老後のお金の不安を解消するには、どうすればいいのか。前野隆司さんと菅原育子さんの共著『「老年幸福学」研究が教える 60歳から幸せが続く人の共通点』(青春新書インテリジェンス)より、一部を紹介する――。
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■「お金のために働く人」は老後にどうなるか

生きるためにお金は必要です。しかし、同時にお金は地位財なので、ただ持っていても幸せは長続きしません。ですから、お金を稼ぐことが働く目的になってしまうと、幸せになれないのです。

株式会社パーソル総合研究所と私(前野)の研究室が共同で行った「働く人の幸せに関する調査」が、それを裏付けています。働く幸せを実感している人たちを6つのグループに分けて、いつまで働くのかを尋ねた調査です(*1)。すると、「働く幸せの実感が最も低い」グループでは、「働き続けなくてはいけない」と考える年齢が65.5歳なのに対して、積極的に「働き続けたい年齢」と考える年齢は57.6歳にとどまりました。

つまり、その間の7.8年は、「働きたくないけれども働かなくてはならない」年数、言い換えれば「やむをえず働く年数」ということになります。ところが、働く幸せの実感が高い人たちは、「やむを得ず働く年数」が短くなります。

「働く幸せの実感が最も高い」グループでは、「働き続けなくてはいけない」と考える年齢が67.1歳なのに対して、「働き続けたい年齢」と考える年齢は65.9歳になり、その差はわずか1.2年でした(図表1)。つまり、働くことが幸せだと感じている人たちは、積極的に長く働いていたいと考えています。

出所=『「老年幸福学」研究が教える 60歳から幸せが続く人の共通点』

それに対して、働くのは不幸だと思っている人たちは、しかたなく長く働くことになるだろうと想像しているわけです。しかたなく働く理由は、もちろんお金がメインでしょう。お金のためだけに「あと何年も働かないと」と思っている人は幸せではないのです。

(*1)パーソル総合研究所×前野隆司研究室「はたらく人の幸福学プロジェクト」

■お金以外の目的をもって仕事をしてみる

では、どうすればよいのでしょうか。1つの方法は、お金以外の目的や楽しみを持って仕事をすることです。老後はフルタイムで月30万円も稼がなくていいでしょうから、何か自分に合ったことを見つけて、週に何時間か働くことを考えてみるのはいかがでしょうか。

月に3万円でも手に入れればいいと考えて、新しいことに取り組めれば理想的です。アルバイトやパートでもいいと思います。また、今の時代はネットを通じて元手をかけずにいろいろなことを行えますので、意外なことが新しい仕事のネタになりえます。趣味のものづくりや自分が持っているノウハウが小遣い稼ぎになる可能性もあります。少ない金額からでも何かをはじめてみるのも1つの手です。

写真=iStock.com/NemanjaMiscevic
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最初のうちは月1万円や3万円くらいにしかならないかもしれませんが、「うまくいけば100万円以上になるかも」と考えたら、ワクワクするではありませんか。うまくいかなくても、「元手はほとんどかかっていないし、自分で楽しんでいるからいいや」と思えます。

本当に生活がカツカツならば別ですが、そうでなければ、「生活はなんとかなる」と考えて気持ちに余裕を持てるかどうかが、高齢者の幸福度を左右するポイントだと思います。幸福学の「なんとかなる因子」です。

■他人のためにお金を使ったほうが幸福度が高い

幸福感を持って仕事を続けるには、お金の使い道を考えることも大切です。お金という地位財を持っているだけでは幸せは長続きしませんから、自分が幸せになるような使い方をしたいものです。

お金の使い方については、おもしろい実験があります。カナダの社会心理学者エリザベス・ダン教授を中心としたブリティッシュ・コロンビア大学のチームが、お金を自分のために使った場合と、他人のために使った場合とで幸福度を比べる実験をしたのです(*2)(*3)。

アメリカ人630人を対象にした実験では、お金を自分のために使ったときと、他人のために使ったときの幸福度をそれぞれ5段階で評価してもらったところ、他人のために使ったときのほうが、幸福度が高いという結果が出ました。また、カナダの大学生にお金を手渡し、その日のうちに使うよう指示した実験では、他人のために使ったグループのほうが、自分のために使ったグループよりも幸福度が高くなりました。

(*2)Dunn, EW., Aknin, LB., & Norton, MI. (2008). Spending money on others promotes happiness. Science, Vol.319, No.5870, 1687-1688.
(*3)Dunn, EW., Aknin, LB., & Norton, MI. (2014). Prosocial spending and happiness: Using money to benefit others pays off. Current Directions in Psychological Science, 23(1), 41-47.

■子や孫の喜ぶ姿に幸福を感じている

高齢者で考えてみると、先ほども述べたように、自分のためにお金を使う機会が減ってくるので、他人のために使うことが増えてくるかと思います。では、実際に誰に使っているのかといえば、1980年代から日本全国の高齢者を追跡調査しているデータがあります。

その2017年の調査によると、過去1年間の子ども・孫とのお金のやりとりについて、どの年代の高齢者でも、「子ども・孫へ支援した」と答えた人が、「子ども・孫から支援してもらった」と答えた人の2倍前後あったのです(*4)。大きな金額ではないものの、子や孫のためにお金を使うことで幸せを感じることができるのだと思います。

祖父母が孫のランドセルを買ってあげたいと考えるのも同じ理由でしょう。そして、利他的行為そのものに幸せを感じるだけでなく、子や孫が喜んでいる姿を見て、さらに幸福感が高まっていることでしょう。

(*4)東京都健康長寿医療センター研究所・東京大学高齢社会総合研究所・ミシガン大学(2019)、中高年者の健康と生活 No.5――「長寿社会における暮らし方の調査」2017年調査の結果報告

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■「FIRE」後の生活に飽きる日本人

一時期、「FIRE」(ファイア)が30〜40代の人たちの間でトレンドになりました。投資や起業でお金を儲けた人が、仕事をセミリタイア(早期リタイア)してのんびり過ごすというライフスタイルのことです。しかし最近になって、FIREをやめたという話をよく聞くようになりました。セミリタイアしたものの、つまらなくて働きはじめたという人が多いのです。

私(前野)の知り合いにもいます。大金持ちになってニュージーランドに移住した男性ですが、やることがなく暇でしかたがないといって、3カ月で日本に帰ってきて次の事業をはじめています。アメリカ人やオーストラリア人は、仕事をやめて丸太小屋をつくったり、好きな趣味に打ち込んだりと、仕事以外にやりたくてたまらないことがあってセミリタイアをしている人が少なくありません。

欧米人からは、セミリタイアをやめた話をあまり聞きません。それに対して日本人は、そもそものんびり過ごすよりも働くのが好きなのでしょうか。自由でのびのびすることに生きがいを感じるのもいいですが、日本人のように仕事や貢献に生きがいを求めるのは、けっして悪いことではないとは思います。大切なのは、セミリタイアしてから、具体的にやりたいことがあるかどうかでしょう。

やりたいことを前もって描いていればよいのですが、それがないために飽きてしまうのです。実は、セミリタイアしたいのではなく、単に長期間休みたいだけなのかもしれません。

■リタイアに憧れはあるが、なにをしていいか分からない

これは、定年退職によるリタイアにも当てはまります。リタイア後の希望を聞くと、「世界一周したい」という人がよくいます。念願かなって世界一周するのはいいのですが、それは1回やったら終わりです。仮に3カ月かけて世界一周したとしても、あとの何十年という人生の過ごし方を考えるべきなのです。

趣味があればともかく、現役時代に仕事一辺倒だったために趣味がない人も多くいます。だからといって、日がなテレビばかり観ているのは、あまり幸せだとはいえません。重要なのは、現役で仕事をしているうちから、リタイア後の生きがいを設計して、そのときの自分を想像してみることです。

おそらく、現役時代に長く休む経験をしていないので、リタイアに対する憧れだけが募っているのではないでしょうか。憧れているだけなので、具体的にどう過ごすかのイメージができていないから、失敗するパターンが多いのだと思います。

1つの対策として、移住と同じように、1カ月でも3カ月でも長期の休暇をとってみて、仮のリタイアを経験してみるといいかもしれません。そこでボーッとしてみれば、「ああ、これじゃいけない。何か具体的な生きがいを考えるべきだ」と思い当たることでしょう。企業や政府には、働く人の幸せのために長期休暇をとれる制度を整備してほしいものです。

■仕事や勉強こそが幸福を生み出している

高齢者だけを対象にしたものではありませんが、ここに興味深い調査結果があります。PwC Japanというコンサルティング会社が、全国約5700人へのアンケートに基づいて、どんなことに熱中している人が幸せかを調べたデータです(*5)。

その結果をもとにグラフにしたのが図表2で、横軸が平均年齢、縦軸が幸福度を表しています。見ると、30代くらいの若い人は、アイドルの追っかけやテーマパーク、ゲームプレイなどに熱中していることがわかりますが、それらの熱中は意外と幸福度を高めないことがわかります。

出所=『「老年幸福学」研究が教える 60歳から幸せが続く人の共通点』

一方、高齢になるほど幸せになる熱中が増えてきて、仕事・勉強、自然を楽しむこと、芸術鑑賞などに高い幸福度を感じていることがわかります。この図から読み取れることは、仕事をやめて何もしないのが幸せというのは間違いで、何か役に立つ仕事や勉強、自分を成長させる活動こそが幸せにつながるということです。

旅行に行くのが定年後の楽しみという人は多いのですが、この図を見ると、旅行に行ってもあまり幸せにならないことがわかります。もちろん、そのときは楽しいのでしょうが、旅行だけで定年後の時間を埋めるのは難しいでしょう。

(*5)PwC「全国熱狂実態・幸福度調査2021」

■「お金に困らない=幸せ」は間違っている

結論として、高齢者がお金を通して幸せになるコツは、お金を目的にしないことです。

前野隆司、菅原育子『「老年幸福学」研究が教える 60歳から幸せが続く人の共通点』(青春新書インテリジェンス)

退職してから苦労したくないからと、お金を貯めることばかりに集中して、何に使うかを考えないでいると幸せになれません。ここで大切なのは、幸福になるための「なんとかなる因子」です。お金のことは「なんとかなる」と考えて、生きがいややりがいのあることを見つけるのです。お金はそのための手段と考えるほうがいいでしょう。

何をしたいのかがはっきりしないままに定年退職を迎えると、「晴れてお金は貯まったけれど、むなしさだけが残る」ことになってしまいます。実際に、勤め人をやめて不動産業で成功し、お金には困っていない年配の方を知っていますが、あまり幸せそうではありません。どうやら、趣味がないようなのです。そんな人はどうするかというと、先ほどの熱中度の調査にあったように、仕事や勉強をする人が多いのです。

仕事や勉強は自分が成長することであり、ひいては世の中の役に立ちます。誰かの役に立つことは、とくに高齢者にとって幸福度をアップさせる重要な要素です。退職したら仕事はできないと考えるのは誤りです。会社をやめても仕事はできます。日本では会社と仕事が同義語のようになっていますが、1人で起業することはもちろん、地域や社会に役立つボランティア活動も立派な仕事です。

それで月に3万円しか稼げなくても、もしかしたら1銭にもならなくても、社会に役立つ、れっきとした仕事です。

■「先のこと」はいま考えたほうがいい

現在は、先行きが不安だからと、NISAがいい、いやiDeCoがいいといって、投資でお金を増やすことをメディアや企業があおっています。

もちろん、お金の不安をなくしたい気持ちはわかりますが、では、お金の不安がなくなったらどうしたいのか、定年後の人生で何をやりたいのかという議論が、すっぽりと抜け落ちていないでしょうか。お金さえ貯めれば、なんとかなると考えると失敗します。むしろ、お金はなんとかなるので、残る人生の軸となる生きがいや仕事を意識することが大切です。

先のことはあとで考えよう、と思っていると、あとになって後悔するでしょう。

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前野 隆司(まえの・たかし)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
1984年東京工業大学卒業、86年東京工業大学修士課程修了。キヤノン株式会社入社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より現職。2017年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。著書に『幸せのメカニズム』(講談社)、共著に『ウェルビーイング』(日本経済新聞出版)、『「老年幸福学」研究が教える 60歳から幸せが続く人の共通点』(青春新書インテリジェンス)など著書多数。
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菅原 育子(すがわら・いくこ)
西武文理大学サービス経営学部 准教授
東京大学未来ビジョン研究センター客員研究。1999年東京大学文学部卒業、2005年同大学大学院博士課程修了。東京大学社会科学研究所助教、東京大学高齢社会総合研究機構特任講師を経て2021年より現職。専門は社会心理学、社会老年学。『東大がつくった高齢社会の教科書』(東京大学出版会)でも執筆を担当。共著に『「老年幸福学」研究が教える 60歳から幸せが続く人の共通点』(青春新書インテリジェンス)がある。
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(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野 隆司、西武文理大学サービス経営学部 准教授 菅原 育子)