■「職場では『将来どうなるのか』と混乱している」

JR東日本が鉄道人員4000人を縮小し、不動産などに再配置するという。この衝撃的なニュースを報じたのは8月31日付日本経済新聞(電子版)だ。JR東日本の深澤祐二社長は日経の取材に対し、鉄道事業の運営に必要な人員数を現在の約3万4000人から今後、3万人未満に減らし、不動産や流通などの成長分野へ回す方針を明らかにした。

写真=iStock.com/coward_lion
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一見すると駅員や乗務員4000人がまとめて畑違いの部門に転属させられるかのような印象を抱くタイトルだ。

同社の組合のひとつ「JR東日本輸送サービス労働組合」は9月5日の機関紙で、説明もないまま報道が先行したことで「職場では『将来どうなるのか』と不安の声が出され掲示もされず混乱している」と会社を質(ただ)している。

これに対し会社側は、2018年公表のグループ経営ビジョン「変革2027」を踏まえた内容であるとして、削減は退職の他に、ワンマン運転・自動運転などの業務の効率化によって実現。配置転換にあたっては面談で意向を把握し、一方的かつ強制的には行わないと説明したそうだ。

■「運輸」と「運輸以外」の収益比率を5:5に

同社のコーポレート・コミュニケーション部門に話を聞くと、削減の明確な期限は定めておらず「社会の急速な変化等を踏まえながら適切なタイミングで達成できるよう検討」するとしつつも、「将来的に運輸と運輸以外の収益比率5:5を実現する観点から、鉄道事業の効率化によって生じた余力を成長分野で活用し、運輸、生活サービス、IT・Suicaの3事業を融合させてシナジー効果を高める」と説明した。

要員削減は基本的に定年退職等の自然減で対応しつつ、「社内公募制を含め、人事異動により当社グループ内の労働移動を促進していきたい」としており、日経の見出しから受ける印象とはトーンがやや異なる。

会社が仕掛ける大きな「改革」を現場の社員はどう受け止めているのだろうか。同社社員に話を聞くと、非鉄道部門に回されるのではないかという不安と動揺がありつつも、同時に諦めに似た空気が漂っていると語る。

JR東日本は、最大労組であった東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)が2018年に分裂し、社員の大多数が非組合員となって以降、同一業務が10年を超えないように異動または担当を変更する「新たなジョブローテーション」、従来の枠組みを超えて複数の業務を兼務する「現業機関における柔軟な働き方」制度などを立て続けに導入してきた。

■「鉄道員」だけの仕事はどんどん減っていく

すでに車掌と企画などの事務部門を兼務する社員が誕生しており、2021年5月30日付日本経済新聞(電子版)は、横浜支社の企画部門に所属する女性社員が週に一度、朝8時から10時半まで車掌として乗務し、その後は支社で荷物輸送の企画業務に携わっている事例を伝えている。

こんな短い時間だけ乗務する必要性はあるのかと思うかもしれないが、要員的には重要な意味を持つ。というのも鉄道運行において人員を最も要するのは運転本数が最大の朝ラッシュ時間帯だが、そのためだけに乗務員を確保するのは効率が悪い。

そこで要員1に対して専任乗務員を1人置くのではなく、5人の兼任乗務員が「朝ラッシュ限定の助っ人」として0.2ずつ引き受けることで、要員に対する社員数を削減することができる。兼任で安全・安定輸送の維持は可能かという批判はあるだろうが、考え方としてはそういうことだ。

このような生産性向上という名を借りた労働強化を伴う「新たな働き方」により鉄道事業を効率化し、余剰人員を不動産などの成長分野に振り向ける。現場社員は複数の業務を兼任する過酷な鉄道事業か、畑違いの非鉄道事業にジョブローテーションで送り込まれる、というのが現場社員の恐れる「最悪のシナリオ」だ。

■そもそも国鉄時代の社員が多すぎた

JRは発足以来、鉄道運行に必要な人員の削減を進めてきた。JR東日本の会社要覧によれば、2002年(4月1日現在、以下同)の系統別社員数は、駅員などが1万3440人、車掌が6030人、運転士が7170人だった。これが2019年(2020年以降は非公表となった)は、駅員などが1万530人、車掌が5600人、運転士が7360人となっており、駅員が約3000人削減されたことが分かる。

JR発足時まで時計の針を巻き戻せば、約7万1800人いた鉄道現業職は35年間で3万4000人まで減少した。これは自動改札機導入などの省力化、保守作業の省メンテナンス化などの合理化を進めた結果だが、そもそも国鉄から本来必要な人員を大きく上回る職員を継承したという事実は無視できない。

多すぎた国鉄採用の社員は年を経るごとに定年退職していく。新規採用者数は常に退職者数を下回ったので、社員は自然と減っていった。4000人削減と聞くとインパクトが大きいが、2017年に3万9890人いた鉄道現業職は、2021年には3万5640人となっており、実は過去5年ですでに4200人減っているのだ。

■改札口の無人化やワンマン運転も増えている

今後5年間も同じペースで自然減となれば誰一人、鉄道の現場を離れることなく目標が達せられるのだが、残念ながら状況は大きく変わる。国鉄は1982年を最後に新規採用を停止しており、同年に高卒で入社した人は2024年に60歳を迎える。つまり国鉄採用者がほとんどいなくなる。2017年に1万4190人いた55歳以上の社員(鉄道以外も含む、以下同)が、2022年には4200人まで減っていることもこれを示している。

退職者数が減るなら新規採用を抑制するしかない。同社はコロナ以前、中途を含めて毎年2000人弱の新規採用を行ってきたが、2021年度は約1400人、2022年度は約700人、そして2023年度は約500人と年々、削減している。

今後も同程度で推移するのであれば5年間で2500人、2027年までに退職する4200人から差し引いて1500人程度の減少となる。とりあえず計算できるのはここまでだ。

要員数自体の削減は今後、さらに加速するだろう。近年は「みどりの窓口」の閉鎖(券売機への置き換え)や改札口の無人化を進めており、駅業務の一部ないし全部をグループ会社・JR東日本ステーションサービスに委託する動きも広がっている(委託駅は2013年度の148駅から2020年度は336駅に増加した)。

乗務員については車掌が乗務しないワンマン運転を地方ローカル線だけでなく首都圏ローカル線にも拡大しており、山手線や京浜東北線などの都心線区でも2025年以降の導入を検討中だ。また山手線や新幹線でドライバーレス運転を実現するための自動運転技術の開発も着々と進んでいる。

筆者撮影

■「鉄道」と「非鉄道」=2:8のような働き方も

この他、車両や線路、電気設備についても省メンテナンス化が進んでいる。また今後は決まった期間で定期点検する「TBM(Time Based Maintenance)」から、オンラインで常時状態監視することで必要に応じて点検・修理を行う「CBM(Condition Based Maintenance)」に転換して、保守に必要な人員とコストの削減を図る。

では残り2500人はそのまま鉄道から引き離されるかというと、そう単純な話でもない。今回、削減の方針が示されたのはあくまで「要員数」であって、鉄道現業に就く社員数が同数、削減されるとは限らない。国鉄採用職員の事例で見たように、社員数が要員数に先んじて減ると仕事が回らなくなるため、社員数は要員数を追って減少する。

また前掲の日経新聞の記事にあったように、企画部門の社員が乗務員を兼務し、業務をシェアリングする形の要員削減も考えられる。この場合、鉄道部門か非鉄道部門かではなく、前者の割合が2割、後者の割合が8割というような働き方になるのかもしれない。

そもそも「4000人」という数値はJR東日本単体の目標値であって、グループ会社は含まない。つまり委託駅の増加は、連結要員数で見れば変わらないが、単体では要員数の減少につながるのだ(過渡期は本体の駅員が出向することで、要員数と社員数のギャップを吸収することも考えられる)。

■「鉄道を支えるプロ」から「地域社会に貢献する人材」へ

今後はこうした働き方が当然のようになっていくのだろう。ここまで便宜上、彼らを「現業職」と書いてきたが、もはやそのような表現では業務の一面しかとらえることはできなくなる。

JR東日本は今後の現業機関のあり方について「お客さまに近い現業機関に権限を委譲し、これまで専(もっぱ)ら鉄道の運行に関する業務に従事してきた現業機関の社員が、系統を超えた業務や企画業務に携わる体制」を目指すと説明している。

事実、JR東日本は2020年度採用から、従来「鉄道を支えるプロとして、地域に密着し、現場第一線で活躍」するための職種としてきた「プロフェッショナル採用」を、関東・甲信越、東北の各エリアを軸に、地域社会の発展に貢献する人材としてマネジメントに携わる「エリア職」に改めた。

今後、入社する若者たちは多様な働き方に魅力を覚えるかもしれない。また、そうした適性を加味した採用が行われるのだろう。だが、これまで「鉄道を支えるプロ」として採用され、従事してきた社員が戸惑うのは無理もない。

■業界の働き方を根底から変えるかもしれない

鉄道は長らく人海戦術による「労働集約型産業」として運営されてきたが、民営化を背景とした効率化・高付加価値化と、今後の人手不足への対応から、少数の従業員が機械や設備を駆使して価値を生み出す「資本集約型産業」へと姿を変えており、さらに非鉄道部門を開発・成長させるために、社員に「知識集約型産業」としての役割を求めていこうというのである。

現在のところ、こうした動きはJR東日本の他には見られない。組合が事実上機能していない同社だからこそ可能な話で、それ故に危うさも感じさせるのだが、「鉄道員」のあり方を根底から変えるかもしれない壮大な「実験」に興味がないと言えば嘘になる。

というのも、JR東日本のように非鉄道部門まで兼務させようとするかは別として、コロナ禍による収益構造の変化や少子化による働き手不足に対応していくためには、程度の差はあれ、どの事業者も社員のマルチタスク化、業務の高度化を進めなければならないことに変わりはないからだ。それがどのように受け入れられ(あるいは受け入れられず)、どのような成果を生み出すのか、各事業者の経営層も大いに注目しているはずだ。

もっとも現場の問題は「実験」では済まされない。鉄道は良く言えば経験工学、悪く言えば前例主義で、ドラスティックな改革には副作用が大きい。現場の仕組みを大きく変えれば、元に戻すのは容易ではなく、安全やサービスに影響を及ぼしかねないからだ。JR東日本には功を焦らない慎重さと、問題の予兆があった際はすぐに改める謙虚さを求めたい。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。
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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)