企業成長を内生現象と錯覚すると、カネやヒトといった経営資源を浪費する結果につながりかねないと著者は指摘します(写真:metamorworks/PIXTA)

成長しない事業立地を選んでおきながら、「現場の努力」に期待をかけると、カネやヒトといった経営資源を浪費する結果につながりかねない。

経営陣の仕事は、流行りのテーマに流されることなく、正しい事業立地を選ぶことにあると主張し、110社の偉大な経営者たちの着眼点に学ぼうとする書籍『企業成長の仕込み方』(『経営戦略の実戦』シリーズ2巻)から、企業成長を左右する要因は企業の外にあるという主張を抜粋してお届けしよう。

成長業種か、それ以外か

前回の記事では、成長のエンジンとして3種のシンコウ(深耕、新興、進攻)を取り上げた。

深耕とは、国内市場における事業範囲の拡大を指す。

進攻とは、海外市場の開拓を指す。


新興とは、選んだ事業立地での競争優位の構築を指す。

ここで、成長のエンジンとしては、企業内部の工夫や努力もあるのではないか、と思われる読者もいるかもしれない。

もし、それが成長のエンジンだとすれば、業種は問わないはずである。

しかし、成長企業の業種分布を確かめて見ると、その結果は内部仮説を真っ向から否定する。

3月決算企業の2014年度の有価証券報告書が出揃う2015年6月末時点で編纂された有価証券報告書総覧によると、輸送用機器の構成比は東名阪一部上場と東京二部上場の母集団2239社のうち3.7%にすぎない。

一方で、本書の採択ケース110社の中では17.3%に達していて、同業企業中の高成長企業の採択率は22.9%に上る。

母集団構成比8.8%の電気機器も採択ケースでは26.4%に跳ね上がり、採択率は14.6%に上る。

採択ケースの構成比が14.5%に達する化学工業や、採択率が16.7%に上る精密機械も成長業種と言ってよかろう。


逆に採択ケースが1つもない停滞業種もある。母集団の大きさの降順に列挙すると、サービス、通信、繊維、鉄鋼、倉庫、非鉄金属、紙、石油・石炭、鉱業、水産の10業種が該当する。

サービスと通信は採択基準を満たす古参企業が少ないため仕方ない面もあるが、それ以外は正真正銘の停滞業種と見なすほかはない。

業種間で成長率の明暗が分かれる理由

業種間で明暗が決定的に分かれるのは、成長率を基準にしたことに固有の特徴である。戦略のアウトプットをシリーズ第1巻では利益率、シリーズ第3巻では占有率で計ったが、優良ケースが特定業界に偏在する傾向は見られなかった。

ただし、繊維以下の停滞業種に高収益企業が見当たらないのもまた事実である。

製品やサービスの普及率が0%から90%あたりまで上昇する0─90フェーズで成長率が高くなるのは、自明の理と言ってよい。

逆に普及率が100%に近づいて上昇の余地がなくなれば、成長率は目に見えて落ちるしかない。

0─90フェーズが分析対象期間と重なった業種が本巻では幅を利かせ、入口までに終わった業種は影が薄くなっている。

自動車は、国産乗用車の供給が1960年前後にスタートし、「マイカー元年」と命名された1966年に国内需要が本格的に立ち上がった。

これは本巻の分析対象期間の入口とほぼ一致する。

世帯数に対する普及率は1970年代の終盤に100%ラインを突破したが、1990年代の半ばに160%を超えるに至り、そこから分析対象期間の出口までフラットに推移している。

1970年代の終盤以降はアメリカで日本車の浸透率を、1990年以降はアジア諸国で自動車の普及率を0%近傍から引き上げる挑戦に乗り出しており、海外進攻で成長を紡いでいる。

高級化に伴う単価の上昇が金額ベースの成長率に寄与した点も見逃せない。

電機は、家電製品が1960年前後に需給ともに立ち上がり、それと同時に発送電設備や工場設備も伸びていった。

そこから先の展開は自動車と似ているが、分析対象期間の入口付近から本格化した半導体の波及効果で、計算機や通信機や娯楽機の製品市場が次から次へと立ち上がったところに独自の特徴がある。

精密機器も、流れとしては電機と同一視してよい。

化学は、1960年前後に石油化学工業が本格的に立ち上がった。そして自動車や電機から派生する需要に応えるべく、陸続と新たな機能製品の市場が立ち上がっている。

半導体ほど目立たないが、触媒の進化が成長を下支えする点も含めて、成長の進度は自動車より電機に近い。

企業成長は外生的な現象である

何はともあれ、まずは企業成長が外生的な現象であることを認識すべきである。

市場が立ち上がって急成長を遂げるには供給と需要が出揃わなければならないが、供給を刺激する技術革新はパブリックドメインで起きるもので、個別企業が囲い込めるものではない。

需要を刺激する社会制度や所得水準や価値体系の変化にしても、個別企業の意向とは無関係に起こるものである。

それなのに企業成長を内生現象と錯覚すると、カネやヒトといった経営資源を浪費する結果につながりかねない。

事業立地の陣取りを変えることなく需要喚起策を繰り出したり、社員を叱咤激励するのは、B-29に竹槍で立ち向かうようなものである。

流行りに流されて自社の戦略課題を見失うな

経営者は景気動向に敏感である。外生要因の重要性は熟知していると思われるが、それでも幻惑に踊らされることが少なくない。

現下で言うならメディアはDX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)一色で、その前は働き方改革やリモートワーク、ESGやSDGsの大合唱であった。

社員が敏感に反応する「流行」を無視するには胆力が要るものの、汎用性の高いテーマに特定事業の戦略がないことは火を見るよりも明らかである。

前回紹介した成長の標準モデルをつねに念頭に置いて、自社の戦略課題を見失わないようにしていただきたい。

(三品 和広 : 神戸大学大学院教授)