ロシアにとってウクライナはどんな存在なのか。世界史を専門とする予備校講師の茂木誠さんは「レーニン、そしてスターリン時代のソ連はウクライナの分離を防ぐために、ウクライナ人の大虐殺を行っていた」という。オンライン講師でYouTube「ゆめラジオ」主宰の松本誠一郎さんとの対談をお届けしよう――。

※本稿は、茂木誠・松本誠一郎『“いまの世界”がわかる哲学&近現代史 プーチン、全体主義、保守主義』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。

写真=時事通信フォト
レーニン像(2014年7月10日、ロシア・サンクトペテルブルク) - 写真=時事通信フォト

■マルクスのライバルだった「バクーニン」

【茂木】ロシア革命の黒幕がユダヤ人だった、という話は昔からありました。たとえば、マルクスのライバルだったバクーニンがこんなことを言っています。「マルクスの共産主義は、中央集権的な権力を欲する。そしてその国家の中央集権には、中央銀行が欠かせない。このような銀行が存在するところに、人民の労働のうえに相場を張って儲けている寄生虫民族ユダヤ人が存在手段を見出すのである」――。『バクーニン著作集』(白水社)の第6巻に入っている文章です。

【松本】バクーニンは革命における、中央銀行の役割というのを見抜いていた。

【茂木】バクーニンは、マルクスのライバルということで散々叩かれ、革命の裏切り者扱いを受け続けた人物です。だから、バクーニンが何を言っていたかということはほとんど紹介されない。『バクーニン著作集』は日本語版が1973年に出て絶版になり、それ以来復刊されていません。バクーニンの考えが広まったら共産主義主流派の人たちがよほど困るのでしょう。

ロシア革命のリーダーの一人であるケレンスキーはレーニンのライバルでしたが、彼の思想は遡るとバクーニンです。つまり、ロシア革命にはもうひとつ他の道があった。「バクーニンの道」という、共産主義とは別の道があったのです。

【松本】「バクーニン」⇒「ケレンスキー」の系譜ということですね。

【茂木】ケレンスキーの社会革命党というグループ、通称「SR(エス=エル)」です。

【松本】この社会革命党を倒してボルシェビキ党が権力を握り、レフ・トロツキーとスターリンの党内の権力闘争を経てスターリンが権力を握ります。

■十月革命後の選挙ではケレンスキーの社会革命党が圧勝していた

【茂木】それが、1917年の「十月革命」です。十月革命では、3つの局面がありました。

まず、ブルジョアジーの「臨時政府」があり、それに反対する社会主義グループの「ソビエト」という別の政府があった。ソビエト内は二つに割れていて、社会革命党のケレンスキーとボルシェビキ党のレーニンが争っていた。臨時政府、ケレンスキー、レーニンの三つ巴でした。

臨時政府はケレンスキーのほうが、まだ話が通じると思った。臨時政府から「君を首相にしてあげるから、その代わりに言論の自由は守ろうね」「一党独裁の共産党には反対しようね」と誘い、ケレンスキーは承諾します。そして、臨時政府の首相をケレンスキーが引き継ぎます。

それにレーニンたちが襲いかかったのが十月革命です。革命という呼び方は不正確で、実はクーデターでした。レーニンたちは臨時政府を一晩で倒します。

【松本】十月革命は、激しい戦いもあまりなかったようですね。

【茂木】ケレンスキーたちはすぐに逃げましたから。面白いのは、十月革命後の11月にロシアで初めての自由選挙が行われたときのことです。「憲法制定議会」という議会をつくる選挙だったのですが、この選挙で何とケレンスキーの社会革命党が圧勝します。社会革命党が第一党、第二党がボルシェビキ党――選挙で勝ったわけですから、ケレンスキーが戻って政権を取ることもできたはず。ところが、そうならなかった。少数のボルシェビキ党がふたたび暴力と武力で議会を包囲し、第一党である社会革命党員を逮捕してしまいます。以来、ロシアにはまともな選挙がなくなり、ボルシェビキ党の独裁が成立します。その後、ボルシェビキ党が改名して「共産党」となりました。

■ソ連の強奪でウクライナは大飢饉に見舞われた

【松本】ここで、ウクライナに目を向けてみましょう。当時、ウクライナで凄まじい餓死が発生したと聞きました。

【茂木】共産党が政権を取るのは、世界史上初めてのことでした。今で言えば、アルカイダやISが政権を取るような大事件です。危険を察知し、世界中が潰しにかかりました。1918年から1922年にかけて行われた第一次世界大戦の連合国による「シベリア出兵」や「対ソ干渉戦争」と呼ばれるものはそれが目的です。

レーニン側から見れば、世界中の資本家たちが向かってきたということです。「これを機に、世界革命へ」とソ連は臨戦体制に入ります。しかし、ソ連では食料不足が深刻な問題となっていました。モスクワ周辺だけでは足りないので、ウクライナでつくっていた穀物を強奪した。その結果、ウクライナで大飢饉(ききん)が始まりました。

【松本】このウクライナの大飢饉と後のヨシフ・スターリンによる粛清によって、数千万人のウクライナ人とロシア人が亡くなったと聞きました。

■「ウクライナ人の数を減らす」民族の殺戮が行われた

【茂木】スターリンは党内の権力争いを制して、1924年に最高指導者になります。対外戦争はすでに終わっているのに、スターリンは計画的にウクライナから食料を奪い取る政策を続けました。

もともとウクライナ人はロシア人とは違う民族であり、独立志向がありました。ウクライナが独立してしまえば、モスクワには食料がなくなってしまう。絶対にウクライナの分離を許すことができないスターリンは、ウクライナ人の数自体を減らして反抗する力を奪うという作戦を採ったのです。

写真=iStock.com/Michele Ursi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Michele Ursi

【松本】それは、計画的な民族の殺戮です。

【茂木】その通りです。現在ウクライナでは、ナチス・ドイツの「ホロコースト」に匹敵する大虐殺としてこのことを教えています。

【松本】どうして私たちはそれを世界史で習わないのでしょうか?

【茂木】まったく奇妙ですね。世界史の教科書では「ウクライナで飢饉が起こった」で、おしまいです。この大虐殺は、一般的に「ホロドモール」と呼ばれている出来事です。興味のある方は、インターネットで検索して調べてみてください。写真なども出てきます。

【松本】このスターリン時代には、共産党の中でも大粛清が行われました。

【茂木】悪いのはスターリンであってレーニンまでは良かった、という説明が一般的によく見られますが、これは事実に反します。殺戮を始めたのはレーニンからです。共産主義者としては、「革命の父」であるレーニンを貶めることはできないので、「悪いのはスターリン」ということにしたのでしょう。

■ヒトラーを退けたことでスターリンは英雄になった

【松本】ソ連はスターリンのもとで、1941年に始まる独ソ戦を勝ち抜きます。このことから、スターリンを正当化するような論調もあります。

【茂木】皮肉なことに、ヒトラーがスターリンを助けたのです。あの戦争はどう見ても、ヒトラーが悪い。だからスターリンが正義になってしまった。それまでスターリンにひどい目に遭わされたロシア国民も、ヒトラーを退けたことで「スターリン万歳」になりました。スターリンはたちまち英雄です。

【松本】戦争に勝利したことによって、社会主義が世界的に正当化されたという点はありますね。

茂木誠・松本誠一郎『“いまの世界”がわかる哲学&近現代史 プーチン、全体主義、保守主義』(マガジンハウス新書)

【茂木】一番大きかったのは、ヒトラーを倒すために西側の大国である英米がスターリンと手を組んでしまった、ということです。

【松本】そして、「社会主義は素晴らしい」ということになり、第二次世界大戦後に社会主義化の動きが世界に広がっていくわけですね。

【茂木】ソ連という国は、それまでは世界のつまはじき者でした。それが、第二次大戦によって一躍、世界のリーダーになり、国際連合の常任理事国になった。ナチス・ドイツが滅んだあとのヨーロッパについては、アメリカとソ連が山分けすることになったのです。東ヨーロッパにソビエト型の共産党体制がどんどん移植されました。ノースコリア(北朝鮮)の建国も同じ流れです。

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茂木 誠(もぎ・まこと)
予備校講師
東京都出身。駿台予備学校、ネット配信のN予備校で大学入試世界史を担当。東京大学など国公立系の講座を主に担当。世界史の受験参考書のほかに、一般書として、『超日本史』(KADOKAWA)、『「戦争と平和」の世界史』(TAC出版)、『バトルマンガで歴史が超わかる本』(飛鳥新社)、『「保守」って何?』(祥伝社)、『グローバリストの近現代史』(共著、ビジネス社)『ジオ・ヒストリア』(笠間書院)、『政治思想マトリックス』『日本思想史マトリックス』(PHP研究所)ほか多数。YouTube「もぎせかチャンネル」でも発信中。
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松本 誠一郎(まつもと・せいいちろう)
オンライン講師、YouTube「ゆめラジオ」チャンネル主宰
兵庫県出身。東京外国語大学フランス語科卒業。同大学院修了。Z会東大進学教室の英語講師として教壇に立ち、多くの塾生を有名大学に進学させる。現在は独立し、オンライン講師として中高生だけでなく、社会人をも対象とした授業を展開。分野も受験指導から英検対策、論文作成、企業プレゼン文書作成など多岐に亘る。2016年からYouTubeで「ゆめラジオ」チャンネルを主宰。政治や経済はもちろん哲学、宗教、文学、歴史、そして社会学を扱う。2023年9月現在、チャンネル登録者数1万6000人。Twitter、Instagramなどさまざまな媒体で発信中。
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(予備校講師 茂木 誠、オンライン講師、YouTube「ゆめラジオ」チャンネル主宰 松本 誠一郎)