約40万年前に地球上に登場したネアンデルタール人は現生人類(ホモ・サピエンス)と同じヒト属の一種であり、約4万年前に絶滅するまで現生人類と共存するだけでなく、交配も行っていたことが明らかになっています。そんなネアンデルタール人は高い知能を持っていたことがわかっており、新たに「旧石器時代から接着剤として用いられていたバーチタールという物質を、ネアンデルタール人が複雑なプロセスで作り出していた」ことを示唆する研究結果が発表されました。

Production method of the Königsaue birch tar documents cumulative culture in Neanderthals | SpringerLink

https://doi.org/10.1007/s12520-023-01789-2



Neanderthals May Have Been The First To Carefully Concoct This Substance : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/neanderthals-may-have-been-the-first-to-carefully-concoct-this-substance

バーチタールは中期旧石器時代から中石器時代の初期にかけて接着剤として広く使用されていた物質であり、初期の人類によって作られた最も古い合成物質だとのこと。バーチタールはシラカバの樹皮を燃焼させることで抽出可能であり、最も初期のバーチタールはネアンデルタール人の遺跡で発見されていることから、ネアンデルタール人の認知能力や文化的進化の証拠とされてきました。

ところが近年の研究により、バーチタールは単にシラカバの樹皮をたき火などの燃料として燃やした際、周囲の岩の表面などに付着した残留物をそぎ落とすことでも入手できることが判明。そのため、ネアンデルタール人がバーチタールを手に入れたのは単なる「幸福なアクシデント」だった可能性も浮上しました。



ネアンデルタール人によるバーチタールの製造が「意図したもの」なのか「偶然によるもの」なのか検証するべく、ドイツのテュービンゲン大学やハレ州立先史博物館、フランスのストラスブール大学などの研究チームは、ドイツのケーニヒスアウエにあるネアンデルタール人の遺跡で見つかった2つのバーチタールについて分析しました。

ハレ州立先史博物館に収蔵されている2つのバーチタールは、いずれも4万5000年〜8万年前に作られたとみられていますが、正確な年代までは特定されていません。一方のサンプルはもう一方のサンプルより下の層で見つかっているため、2つのバーチタールが作られた時代にはかなりの時間差がある可能性もあるとのこと。



バーチタールを化学的に分析した結果、いずれのバーチタールも作られる途中に酸素が奪われていたことが判明。そこで研究チームは、これまでに考えられてきた「バーチタールの製造方法」について実験し、それぞれの製造方法で作られたバーチタールがどのような化学組成を持っているのか調査しました。以下の画像に示された製造方法「b」〜「f」のうち、「b」と「c」は地上でシラカバの樹皮を燃やして作る方法で、「d」〜「f」は地面に埋めた樹皮を残り火やたき火で加熱して作る方法です。



実験で作り出したサンプルを分析したところ、ケーニヒスアウエの遺跡で見つかったバーチタールと化学組成が類似しているのは、「d」〜「f」の地下でシラカバの樹皮を燃やしたサンプルであることがわかりました。

シラカバの樹皮を地下に埋めて加熱するというプロセスは偶然では起こりにくく、バーチタールを手に入れるには埋めた樹皮をわざわざ掘り起こさなくてはなりません。そのため、今回の研究結果から「ネアンデルタール人はたき火の結果として偶然バーチタールを手に入れたのではなく、慎重に計画した複雑なプロセスを用いてバーチタールを製造していた」ことが示唆されました。

研究チームは、ネアンデルタール人がバーチタールを作った「レシピ」は試行錯誤によって発明され、時間と共に改善されていった可能性があると指摘。「私たちは、ネアンデルタール人がホモ・サピエンスからの影響とは無関係に変革的な技術を発明し、改良した可能性が高いということを初めて示しました」と述べました。



by Sue Ruth