新年度はなぜメンタルヘルス不調を起こしやすいのか。外資系企業で産業医を務める武神健之さんは「新生活への期待と不安な気持ちや、変化への適応疲労が原因となり、メンタルヘルス不調を引き起こす」という――。

■変化がメンタルヘルス不調を引き起こす

3月から4月は、職場では人事異動や転職、家庭では子供の入学や進学など、公私共々の環境変化が多い時期です。多くの人にとっては前向きでやる気に満ちた時期ですが、このような時期だからこそ注意しなければならないのが、新生活への期待と不安な気持ちや、変化への適応疲労を原因とするメンタルヘルス不調です。

私の産業医面談の2事例からお話ししたいと思います。

写真=iStock.com/Tzido
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tzido

■不満やストレスはないのに眠れない日々が続くAさん

Aさんは40代、勤続7年以上のベテラン男性社員で以前、健康診断結果について相談をしに何度か産業医面談に来られたことがありました。そんなAさんが、ある年の3月中旬に産業医面談に来られました。

2月から眠れない日があり、それが最近ひどくなってきており、日中に仕事に集中できずミスをしそうで怖いこと、奥さんに顔が疲れていると指摘されて面談に来たと教えてくれました。Aさんの近況は、仕事もプライベートも特に不満やストレスはなくすごしていて、息子さんの中学校受験は無事第一志望に合格し、一家皆喜んでいるとのことでした。また、4月から奥さまが働き始めるとのことでしたが、このことは夫婦でよく話し合って決めたことであり、不平不満はないとのこと。が、よくよく聞いてみると、4月以降、ご家族の生活に起こり得る変化に対して、さまざまな不安があるようでした。

お子さんの通うことになる中高一貫校は片道1.5時間ほどかかること。中学ではクラブ活動を頑張りたいというお子さんを応援したいが、そうすると毎日の帰宅は20時を過ぎ、そこから食事やお風呂、疲れた状態での勉強などできるのだろうか、朝練があれば家は6時台に出ることになり、起床やお弁当は仕事を始めたばかりの奥さまが担当だが大丈夫なのだろうかうんぬん、考えれば考えるほど、不安な気持ちが膨らんでしまうようでした。息子さんの新生活だけでなく、10年以上仕事のブランクがあった奥さまが仕事と家事育児のバランスを保てるのか心配でしょうがないとのことでした。

さらに、ご家族二人の4月以降の新生活からくる自分の生活への影響、つまり家事分担や生活時間の変化に対して、どのようになるのかわからないがゆえの漠然とした不安もAさんにはあるようで、これらがAさんの症状の原因と推測されました。

■「不安は減らさなければならない」という考え方は捨てるべし

数回の面談でAさんは、自分は4月以降の生活のマイナス面ばかりに焦点を当ててしまい、常にそのことに意識が向きすぎていたと気がつきました。不安に思うことに対し、どう対処するかという発想は言われてみれば当然なのに、全くもてていなかったようでした。

Aさんには、対処できるものは対処すること、その上でもしも不安ばかりが頭に浮かんでしまったときは、「不安は減らさなければならない」という考え方をまずは捨て、「4月以降の家族との生活での楽しみなこと=自分の中のポジティブな感情」も考えるなどしてみてはいかがでしょうかと提案しました。

夏前にAさんはもう一度産業医面談に来てくれました。家族の新生活も落ち着いてきているとのことでした。結果として、不安だった多くのことは、その場その場でなるようになって落ち着いて、今思えばそのことで眠れなくなってしまった自分が信じられないと明るくおっしゃっていた姿が印象的でした。

写真=iStock.com/Sewcream
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sewcream

■ポジティブな感情にフォーカスする

新年度を控え、誰もが不安な気持ちを感じるのはしょうがないことです。

不安とは、「未来」に対する「恐怖」であり、「漠然」としたものです。人間は、過去に対しては不安を感じません。過去の出来事の結果として、未来に不安を感じることはありますが、過去の出来事そのものには不安を覚えません。不安は未来に起こる“かも”しれないことであり、不安に思っていることは、まだ起こっていないことなのです。そして往々にして実際に起こらないことの方が多いものです。

また、不安というネガティブな感情は、どんなに改善しても、マイナスがゼロにしかならず、楽しい気持ちや幸せなどのポジティブな感情にはつながりません。不安に上手に対処している人は、不安の解決に頭を悩ませている時間をさっさと捨てて、よりポジティブな感情にフォーカスするという選択肢を無意識に採れている人が多くいます。

心のマイナス要素となりえる不安な気持ちは、誰もが抱えています。もちろん、「対処できること」については対処することが大切です。一方、「対処できないこと」には、考えても始まらないと気持ちを切り替えなければ、24時間不安な気持ちで過ごしていては誰でも不安に押しつぶされてしまいます。

不安に上手に対処するためには、この認識の上で不安を生じさせている根本的原因である自分の心の状態を改善することが大切です。不安な気持ちに四六時中支配される必要はありません。そのようなときには、うれしいことや充実していること、今後楽しみなことなど、ポジティブな感情に目を向けてみてください。きっと、不安な気持ちの解決になるでしょう。

■転職し、新しい仕事に恵まれたBさん

Bさんは20代後半の女性社員でした。昨年のコロナ禍、4月下旬に体調不良を上司に相談し、そこから産業医面談を紹介されました。

その年の1月に転職してきたBさんは、上司いわく、新しい仕事にも順調に適応してきているとのことでしたが、本人に聞いてみると、前の職場はコロナ禍でも出社がほとんどだったのに、今の会社はリモートワークが主体で、3カ月たってもまだ慣れてきたという実感がもてないとのことでした。

無事に試用期間は終わったものの、その後、原因不明のめまいや頭痛などを感じるようになり、休日も家で一人で過ごしていると急に涙が出てきてしまう、仕事でも最近はミスが増えたと感じ、今まで以上に緊張感を持ってやっているとのことでした。いつから症状があるのか聞くと、3月下旬に試用期間が無事終わるとわかり、同時期に引っ越しをしてパートナーと同棲を始めてからとのこと。

仕事に不満やストレスはなく、同棲は楽しいはずなのにこのような症状があることで、余計に悩んでしまっていると打ち明けてくれました。

写真=iStock.com/yamasan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yamasan

■慣れない仕事環境が心身不調の原因に…

特に明らかに嫌なこと=ストレスがなくても、人は新生活、慣れない仕事環境で過ごしていると、誰でも意識せずとも疲労をためすぎてしまいます。そして、知らず知らずにたまりすぎた疲労の蓄積で心身の不調を呈します。それが、心や身体、行動に症状として現れます。

このうち、本人にとって一番わかりやすいのは身体症状(不眠、食欲低下、頭痛やめまい、動悸や冷や汗など)で、わかりにくいのが精神症状(やる気が出ない、おっくう、不安、イライラ、憂鬱(ゆううつ)など)。また、他人にわかりやすいのは行動に出る症状(お酒やタバコの増加、遅刻や早退、会話の減少など)です。

特に職場では、遅刻、早退、欠勤が増えたりします。集中力が低下してミスを多発したり、仕事の結果を出すのに時間がかかるため、時間外労働や休日出勤が増えたりします。また、ほうれんそう(報告、連絡、相談)が減ったり、職場での仲間との会話が少なくなったりすることもあります。

しかし最近は、テレワーク環境で、同僚から気づいてもらえる機会は激減しました。また、転職したばかりなどの時は、周囲がいつものあなたを知らないから、なおさら気がついてもらえません。

■自分の変化に気づくことが改善につながる

Bさんは上司に相談することで産業医につながることができ、面談の中で、自分にはさまざまな変化があったということに気がつきました。人間関係、リモートや出社などの働き方、新しい業務等などの転職に伴う変化、引っ越しと同棲開始に伴う通勤時間、生活時間、家での過ごし方などの変化などなどです。そして、それぞれはストレスではないものの、いろいろなことに上手に対応しようとする中で、自分に疲労がたまっていることに気がつきました。

Bさんは、平日は少し早めに寝るようにし、週末は多少疲れていても気分転換に出かけることを意識するようにしました。また、上司からの順調に慣れてきているという言葉を素直に受け取れたことなどが功を奏し、大事に至らずにすみました。

このように、明らかなストレスがなくても、生活の中で環境の変化が重なり疲労が蓄積することは往々に新年度などに見られます。原因はわからずともいつもと違う自分=体調不良を感じた時、Bさんはすぐに他人に相談できたこと、素直に周囲の言葉を受け入れ実践できたことがよかったのでしょう。

写真=iStock.com/Tomwang112
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tomwang112

約3年間におよぶ新型コロナ感染症によるマスク生活も3月からは個人判断となり、終わろうとしています。多くの人はマスクや行動制限のほぼない4年ぶりの春を、例年以上のやる気や期待を持って迎えようとしているのではないでしょうか。今日の話が、春の新生活開始に向けて、少しでもお役に立てば光栄です。

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武神 健之(たけがみ・けんじ)
医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス、アドビージャパン、Wework Japanといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。公式サイト
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(医師 武神 健之)