史上最年少三冠王へ。ヤクルト・村上宗隆は松井秀喜を超えたか?
ヤクルト・村上宗隆の快進撃が止まらない。8月2日の5打席連続本塁打はもとより、8月20日には今季初めて打率トップ(3割2分9厘)に立ち、44本塁打、107打点とあわせて打撃三冠に。こうなると同じ高卒で左のスラッガー、松井秀喜(元巨人ほか)を超えたのでは、との声も聞こえてくるが、はたして? ヤクルトのOBで、コーチも歴任してきた伊勢孝夫氏が分析する。
アウトコースへの瞬間的な反応は松井より上
インコースを徹底して攻められ、その結果、ボールが先行すれば勝負してもらえず一塁へ歩かされる。それでも我慢して本塁打、ヒットを叩き出している東京ヤクルトスワローズの村上宗隆(22)は本当に成長したと思う。打率も上昇傾向で、いよいよ史上最年少での三冠王獲得も現実化してきた。
本塁打と打点は、まず問題はないだろう。残る打率は好不調で数字が上下するから最後まで油断は禁物だが、村上の場合は可能性十分と見ている。
その要因は、村上の持つ柔軟さにある。豪打でならす村上だが、彼の本当の持ち味はライトへのパワフルな本塁打ではなく、レフトに放り込むテクニックにあるのだ。
相手バッテリーが初球、2球目とインコース胸元を攻める。ボールになってもいいから、とにかくインコース、それも胸元の高さを突くことでのけぞらせ、スイングする姿勢を崩そうとする。
同時にインコースを続けて視覚的にも印象を与えることで、外角をより“遠く”見せる効果もある。そして3球目、あるいは4球目をアウトコースに配して打ち取る。これが村上、いや強打者への基本的な攻め方だ。
ところが村上の場合、のけぞらされてもアウトコースをしっかりと捉えるテクニックを持っている。それだけではない。捉えた上で、しっかりと叩き、かつレフト方向に大きな打球を飛ばせるのだ。これは言葉で表現するほど簡単なことではない。
評論家によっては「逆方向に流し打った本塁打」と表現することがある。右打者ならライトへ、左打者ならレフトへの打球だ。しかし、私はそうした表現は間違いだと思っている。経験も含め、逆方向に流して本塁打など絶対に打てないからだ。
私なら「逆方向に引っ張る」という表現になろうか。言葉の使い方としては正しくないかも知れないが、方向は二の次で、なにより「引っ張る感覚」でボールを叩かないと、100メートル彼方の外野スタンドまでボールを飛ばすことなど不可能なのだ。
村上は、それが出来る数少ない打者だ。インコースに狙い球を絞っていても、アウトコースに瞬間的にバットを向けられる反応は天下一品だ。そう考えると、たしかに村上は、松井にはなかったテクニックを持っているともいえるだろう。飛距離こそ松井のほうが上にも思えるが、器用さという点では村上が秀でている部分も多いと思う。
村上の”ホームラン確信バット投げ”への苦言
思えば、巨人に入りたての頃の松井は、とにかく苦労していた。前述のような強打者の通過儀礼としてのインコース攻めに遭い、左投手の外角への変化球にはバットにかすりもしない空振りばかり。プロの投手の制球力の凄さには恐れ入ったことだろう。
とくに松井は甲子園でその名を轟かせての巨人にドラフト1位での入団だった。凡人には想像もつかないほどの重圧の中でプレーしていたとも思う。
その点、同じ1位とはいえ村上は“外れ1位”。球団も巨人ではなく自由さ、アットホームさが売りのヤクルトだ。精神的にもどれだけ村上の方が楽だったかは、私自身が実際にヤクルトでプレーやコーチをしていただけにわかる。
だが、こうした技術面だけで、村上が松井を超えたというのには違和感を覚える。たしかに松井はレフトへの本塁打は少なく、ほとんどがセンターからライトだった。しかし打てなかったのではない。打たなかったのだ。
松井は当てただけのレフト前のヒットを望まず、ライトに引っ張ることにこだわった。それは強打者、4番打者のプライドによるものだ。それでいて日本で332本、メジャーでも175本の本塁打を残した。
精神面も2人には大きな差があると思う。例えば村上は、打った瞬間に本塁打とわかったとき、ゆっくりと一塁に向かう。そのとき、必ずといっていいほど右手に持っているバットを横にして、ポーンと一塁ベンチ方向に投げる。まるで映画の決めポーズのようだ。
だが、私に言わせればあれはいただけない。大事な商売道具を放り投げるとは何事かと思うし、そもそも相手へのリスペクトに欠けた行為ともいえるだろう。
昭和の考え方を押しつけるつもりはないが、少なくとも、松井があんな決めポーズをしていた記憶はない。時代が違うと言われればそれまでだが、そんな村上が「松井を超えた」と言われるのには、まだまだ賛同できない。
“村神様”だって? 十年早いわ。これはチームの大先輩だった私の、苦言と取ってもらえたらありがたい。
村上の三冠王のチャンスは打率次第ということになるが、よほどの技術的スランプに陥らない限り、可能性は高いと予想している。チームが優勝争いの渦中にあり、勝利優先で打席に邪念を持ち込まなくて済む。緊張感、集中力も持続するから、優勝争いの重圧は、むしろ好都合かも知れない。三冠王のチャンスなど、いつも訪れるものではない。狙えるときに狙うべきだ。
しかしその重圧の中で、今一度、かみしめて欲しいと思う。4番というもの、リーグを代表する打者というものの価値を。それとも、バットを投げてカッコいいと思っているようなまだ22歳の若者に、そうしたものを求めるのは酷だろうか。
構成/木村公一 写真/小池義弘