結婚後に、運命の男を見つけた女。「離婚するから付き合おう」と自信満々に告白した結果…
『20代のうちに結婚したほうがいい』
一昔前の価値観と言われようとも、そう考える女性も少なくはない。
そんな焦りにとりつかれ、30歳目前でスピード婚をした広告デザイナー・穂波。
しかし穂波は、すぐに後悔することになる。
「なんで私、焦ってプロポーズをうけてしまったんだろう」
私にふさわしい男は、この人じゃなかった――。
◆これまでのあらすじ
一樹に離婚をつきつけた穂波は、親友の花苗の家に泊まる。花苗に「颯斗と一緒になろうと思っている」と話したところ、軽蔑されてしまい…
朝、目が覚めると、真横から花苗の寝息が聞こえてきた。
「あ…そうか。花苗の家に泊まったんだ」
昨晩は、颯斗の話をして以降、ずっと気まずい雰囲気だった。
寝る直前に、花苗はこう言った。
「“離婚したら一緒になろう”って一方的に思ってる時点で、浮気よ。手も繋いでないからって許されないよ」
壁の時計は、6時50分を指している。
― これ以上、迷惑はかけられない。花苗が起きる前に出よう。
お礼のメモ書きを部屋に残し、スターバックスに移動した。
― さて、今夜からどこで寝よう。一樹がいる部屋に、帰る気にはなれないし…。
コーヒーを飲みながら考える。
― 颯斗が泊めてくれれば最高なんだけど…さすがに無理よね。颯斗には、まだ、佐奈がいるし。それに、一樹との結婚が破綻寸前だってことも、話せてないし。
結局、恵比寿のホテルを1人利用で予約した。
― 颯斗、昨日大丈夫だったかな。
佐奈の部屋まで行った結果、カギを開けてもらえず、追い返されたと言っていた。
彼のことを思うと、穂波は早く一緒になってあげたくて、うずうずする。
― 佐奈と早く別れてほしい。
颯斗への思いが募った穂波は、彼にLINEをする口実を探した。思いついたのは、仕事の相談という口実だ。
穂波：颯斗！デザイナーの仕事、紹介してもらえたりする？
返信は、数時間後に来た。
颯斗：お！じゃあ、今週末の土曜あいてる？俺の会社の周年パーティーなんだ。
パーティーには、業界のいろんなキーパーソンが来るという。
颯斗：デザイナーとして売り込んだら、たくさん仕事がもらえると思うよ！
会う口実を作りたかっただけなのに、よりによってパーティー、とテンションが下がる。
本当は2人きりで会いたかったのだ。
しかし、土曜に予定はなかったので「行く」と答えた。
土曜の13時。
ドレスアップして立食パーティーの会場に入ると、さっそく颯斗を見つけた。
― あ、颯斗！
駆け寄ろうとしたとき、知っている顔が目に入る。
― 横にいる、あの子…佐奈だ。
淡い黄色のワンピースを着た、華奢な体。薄めの顔。
実に10年ぶりの再会だ。
彼女は、大学生の頃とほとんど変わっていなかった。老けていない代わりに、特段、あか抜けてもいない。
「颯斗、佐奈、こんにちは」
笑顔で呼びかけると、佐奈はすこし緊張した様子を見せる。
「わ、穂波！すごい久しぶり。相変わらず綺麗で、どきどきしちゃった」
「ありがとう。佐奈も、全然変わってないね」
余計な嫌味を言わないように気をつけながら、この前颯斗と再会し、よくしてもらっているのだと説明した。
「うんうん。颯斗から聞いてるよ。ね？」
「ね」
佐奈と颯斗が、微笑み合った。
― あれ？この2人、うまくいってないって聞いてたけど…なんか順調そうじゃない？
そのとき、ちょうど颯斗が運営スタッフに呼ばれていった。
穂波は、直接聞いてみる。
「ねえ、颯斗と順調なの？」
「え？」
「前に颯斗と飲んだとき、言ってたのよ。佐奈とうまくいってないって。連絡を無視されたり、冷たい態度とられたりするって」
穂波は「ああ」と苦笑いした。
「まあ…実はちょっとね」
「なんかあるの？でも、2人でパーティーに来てるし、仲良さそうね？」
「いや…。今日も私、仕事の関係でお呼ばれしたから来てるだけなの。仕事じゃなかったら、来てないよ」
佐奈は「あ、今の颯斗には言わないで。面倒なことになるから」と焦ったように付け加える。
佐奈は、颯斗に対してかなり淡白だった。2人が別れるまで秒読みだと、穂波は内心にんまりする。
「じゃあ、佐奈的には、もう別れたいってかんじ？」
「うーん。でも、ちょっと事情がね」
「事情？」
「なんていうか、颯斗ね、私のことをすっごく好きなの。だから、別れるのも大変で」
― なにそれ。
「身のほど知らず」と穂波は心の中でつぶやく。
この冴えない子が、そんなセリフを言うなんて。そう思ったとき、見知らぬ高身長の男性が、近づいてきた。
「はじめまして」
ブラウンの上質なスーツを身にまとったその男性は、挨拶をしてからなぜか小声で言う。
「颯斗くんとはどのような関係で？」
「えっと、私はクライアントで。1年ちょっと前に、広告を仕切ってもらいました」と佐奈が答えた。
男は、穂波も佐奈の同僚だと思ったのだろう。穂波の自己紹介を待たず、名乗りだす。
「私は、広告代理店でクリエイティブディレクターをしているんです」
名刺には、名の通った大企業の名が書いてある。30歳半ばくらいに見えた。
「それにしても、随分なパーティーですね。大盛況で、僕、驚きました」
そう言うと、会場前方のスクリーンに目をやった。スクリーンには、颯斗の広告事務所が手掛けた案件が、スライドショー形式で流れている。
「…やっぱり、あんまりいい仕事だとは思わないんだよな」
「え？」
「なんか、どこかで見たような仕事ばっかりじゃないですか？自分がないっていうか。たぶん、颯斗くんは、評価を気にしすぎるんだろうね。だから、ああいう、ありきたりな表現になる」
「なんでそんなことを私たちに？」
穂波は、不快な表情でその男に聞く。
「僕が言いたいのは…彼、大成しないですよ。ついていかないほうが賢明だと、僕は思います」
― なにこの人。黙っていられない！
颯斗をかばおうと言葉を探していると、なぜか佐奈が少し笑った。
「はは、そうかもしれませんね」
穂波は目を丸くする。佐奈が、こんな男に同調するなんて、信じられない。
「たしかに、わかります。あの人、自分がなくなってる」
「でしょう？」
男は、しばらくして、満足げに去っていった。
「え…なんで言い返さずに、同調したの？」
佐奈は、黙ったままうつむいた。
「佐奈、ありえない。そんなに愛がないなら、早く別れてあげてよ」
― ほんとうに、こんな子のなにがいいの？私が彼女だったら、ガツンと言い返したのに。
遠くのほうに颯斗の姿が見えた。数人のスーツ姿の男性に囲まれ、談笑している。
たまらなくなった穂波は、ヒールをカツカツ鳴らし、そのほうへ近寄っていく。
「颯斗！」
「ん？穂波、どした？」
穂波は、颯斗の腕をつかんだ。そして、彼を無理やり会場の外へと連れ出す。
途中、佐奈と目が合ったが、佐奈は無反応だった。
ロビーを抜け、誰もいないガーデンテラスへと出たところで、勢いよく告げる。
「今ね、佐奈と一緒にいたら、広告代理店の人が来たの。その人、颯斗の仕事をボロクソに言ったのよ。そのとき、佐奈、なんて言ったと思う？」
「あの子、『たしかに、わかります』って言ったのよ。その男に同調したの。どう思う？」
「…どう思うって？」
「最低でしょう？颯斗、あんな子のどこがいいの？」
さすがの颯斗も、佐奈の対応には興ざめするだろうと思った。
しかし、颯斗は顔をゆがめ、面倒そうに言う。
「…佐奈の悪口を言うんなら、帰ってくれない？」
「え？でも…」
戸惑いつつも、穂波は、今こそ本当の気持ちをぶつけるべきタイミングだと悟った。
「あのね…報告がある。今の旦那と、離婚を考えてる」
「え？」
「離婚する。だから、一緒にならない？私なら、佐奈なんかより、颯斗を幸せにできると思う」
自信に満ちた穂波の目が、輝く。
しかし颯斗は、その視線から逃げるように、背を向けて歩き出した。
「待ってよ」
その背中に、呼びかける。
「わかるよ。佐奈の気持ちを、どうにか自分のほうを向かせたいって躍起になるのはわかる。でも、考えてみて」
颯斗は、背を向けたまま、足を止めた。
「考えろって、なにを？」
「佐奈といるより、私といたほうが幸せになれると思わない？だって私たち、すごくしっくり来ない？」
「穂波」
颯斗は、振り返った。その表情には“迷惑”の感情が滲み出ている。
「俺さ、穂波が仕事のコネを見つけられるように、招待したんだよ。なのにここで、急にそんな話されても困るって」
「え…」
「穂波は、古い友達だし、既婚者だし、だから純粋な友達になれたと思ってた。でも、なに？もしかして、なんか勘違いさせちゃった？」
颯斗は、ガーデンからロビーへと戻るドアに手をかけた。
「前に俺、穂波のこと昔好きだったって言ったよな。あれが、悪かったのかな。なんにせよ、勘違いさせたなら謝るわ」
「颯斗…」
颯斗は、会場へと戻っていく。
あまりにも、予想外の反応だった。
確実になびいてくれると期待していたからこそ、顔から火が出るような思いだ。
「…帰るわ」
穂波は早足で、クロークへと向かった。
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▶1話目はこちら：スピード婚は後悔のはじまり…？30までの結婚を焦った女が落ちた罠
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颯斗を諦め、一樹のもとへ帰ることにした穂波。しかし玄関に、一足のヒールが…
