC戦で9-1の大勝を飾ると、総得点と得失点差でリーグトップに躍り出る。翌節の藤枝MYFC戦でも5-0の勝利を掴み、今シーズン初めてJ1昇格プレーオフ圏の5位に浮上した。
4-2-3-1へのシステム変更と、それに伴う乾のトップ下起用が、チーム浮上の主因となったのは間違いない。同時に、試合中のシステム変更も秋葉体制下の特徴に挙げられる。後半開始や後半途中から3-4-2-1へ立ち位置を変えることが、戦い方のベースとなっていくのだ。
31節のFC町田ゼルビア戦は、3バックへの変更を勝利に結びつけた一戦だ。1-2で迎えた後半開始から3-4-2-1へシステムを変更することで、ビルドアップ時の数的優位を作り出していった。町田のプレスが届かない選手を生み出したのである。
前半よりもボールを動かせるようになったところで、乾やチアゴ・サンタナが質的優位を発揮。3-2の逆転勝利を収めたのだった。
3-4-2-1の有効活用については、原輝綺の復帰が大きい。グラスホッパー(スイス)への期限付き移籍満了で7月にチームへ合流した25歳は、28節から41節までスタメンに名を連ねている。
4バックの右サイドバックを担い、3バック変更後は右センターバックの立ち位置を取る原の存在により、ふたつのシステムを無理なく使い分けることができているのだ。復帰後の出場15試合のうち、12試合にフル出場している彼こそは、J1自動昇格圏浮上へのラストピースだったと言ってもいい。
【J2屈指のタレントでリーグ最多の77ゴールを記録】これまでJ2を勝ち抜いてきた多くのチームは、「堅守」を裏づけとした。連敗や大量失点を避け、シーズンを通して大きく崩れないことは、J1昇格の必要条件と言うことができる。
その一方で、J1定着のためには「堅守」だけでは限界がある。失点を減らすだけでなく、得点できる「形」を持たなければならない。
勝利を積み重ねていた時期にも、権田はこう話していた。
「勝ったらすべてOKではなく、勝ちながら修正していくことも大事だと思っています。今はJ2ですけど、J2で勝って満足はしていないですし、J1へ行っても勝てるベースを作る状況でもあると思います。それに対しては、こだわり続けてやらないといけない」
ふたつのシステムを使い分けながらハイラインを意識し、90分間にわたってプレー強度を保つ。コンビネーションを使った崩しを仕掛けつつ、縦への意識を持って中長距離のパスも使う。J1昇格後につながる「ベース作り」はシーズンを通じて行なわれ、戦い方に幅が生まれてきた。
秋葉監督も折に触れて、チームの成長を口にしてきた。
「我々のチームにはいい選手がいて、自分たちのサッカー観がたくさんあるぶん、なかなかひとつになるのが難しいところがありましたけれど、今はホントに勝利するためにチームがひとつになっている。
毎試合3点、4点を取れればベストですけれど、そうでなくてもしっかりと手堅く勝ち点3を取れる。そういう大人のチームに、勝負強いチームに、一歩ずつなっていると感じます」
チーム最多にして得点ランキング3位の15ゴールをマークしているMFカルリーニョス・ジュニオ、昨シーズンのJ1得点王で11ゴールのチアゴ・サンタナ、さらには10得点10アシストの乾貴士ら、清水はJ2屈指のタレントを揃えている。ここまで77ゴールはリーグ最多だ。
GK権田、CB鈴木義宜、CB高橋祐治らJ1で実績を積んだ経験者が並ぶ守備陣も、失点数をリーグ最少2位に止めている。攻守のバランスが噛み合ったチーム、との評価が当てはまる。
【最終節の水戸ホーリーホック戦でJ1昇格を掴む】J1昇格を争ってきた町田とは1勝1敗の五分で、磐田には1勝1分と勝ち越した。東京Vとのカードではシーズンダブルを達成している。秋葉監督が指揮する清水は、J1昇格を掴み取るのにふさわしいチームと言っていい。今この瞬間にJ1のチームと戦うことになっても、十分に対抗できるだろう。
すべてを決める一戦(42節/水戸vs清水)へ向けて、乾は強い決意を示す。表情や言葉から力みは感じられないが、勝利への意欲ははっきりと浮かび上がってくる。
「アウェーですけど、何が何でも勝利して、昇格を決めたいと思っています」
帰るべき場所へ戻るために、清水はあと1勝を掴み取る。