美容業界の将来は前向きな見通しにもかかわらず、関係者らはあらゆる規模のブランドが水面下で法的な悩みに密かに対処していると語っている。

美容ブランドが対処しなければならない問題の数々



表向きには美容業界は繁栄しているように見える。市場調査会社サーカナ(Circana)によると、高級美容品の8月までの今年の総売上高は183億ドル(約2.7兆円)に達し、前年比で15%の増加だ。しかし、エキサイティングなローンチやソーシャルメディアでの華やかなイメージの背後には、美容ブランドを静かに閉鎖に追い込んでいる多くの問題が存在している。

Glossyはこの1週間にわたり、経営不振に陥り最近閉鎖したブランドの元創業者や現在の創業者と対話し、障害の多くが普遍的であることを知った。インフレの上昇、顧客獲得コストの増加、金利の高騰、VC環境の縮小により、財務圧力は増大している。そして一部のブランドにとっては、予期せぬ訴訟がとどめを刺す役割を果たしている。

「当社が閉鎖した本当の理由は訴訟だ」と、有名なオムニチャネルのクリーンビューティブランドの創業者は述べた。そのブランドが今年初めに閉鎖した際は注目を浴びた。

別の創業者は、この3年間で自社に対する3度目の訴訟に対応している最中で、肉体的にも精神的にも経済的にもまいっていると語った。全国のオンラインストアや小売店で展開しているにもかかわらず、自分のマステージのパーソナルケア事業の閉鎖を考えているという。「もうこの状況から離れたい」。

どちらの創業者も、法的にさらに注目されることを避けて匿名を希望した。

カリフォルニア州プロポジョション65とは?



両氏は、プロポジション65として知られている、カリフォルニア州の1986年安全飲料水および有害物質施行法(the California Safe Drinking Water and Toxic Enforcement Act of 1986)を主に非難している。

「(プロポジション65は)製品の使用によりガンや先天異常、ほかの生殖障害を引き起こすと特定された1つまたは複数の化学物質にさらされる可能性がある場合、カリフォルニア州で販売される製品に特別な警告ラベルを付けることを義務付けるものだ」と述べるのは、デュアン・モリス法律事務所(Duane Morris Law Firm LLP)のアソシエイト、ケリー・ボナー弁護士だ。

現在、プロポジション65のリストには900を超える化学物質が記載されており、毎年新しい物質が追加されている。1988年に発表された時点で含まれていたのは235の化学物質だった。その中には、フタル酸エステル類、パーフルオロアルキル物質(PFOS)、ポリフルオロアルキル物質(PFAS)など、化粧品や日焼け止めのUVフィルターなどに含まれる可能性のある化学物質があるとボナー弁護士は言う。

新しい化学物質がリスト入りした場合、企業にはそれを含む製品にその化学物質が含まれていることを消費者に警告する期限が1年ある。従業員数が10人未満の企業は免除される。

プロポジション65をめぐる創業者の訴訟体験談



Glossyが話を聞いた創業者の1人は、二酸化チタンを含む製品にプロポジション65の警告を貼っていたならば法的な問題を回避できたかもしれないと考えている。二酸化チタンは日焼け止めによく使われる成分で、化粧品の着色料としてFDA(アメリカ食品医薬品局)に認可されているため、彼女はそれが必要だとは考えなかったのである。しかし、プロポジション65を監督する同州環境保護庁有害物質管理局は「呼吸可能な大きさで空気中に浮遊する非結合粒子」である場合に二酸化チタンを含めている。この創業者は自分が不当に標的にされたと信じており、これまでのところ弁護費用にに数千ドルを費やしているという。

別の創業者は、購入に付いてくるギフトのプラスチック成分に化学物質が含まれていたため、法務チームから警告を受けたという。同氏は、海外で製造されたこの製品に化学物質が含まれているとは知らなかったので、プロポジション65のラベルによって、訴訟機会を虎視眈々と狙う弁護士を遠ざけられる可能性があるとは知らなかったと語った。「(弁護士らからは)100万ドル(約15億円)を要求されたが、最終的には1000ドル(約15万円)で決着した」というが、弁護に数千ドルを費やした上に、商品を棚から撤去して在庫を失ったことでさらに損害があったと述べている。

プロポジション65をめぐる現状



あらゆる種類の消費財にプロポジション65ラベルが貼られているのを誰でも見たことがあるだろう。カリフォルニア州では、オフィスビルや駐車場、レストランの入口など、リストに載っている化学物質に接触する可能性がわずかにある場所にはどこでもプロポジション65ラベルが貼られている。化学物質には、エンジンの排気ガスからの一酸化炭素、塗料からの鉛、一部のプラスチックを構成するさまざまな化学物質なども含まれる。

しかし、美容業界の大多数は、過失ゆえに、またはガンや先天異常の可能性を警告するステッカーで顧客を怖がらせたくないからか、従おうとしなかったり、従えなかったりしている。ブランドはカリフォルニア州に拠点がなくてもリスクがある。D2Cチャネルや、セフォラ(Sephora)、ターゲット(Target)、ウォルマート(Walmart)、アマゾン(Amazon)などの小売店を通じて州内に販売している場合にはプロポジション65の対象となるのだ。

通常、プロポジション65訴訟は(損害賠償に対応する)保険の対象外であり、契約製造業者や小売業者との連絡を怠ればブランドがターゲットになる可能性がある。小売業者によってはベンダーとの契約に補償条項を含めているところもある。つまり、そのような訴訟や警告により小売業者に発生したすべての手数料についてはブランドが単独で責任を負うということだ。多くの場合、小売業者は2番目または3番目の被告として挙げられ、ブランドはさらなる経済的負担を強いられる。

ここがさらに複雑になるところである。カリフォルニア州にはすべての法律を強制するためのリソースがないため、プロポジション65を含む特定の違反については誰でもブランドを訴えることができるのである。

「プロポジション65では、企業に対するプロポジション65の訴えに成功した場合、民間法律事務所が罰金と弁護士費用を回収することが認められているので、法律事務所が実質的に民間の司法長官として行動し、実際に被害を受けた原告や、製品にさらされた結果、健康上の問題を経験した人が実際にいなくても、訴訟を起こす動機を与えている」とボナー弁護士は言う。

カリフォルニアでは、個人の弁護士と法律事務所の両方がこれらの訴訟を進めており、多くの場合、クリーンプロダクトアドボケイツ(Clean Product Advocates, LLC)やエコロジカルアライアンス(Ecological Alliance, LLC)といった環境を重視してるような社名のLLC(合同会社)の下で訴訟を進めている。法的措置は、差し迫った法的措置の可能性を警告する通知を60日前にブランドおよび/または小売業者に送ることから始まる。

カリフォルニア州司法長官事務所によると、過去数カ月には、サンディエゴ拠点のエンバイロンメントヘルスアドボケイツ(Environment Health Advocates, Inc.、以下EHA)という企業により、スマッシュボックス(Smashbox)、ヴィクトリアベッカムビューティ(Victoria Beckham Beauty)、モブビューティ(Mob Beauty Inc.)、RMSオーガニックス(RMS Organics)、 ウオマビューティ(Uoma Beauty, Inc)、ジョーンズロード(Jones Road)、パットマグラスコスメティクス(Pat McGrath Cosmetics LLC)をはじめとする多くのブランドにプロポジション65関連の通知が送られているという。これは、過去数年間に美容ブランドに送られた通知のほんの一部にすぎず、その中には独立系ブランドや大手コングロマリット所有の人気ブランドらも含まれている。多くの場合は法廷外で解決される。挙げられたブランドにコメントを求めたが、すぐに返答はなかった。

「プロポジション65が1988年に発効して以来、民間の弁護士らは3万件以上の違反通告を提出した」とボナー弁護士は述べ、和解金は年々大きくなっていると付け加えた。「この金額の大部分は弁護士費用であり、罰金も一部ある。最近では、潜在的な再配合の費用は言うまでもなく、数万ドルの民事罰金と数十万ドルの弁護士費用を求める非常に大規模な和解をいくつか見てきた」。

ブランドにかかる費用についてはどうだろうか。「それは状況次第だ」と述べるのは、デュアン・モリス法律事務所のパートナーでカリフォルニアを拠点とするシンディ・M・チャン弁護士だ。「早期に和解または解決できれば数万ドル、裁判になれば数十万ドルになる可能性がある」。

EHAのノーム・グリック弁護士は、Glossyが受け取ったコメントの中で、カリフォルニア州の消費者の健康と安全を守る仕事を非常に誇りに思っていると述べている。

「EHAはすべてのビジネスを『閉鎖』しようとしているわけではない」とグリック弁護士。「それどころか、EHAは中小企業に対し和解交渉の要素として財政難の証拠を提示するよう求めている。だが、企業はまず有害な化学物質を製品から除去することに同意しなければならない」。

パーキンス・コイ(Perkins Coie)法律事務所によると、EHAは昨年5月から10月にかけて、ザ・クリームショップ(The Creme Shop)、トゥーフェイスドコスメティクス(Too Faced Cosmetics)、フォーマブランズ(Forma Brands)、フィジシャンズフォーミュラ(Physicians Formula)、アーバンディケイ(Urban Decay)、ミネラルフュージョン(Mineral Fusion)に対し、いずれも二酸化チタンの表示を理由に訴訟を起こしている。Glossyはこれらのブランドにコメントを求めたが、すぐに返答はなかった。

「無防備な顧客への健康リスクを最小限に抑えながら、これらの製品を安全に使えるようにすることが業界全体の目標であるべきなのには議論の余地がない」とグリック弁護士は言う。一部の企業は「問題を解決して消費者の安全を確保することよりも、むしろ訴訟で戦うことに重点を置いている。我々にとってはそれが残念だ」と付け加えた。

中小企業には大打撃を与える可能性の高い訴訟



しかし、EHAはこの広がっている傾向を助長しているグループの1つにすぎない。データが公開されている最新年である2019年には、898社がプロポジション65の訴訟を解決するために2900万ドル(約43億円)以上を支払った。これは、2000年の1100万ドル(約16億円)以上、2010年の1300万ドル(約19億円)から増加している。

コンクル・クレマー・エンゲル法律グループ(Conkle, Kremer & Engel Law group)によると、2019年の最大の取り分の約2400万ドル(約36億円)は原告の弁護士に直接支払われ、カリフォルニア州の取り分は約270万ドル(約4億円)だったという。

「これらの法律事務所は、個人経営の企業から巨大なコングロマリットにいたるまであらゆる企業を訴えており、訴訟が消えることはない」と元美容創業者は語った。唯一の違いは何だろうか。大企業は(訴訟を)損益の一部として扱えるかもしれないが、インディーズブランドは訴訟により簡単に打ち倒される可能性がある。

[原文:The unseen legal turmoil driving beauty brands to shutter in 2023]

LEXY LEBSACK(翻訳:ぬえよしこ、編集:山岸祐加子)