事故や病気など、さまざまな要因で上肢を失った人が装着する義手は、指の細かな動きまでは再現できないのが普通です。しかし、スウェーデンのヨーテボリ大学をはじめとする研究チームが、肘から先を失った患者に対し、神経や筋肉に電極を埋め込むことで、患者が思い通りに指先を動かすことができる画期的な義手の開発に成功しました。

A highly integrated bionic hand with neural control and feedback for use in daily life | Science Robotics

https://www.science.org/doi/10.1126/scirobotics.adf7360

Bionic hand merges with user's nervous and skeletal systems, remaining functional after years - YouTube

Groundbreaking achievement as bionic hand mer | EurekAlert!

https://www.eurekalert.org/news-releases/1003939

スウェーデン出身のカリン氏は、20年以上前に農業用器具の事故で右手の肘から先を失ったとのこと。カリン氏はシリコン素材などから作られる従来の義手を装着していたものの、従来の義手を装着していると不快感を感じるだけでなく、失ったはずの腕の痛みを感じる「幻肢痛」に長年悩まされていました。カリン氏は「ミートチョッパーに手を入れているかのような痛みを常に感じていました。この痛みはストレスの種となり、さまざまな鎮痛剤を大量に服用しなければ落ち着くことができませんでした」と述べています。

そこで、ヨーテボリ大学のリッカード・ブローネマルク氏らの研究チームが新たな義手の開発に向けて研究を開始。研究チームは金属と骨を一体化させる「オッセオインテグレーション」を行って、カリン氏の腕の先に金属製のインプラントを取り付けて器具を固定するとともに、カリン氏の腕に残された神経や筋肉を再配置して、筋肉に神経をリンクさせる「標的筋再神経支配(TMR)」と呼ばれる手術を行いました。



カリン氏の腕の先の金属製インプラントの先には、イタリアのロボット企業「Prensilla」が開発した「Mia Hand」と呼ばれる義手が取り付けられました。Mia Handでは、患者の神経や筋肉に埋め込まれた電極を介して神経系と電気的接続を行うことで、患者が自由に指先などを動かすことが可能です。



研究チームによると、患者が指先を動かすことについて考えると腕の神経が活性化され、義手に埋め込まれたセンサーが神経の電気信号をキャッチして義手を動かすとのこと。ブローネマルク氏は「オッセオインテグレーションを再建手術や電極の埋め込み、AIと組み合わせることで、前例のない方法で人間の機能を回復させることができます」と述べています。

一方で思い通りに義手を動かすためには相応なトレーニングが必要です。カリン氏は自身の腕に取り付けられた器具とコンピューターを接続し、仮想空間上で自身の試行と手の動きを一致させる訓練を行いました。



繰り返しのトレーニングの結果、カリン氏は自身がつまんだ物体の固さなどを判断することさえ可能になりました。



Mia handは従来の義手と同様、ユーザーの意思で簡単に装着や取外しが可能。



2018年12月にインプラント埋め込み手術を行ったカリン氏は、2019年半ばからMia handを使用しています。カリン氏はMia handについて「新たな義手が、幻肢痛を軽減し、日常生活に復帰しやすくしてくれました。この義手によって人生が変わりました」と称賛。さらに「2019年に義手を取り付けてから、服用する鎮痛剤の量は大幅に減少しました。ブローネマルク氏の研究に参加することで、私の生活環境が大きく変化したので、今回の研究には重要な意味がありました」と振り返っています。

研究チームのオルティス・カタラン氏は「カリン氏は今回開発した新たな義手が確実に使用できる患者として最も適した人物でした。彼女が何年にもわたって日常生活でこの義手を快適かつ効果的に使用できているという事実は、手足を失った患者にとって、新しいテクノロジーを用いることで人生を変えることができるという証拠です」と述べています。