石狩市洋上風力発電所の建設現場の入り口。近くにREゾーンが広がる(筆者撮影)

カーボンニュートラルについての環境施策を掲げる市町村は、全国各地にある。そうした中で最近、全国から視察があとを絶たないのが、北海道石狩市の「REゾーン」だ。

REとは、リニューアブル・エネルギー(=再生可能エネルギー)のこと。REゾーンは石狩市独自の呼称で、特に定義はないが、近い将来に「石狩市での地産地消REを100%使って事業を行うこと」を目指す地区を指す。現時点では、工業団地の区域としては存在するものの、地産地消REの供給は行われていない。

ここでのREを具体的にいえば、風力発電やバイオマス発電だ。石狩市では「エネルギーの近くで事業をしませんか?」というキャッチフレーズを用い、GX(グリーン・トランスフォーメーション)政策を前面に押し出す形で企業誘致を成功させている。

風力発電用の風車が立ち並ぶREゾーン周辺

REゾーンがあるのは、札幌市の中心部からおよそ15km、クルマだと30分ほどの場所。縦に長い形状の石狩市の南部にある石狩湾新港(いしかりわんしんこう)で、約40年前から開発が始まった工業団地の一角にある。工業団地全体の敷地面積は約3000ヘクタールで、そのうちREゾーンは100ヘクタールほどを占める。

実際にREゾーンの近くを訪れてみると、約70mの高さがある風力発電用風車が立ち並ぶ。


風車を実際に間近で見るとその高さと大きさに圧倒される(筆者撮影)

石狩市だけではなく、全国各地で2000年代末から2010年代にかけて、FIT(フィード・イン・タリフ=再生可能エネルギー電力買い取り制度)が始まったことを受けて風力発電の施設が増えたが、その多くは人が入り込めない海岸線、または山間部などに設置されている。それが石狩市の場合、巨大な風車が工業団地の中にニョキニョキと立っているのが特徴だ。

実はこの工業団地、以前は先端技術関連の企業向けの敷地として、各種研究所や技術関連教育機関などの誘致を狙ったが、誘致できたのはIT関連企業のさくらインターネット(本社:大阪府大阪市)が2010年に発表し、2011年から運用を始めたクラウドコンピューティング向け大規模データセンターだけだった。

当時、REゾーンという名称はなかったが、石狩市が近年になりREゾーン構想を打ち出してから、この工業団地の一画への企業誘致の風向きが大きく変わった。

石狩市 企画経済部企画連携推進課主査の佐々木拓哉氏によれば「現在、京セラ関連企業の京セラコミュニケーションシステムのデータセンターの建設が進んでいるほか、もう1社のデータセンター進出が決定している」という。

また、別の視点で石狩湾新港の工業団地は、一部の人にとって“聖地化”している。国内最大級の野外オールナイトコンサート「RISING SUN ROCK FESTIVAL」の開催地でもあるのだ。

動き出した水素戦略構想

もう1つ今、石狩市が全国から注目を集める理由が、グリーン水素の活用だ。グリーン水素とは、再生可能エネルギーを由来とする水素の俗称である。

石狩湾新港の港湾区域に、再生可能エネルギー源を利活用する区域を定め、そこに14基の風力発電用の風車を建てる準備が進んでいる。1基あたりの出力は、前述の工業団地内の機器と比べて4倍の8MWとかなり大きい。それが14基だから、合計出力は100MWを超える規模だ。


石狩湾新港の工業団地内の様子。風力発電の風車が近くに立つ(筆者撮影)

この石狩湾新港洋上風力発電所では大規模な蓄電池、さらに水電解装置を経た水素製造を視野に置いている。この事業は、石狩市が2017年3月に策定した「石狩市水素戦略構想」の実現に向けての動きだ。

2021年〜2022年度にかけて、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の事業調査であるフィジビリティスタディも行っている。

事業イメージ図を見ると、工業団地内で製造した水素を企業の定置型燃料電池、燃料電池トラック、燃料電池フォークリフトなどに使ったり、稼働中の北海道電力LNG火力発電所で混燃を行ったりしている様子がわかる。


石狩・札幌地域における水素サプライチェーンの実現イメージ(石狩市の資料より)

そのほか、隣接する札幌市推進の水素利活用方針に対応した、ローリー車などによる水素の陸上輸送や、本州を含む他の地域への内航船による海上輸送も含めた水素サプライチェーンもイメージしている。こうした全体図を見て感じるのは、具体性の変化だ。

2010年代半ばごろまでならば、あくまでも将来構想の一環として「こうなったらいいな」という程度だったものが、2010年代後半になると、グローバルでSDGs(持続可能な開発目標)やESG投資(環境・社会性・ガバナンス重視の投資)が企業や行政機関にとって実行が必須になったために、具体的な動きへと変わったのだ。

日本では菅政権時に国が掲げた「2050年カーボンニュートラル実現に向けたグリーン成長戦略」の中で、再生可能エネルギーに関する新しい発想が盛り込まれ、水素の利活用についても大幅な拡充を目指すとした。

直近では、岸田政権が2023年2月に閣議決定した「GX実現に向けた基本方針」の中で、「水素・アンモニアの生産・供給網構築に向け、既存燃料との価格差に着目した支援制度を導入。水素分野で世界をリードするべく、国家戦略の策定を含む包括的な制度設計を行う」と、重要事項の1つとして水素を位置付けている。

こうした時代の潮流によって、石狩市の水素戦略構想やREゾーンの実現に向けた追い風が今、吹いているといえるだろう。ただし、課題も少なくない。

まだ見えぬ「需要と供給のバランス」

NEDOの「水素・燃料電池成果報告会2022」で発表された資料によれば、水素の利活用を考える事業者からは、導入機器のコストと都市ガスなどとの価格差、エネルギー密度の違い、そして災害時等での安定供給等を懸念する声が聞かれた。

また今回、石狩市と意見交換をする中で、「需給バランスがまだはっきりと見えてこない」という指摘も何度かあった。


今回、取材に応えてくれた石狩市 企画経済部企画連携推進課主査の佐々木拓哉氏(写真右)と同課の天野良祐氏(筆者撮影)

どこで/どのように/どのぐらいの水素を使うかが見えないから、その水素を確保するために風力発電の余剰電力をどの程度、見込めばいいのか、という事業の出口からバックキャストするイメージが正確には描けないのだ。

その背景には、「水素を使う側(需要側)」の事業戦略が定まっていないという実状がある。今回の石狩市での取材とは別に、2023年に入ってからこれまで約4カ月間にわたって水素や燃料電池に関する各方面への取材や意見交換を行っているが、各所で聞かれる声からも、そうした感触を得ている。

例えば、トヨタやホンダによる燃料電池システムのB2B(企業間取引)や、電力企業によるLNG等の火力発電での水素混燃については、社会全体でのグランドデザインが描けている印象がない。

これは、水素の需要側による「使う水素の規模」や「水素を使う方法」が、まだまだ固まっていないことを意味する。石狩市のような「水素をつくる」「水素を運ぶ」という供給側が、「需給のバランスがまだ見えてこない」というイメージを持つのは当然だろう。

とはいえ、国は「GX実現に向けた基本方針」の中で公開した「今後の道行き」と称したロードマップの中で、水素について2025年までを集中的な制度創設期間として、2026年から2030年までを官民による大規模投資による初期導入期、さら2030年代から本格普及を目指すとしている。

つまり、あと2〜3年で、「国全体の水素の需給バランス」のグランドデザインが明確化することが予想される。

地産地消型のマイクログリッドを実現

最後に、石狩市がすでに社会実装している、水素を活用した再生可能エネルギーの地産地消事業を紹介したい。石狩市の中部にある厚田地区(合併前の旧厚田村)の「防災力の強化を実現する、地方の新たなエネルギー供給モデル」である。

太陽光発電が入り口で、電力の供給先は「道の駅・石狩あいろーど厚田」、小学校などがある「厚田学園」と「厚田給食センター」「石狩消防厚田支署」などの公共施設だ。


石狩市の「地産地消型マイクログリッド」システムの詳細(石狩市の資料より)

システム概要はこうだ。発電するのは163.4kWの太陽光発電で、これを容量168kWhのリチウムイオン電池によって主に平時に、また災害など有事の際には2kWの燃料電池をバックアップとして使う。燃料電池用の水素は、太陽光発電から水電解して作り、また系統連携も併用する。

こうしたシステムは、理論のうえでは十分可能だが、コストが高くなりがちなため、実用化される事例は少ない。だが、石狩市では、2018年9月6日未明の最大震度7を記録した北海道胆振東部地震により、北海道全土が停電するブラックアウトを経験したことが、大きな転機となった。

電力需要の少ない厚田地区は、電力復旧にかなりの時間を要したことから、防災を考慮した地産地消型のマイクログリッドの実現を検討したのだ。特に冬季の災害時、北海道では電力確保の解決策としての期待が高まった。


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そうして厚田地区でのマイクログリッドは、構想から約4年を経た2022年、北海道庁の支援を受け社会実装された。これは、石狩市が目指すゼロカーボンシティの好事例だといえるだろう。

今後は、厚田地区のさらに北部にある浜益地区でも、厚田地区と同様のシステムになるかどうかは未定だが、再生可能エネルギーによる地産地消型マイクログリッドの社会実装を目指すという。今後も石狩市のREゾーンの行方を継続的に取材して、エネルギー問題を考えていきたい。

【2023年6月7日12時00分追記:初出時、敷地面積に誤りがあり一部訂正しました】

(桃田 健史 : ジャーナリスト)