なぜ人間には睡眠が必要なのか。脳内科医の加藤俊徳さんは「脳は寝ている間に老廃物を排出し、記憶を定着させている。睡眠不足になるとこの機能が衰え、昼間の脳の覚醒にも影響を及ぼすため、『つらい』『しんどい』といったネガティブな感情に陥りやすくなる」という――。

※本稿は、加藤俊徳『一生成長する大人脳』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

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■脳を使いすぎると「酸素疲れ」が起きる

脳のために絶対にやめてもらいたいのが夜更かしや徹夜です。睡眠不足は脳へ大きなストレスを与えます。

脳が活動するとき、ほかの臓器と同様に酸素を消費しています。酸素を運ぶのは血液ですから、脳が一生懸命働くと、活動している脳番地の血圧が上がります。しかし、それによって脳のエネルギーを余計に使ってしまうため、脳の働きが非効率化してしまいます。

私はこれを「酸素疲れ」と呼んでいますが、脳に生き生きと働いてもらうためには、酸素疲れから回復させる必要があります。そのもっともよい方法が睡眠なのです。

じつは寝ている間も脳は記憶の整理や老廃物の排出など働いていて、電源を落とすようにオフにはなりません。それでも、睡眠中は新しい情報が脳に届きませんから、日中、フル回転している脳にとっては休息になるのです。

■寝ている間に記憶は「海馬」から大脳皮質へ

また、寝ている間に脳は記憶の定着をしています。その日あった出来事から得た情報はすべていったん「海馬」に保管されます。

海馬は短期的な「記憶の保管庫」であり、同時に、長期記憶として残すべきものを選別する役割を担っています。ノンレム睡眠と呼ばれる深い眠りのとき、海馬に選ばれた短期記憶が大脳皮質へと送られ、長期記憶となります。

会話の中に「あれ」「あの」が増えたり、固有名詞が出てこなかったり。その原因はいくつか考えられますが、寝不足が原因ということも十分に考えられます。また、海馬はストレスに弱いという特徴もあります。ストレスがあるとき、睡眠の質は低下しがちですから、ストレスによる睡眠不足はダブルで記憶がとどまらなくなります。

睡眠不足は記憶の定着、ひいては認知症の発症にもかかわっていきます。忙しくて睡眠時間が取れない、という人もいるでしょう。しかし、忙しいからこそ、睡眠を大切にすべきです。

睡眠時間を削る人は、人生の後半を劣化させる

成人の場合、1日7〜8時間の睡眠は必要です。私自身、30代から40代にかけて、睡眠時間を削って研究に夢中になったことは人生最大の失敗だと後悔しています。

寝ているのがもったいない!とアクティブに活動している人がいれば、ベッドでスマホを見続けいつも寝不足という人もいるでしょう。いずれの場合も脳にとってはマイナスです。

30〜40代にそんな生活を続けていると、人生100年の後半50年を強烈に劣化させます。人間の体に備わったリズムに素直に従う生活を送ってください。

■心配事があると眠れなくなる脳科学的理由

「進めているプロジェクトがうまくいくだろうか……」
「今期の目標、達成できるかなぁ」
「子どもの受験、合格できるだろうか」

こうした心配事があると、寝つけなかったり、何度も目が覚めてしまったり、睡眠に問題を抱えがちです。これも、脳の仕組みで説明ができます。

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解決しない案件があると、頭の中ではそのプロセスが常に進行しています。区切りがついていないため、脳は頑張って、寝ながらでも整理しようとします。そのため、なかなか眠りにつくことができないのです。

また、朝4時頃に「あれ、どうなった!?」と冷や汗をかきながら目が覚めたりすることもあるでしょう。

これは、脳が覚醒に向かっていくときに、ピンポイントで未処理中の案件が頭に浮かぶためで、これもまた生理的な仕組みです。

しかし、そうした日々が続き、睡眠不足になると、本格的なメンタル不調になります。うつ病の人の約80%に睡眠障害があると言いますし、また、睡眠障害の約80%はうつになると言われています。

すでに説明しましたが、脳には寝ている間の深い睡眠時に老廃物を排出し、記憶を定着させるという仕組みがあります。睡眠不足になると、この機能が衰え、昼間の覚醒に影響を及ぼします。

早めに脳の仕組みに応じてリカバーできればいいのですが、慢性化するとうつ状態になってしまうのです。

■「こころ」は脳の働きの一部にすぎない

うつ病の増加もあって、日本では近年、メンタルヘルス――「こころの健康」に対する関心が高まっています。それ自体は悪いことではありませんが、ただ、「こころの健康」というのは少々、あいまいな表現です。

「こころ」という器官が脳のほかに存在しているわけではありません。「こころ」と聞いて深淵な精神世界的なものをイメージする方もいるかもしれませんが、残念ながらそんなものはありません。

みなさんが「こころ」だと思って認識しているもの。それは自分が脳を使って認知している感覚――脳による自己認知にすぎず、脳のごく一部の働きによるものです。

つまり、「こころ」は、脳が生み出す働きのごく一部にしかすぎません。たとえば、あなたが日々、「納期を守れ!」「目標予算が未達だ!」「なんとかしろ!」と、上司にまくしたてられているとします。

朝起きるのがしんどく、仕事の効率も悪くなり、何をしていても「楽しい」と感じられない。気持ちが沈むことが増えていく。すると「上司の高圧的な態度がストレスになっているせいだ」と考えるでしょう。

■ストレスの原因は「パワハラ上司」ではない

人間はもっとも納得しやすいことに原因を落とし込んで認知するクセがありますから、原因を上司に求めるのもごく自然なことです。

しかし、脳の仕組みから見ると、気持ちが沈んでいる原因は「脳の働きが落ちている」から。「上司のせいだ」というのは、あなたが「こころ」としてそう認知したというだけです。

ほとんどの人は、自分が認識できた一部の脳活動を、自分そのものの意思だと誤認して、選択し行動を起こしているのです。

裏を返せば、脳は、「こころ」以上にもっと真実を知っているのです。

私はこんな仮説を立てています。自分が認知している「こころ」の領域を広げて、認識できていなかった脳の働きにより近づけることで、人はもっと潜在能力を目覚めさせることができるのではないか、と。

■脳が覚醒していないと「つらい」が生まれる

脳には、働きが落ちるとネガティブな感情を生み出す、という特性があります。

みなさんは、「喜び」の対義語を聞かれたら「悲しみ」あるいは「憂い」と答えることでしょう。言葉の意味としては正解です。

しかし、脳活動にとってポジティブの反対はネガティブな脳活動ではありません。「喜びを生み出す脳活動」と対をなすように、「悲しみを生み出す脳活動」があるわけではないのです。

ポジティブな感情は脳が元気に働くことで生まれます。一方、ネガティブな感情はというと……シンプルに脳が働かないことで生まれるのです。

これらの特性も、脳の仕組みと「こころ」の関係から生まれるものです。「悲しい」「つらい」「不安」「しんどい」……といったネガティブな感情は、「脳が覚醒していないこと」が原因です。

大失恋をした悲しみも、パワハラのつらさも、明日の会議への不安も、過重労働のしんどさも、ストレス源がなんであれ、脳の状態は同じです。「脳が働いていない」ことが原因なのです。

■ネガティブ感情の負のループが完成

フラストレーション(欲求不満)も、脳が働かないことに対する「苛立ち」という自己認知です。

入ってきた情報を正しく理解したり、過去の記憶を引っ張り出して参考にするといった、自己認知の脳の働きが鈍っているとき。また、脳番地の連携がうまくいっていないとき。そんなときの脳は、パソコンに負荷がかかりすぎ画面上に円が現れて、「くるくる」と回り続けている、あの状態と同じです。

失恋やパワハラといった環境ストレスが先か、自分の脳の働きが悪くなるのが先か、それは一概には言えません。仕事が忙しくて睡眠不足が続いて脳が覚醒しなくなり、次第にネガティブな気持ちに支配されることもあるでしょうし、耐えがたいストレスに襲われ、脳が考えることをシャットダウンしてしまう、ということもあるでしょう。

いずれにせよ、「脳の働きが悪くなる」から「ネガティブな気持ちになる」、「ネガティブな気持ちになる」から「脳の働きが悪くなる」という負のループにハマってしまいます。

■「なぜやる気が出ないのか」を考えよう

私はADHD脳の特性が強く、モチベーションされないこと=気が乗らないことに対してなかなかスイッチが入りません。しかし、スイッチが入らない、というのは、脳の覚醒が上がっていないのと同じ状態です。ですから、脳スイッチを入れるために、明確な理由、大義による動機づけをすることが脳のクセになっています。

加藤俊徳『一生成長する大人脳』(扶桑社)

うつ状態でも運動不足でも睡眠不足でも、日中の脳の覚醒は低く、上がりません。

私の「やる気が出ない」の原因は、ADHDかもしれないし、うつかもしれないし、寝不足かもしれないし、運動不足かもしれない。あるいは、いくつかが複合して生じたのかもしれない。

ただ、その場の状況を自分なりにどう自己認知しているかが重要なのです。

もし、あなたが今、ネガティブな感情に押し潰されそうになっているのであれば、まず自分の脳の働きをアップすることが大切です。

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加藤 俊徳(かとう・としのり)
脳内科医
昭和大学客員教授。医学博士。加藤プラチナクリニック院長。株式会社「脳の学校」代表。MRI脳画像診断・発達脳科学の専門家で、脳を機能別領域に分類した脳番地トレーニングや脳科学音読法の提唱者。1991年に、現在世界700カ所以上の施設で使われる脳活動計測「fNIRS(エフニルス)」法を発見。1995年から2001年まで米ミネソタ大学放射線科でアルツハイマー病やMRI脳画像の研究に従事。ADHD、コミュニケーション障害など発達障害と関係する「海馬回旋遅滞症」を発見。著書に『1万人の脳を見た名医が教える すごい左利き』(ダイヤモンド社)、『アタマがみるみるシャープになる!! 脳の強化書』(あさ出版)、『一生頭がよくなり続ける すごい脳の使い方』(サンマーク出版)など多数。
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(脳内科医 加藤 俊徳)