岡本和真のホームラン性の打球をキャッチしたランディ・アロサレーナに観客も熱狂【写真:Getty Images】

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WBC優勝記念連載「世界一の裏側」#5、メキシコ戦で感じた凄みは

 野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、日本代表「侍ジャパン」は3大会ぶり3度目の優勝を成し遂げた。大谷翔平投手(エンゼルス)ら一流選手の団結力で掴んだ世界一。「THE ANSWER」では米マイアミで行われた熱戦を現地取材。大会を通じて伝えきれなかった選手、監督の思いや現地でのエピソードを連載「世界一の裏側」として連日紹介していく。

 第5回は日本人記者も魅了されたメキシコのファンと“お祭り男”の凄さについて。日本戦では心から楽しむ観客の姿が目立ったが、岡本和真内野手のホームラン性の打球をキャッチしたランディ・アロサレーナ外野手(レイズ)のエンターテイナーぶりも際立った。栗山監督も「野球の本質」と表現した試合を球場で目撃した記者が、その熱狂ぶりを伝える。(取材・文=THE ANSWER編集部・宮内 宏哉)

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 日本が劇的サヨナラに沸いたメキシコ戦。その2日前となる18日(日本時間19日)、宿泊先で知り合ったプエルトリコメディア「ラ・アカデミア・デポルティーバ」のエマニュエル・ゴンザレス記者から、メキシコの要注意人物を聞いていた。

「ランディ・アロサレーナには気をつけろ」

 侍ジャパンを苦しめることになる28歳は、強豪プエルトリコを準々決勝で5-4と逆転で破ったメキシコの切り込み隊長。1次ラウンドで打率.500(14打数7安打)、1本塁打、9打点と大暴れし、プールCのMVPに輝いていた。

 キューバから亡命の過去があり、2019年にカージナルスでMLBデビュー。20年にレイズに移籍し、21年には打率.274、20本塁打、69打点、20盗塁で新人王を獲得。昨年も20本塁打を放っている。

 なにより怖いのは短期決戦に強い“お祭り男ぶり”だ。20年のポストシーズンでは大活躍。ヤンキースとの地区シリーズで3戦連発をマークすると、アストロズ相手のリーグ優勝決定シリーズでも4本塁打。シリーズMVPに輝き、さらにドジャースとのワールドシリーズでも3本塁打をかっ飛ばした。2勝4敗でチームは敗れたものの、ポストシーズン10本塁打は新記録だった。

アロサレーナがフライを掴めば大騒ぎの“共通認識”が誕生

 アロサレーナは日本戦、9回までは間違いなく主役だった。特に球場を沸かせたのは5回の守り。岡本和真が左翼フェンスをギリギリ越えようかという大飛球を放ったが、これをジャンプ一番で“ホームラン強奪キャッチ”。仁王立ちでドヤ顔ポーズを披露した。

 これに熱狂的なメキシコファンは「MVP!」コールを湧き起こすなど狂喜乱舞。このプレー以前からノリノリだったが、更に勢いづいた。観衆3万5933人の大部分を占め、数でも日本ファンを圧倒。侍ジャパンにとっては完全アウェーの空気を生み出した。

 スーパーキャッチ以降、メキシコファンの間には“共通認識”が生まれた。「アロサレーナが飛球を捕る」ことが、大騒ぎのサインになったのだ。

 5回2死満塁で近藤健介が放った打球に俊足を飛ばし、背走しながらキャッチした好プレーの時はもちろん、通常のフライでも絶叫。アロサレーナも観客を煽る仕草を見せるなどエンターテイナーらしさを存分に発揮し、一人で会場の空気を変えていた。

 その後、日本は7回に吉田正尚の値千金3ランで一時同点に。大騒ぎのメキシコファンは沈黙したが、その裏8回に消えかけた火をまた燃やしたのがアロサレーナだった。

 1死から日本が誇る好投手・山本由伸から右越え二塁打で出塁。塁上でトレードマークの腕組みポーズを決めると、続くベルドゥーゴのタイムリーで勝ち越しのホームを踏んだ。9回に村上宗隆の逆転サヨナラ打が生まれなければ、さらに英雄扱いされていたに違いない。

 メキシコ戦を右翼ポール際のスタンドに設けられた記者席から見て感じたのは、アロサレーナにもメキシコファンにも、野球を心から楽しむという“凄み”があったことだ。

栗山監督も「野球の本質のような気がした」と感激した試合

 アロサレーナは勝利を追求する中でも、プレーが止まったタイミングで外野フェンス越しに即席サイン会まで実施。ファンが持っていたペンとボールやキャップなどを受け取り、時折会話をしながらコミュニケーションを取っていた。

 スタンドや球場外では試合前から、日本のファンと友好の記念撮影が各所で行われており、「Ohtani!」「サムライ!アリガト!」などと口にするメキシコファンも。WBCは国と国の威信をかけた真剣勝負の場ではあるが、球場は数年に一度のお祭りとして楽しむムードが確かにあった。アロサレーナに乗せられたメキシコファンは、特にそれが顕著だったように感じる。

 ローンデポ・パークに「GET LOUD」「MAKE NOISE」と観客を煽るメジャー流の表示がなされるたびに、各々が絶叫。国旗を持った男性が場内ビジョンに映しだされただけでも大盛り上がりで、侍ジャパンの攻撃中も「メヒコ!」の大合唱だった。

 ピンチを脱した時には地割れのような歓声。日本に試合の流れを引き渡さない一因となったが、それは球場演出や選手の躍動に対し、心から野球を楽しんだその後についてきたもののように思えた。

 試合後、3ランを放った吉田は「この雰囲気は野球をしていて新鮮というか、いい思い出。楽しかった」と特別な雰囲気を表現し、栗山監督も「あれだけのトッププレーヤーが1試合に全てをかけて戦う、命懸けになった時にどんな凄いことを起こせるのか、見ていてすごく感動したし、こういう試合は野球の本質のような気がした」と感激していた。

 メキシコのギル監督は試合後の会見で「最後のイニングは素晴らしい繋がりだった。日本に脱帽するしかない」と潔く絶賛。「後悔するところは何もない」「今夜の試合は野球界にとっては勝利を収めた」と気持ちのいいコメントを残した。なかなか味わえない白熱的ムードの試合に、記者もいつの間にか魅了されていた。

(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)