移籍先を模索も、思いも寄らぬ提案が――ヴェルディ育ちの小林裕紀が町田で新たな道を歩む「現役時代の自分を指導者として超えたい」
「この時期、毎年やってきたものとは違うことに取り組み、新たなサイクルを過ごしている点では新鮮さがあります。選手時代の名残で、始動の動きやキャンプなど周りの様子が気になるのかなと思っていたんですが、それどころではなかったですね。日々、指導者の仕事で覚えなければいけないことばかりで充実しています」
プロ12年間の足跡は、J1通算256試合4得点、J2通算43試合1得点。カップ戦を含めて、365試合6得点の堂々たる数字を残した。
現役時代を回顧し、小林氏はこう語る。
「2013年、ジュビロをJ2に落としてしまった申し訳なさはいまだに残っています。試合に出させてもらいながら、自分のパフォーマンスがチームにとって効果的なものにならず、勝つために何も貢献できない。それまでタイトルをバンバン獲って強豪の地位を築いたクラブを初めて降格させてしまい、僕自身はそのあと移籍をしていますし……。降格は2021年の大分でも経験し、力不足を感じました。残留争いにかかわることが多かったなかで、唯一、上位争いに立ち会えたのが2017年の名古屋。3位からプレーオフを勝ち抜いて昇格した経験は貴重で、大きなプラスになったと思います」
そもそも、なぜセカンドキャリアのスタートが町田だったのか。
「昨年、大分を契約満了となった時点では現役を続けるつもりでいました。まだプレーしたい意欲があり、身体も特に問題ありませんでしたから。ところが、新しいチームがなかなか決まらず、話が浮かんでは消えるという状況のまま年が明け、少し経った頃でしたね。思いも寄らなかったご提案をいただいたのが」
提案の主は、指導者の適性ありと見た町田の菅澤大我アカデミーダイレクター(以下、AD)だった。
菅澤ADは男女ともトップでの指導経験を持ち、特に育成年代のスペシャリストとして知られる人物だ。東京V、名古屋、京都、千葉、熊本での仕事を経て、2021年から同職。アカデミー部門をまとめ上げ、強化を主導している。小林氏は東京V時代の教え子のひとりだ。
