※この記事は2022年03月15日にBLOGOSで公開されたものです

ロシアのウクライナ侵攻から2週間が経過した3月9日、日本記者クラブで、東京大学先端科学技術研究センター専任講師でロシアの軍事戦略を専門とする小泉悠氏が、プーチン大統領の思惑やロシアとベラルーシとの関係性、ウクライナに今後考えられるシナリオについて1時間40分にわたって語りました。

BLOGOS編集部では全編を文字起こしして会見の内容を紹介します。

会見の後半はこちら
【全文文字起こし②】ロシア軍事戦略の専門家・小泉悠氏がウクライナ侵攻を解説

まず会見冒頭で小泉氏は、今回の侵攻を“戦争”と認めていないロシア側の説明について解説。ユダヤ人のゼレンスキー大統領が率いる政権をプーチン氏は「ナチスそのもの」と表現するなど、“あまりにツッコミどころが多い”と疑問を呈します。

一方で、ロシア側のロジックには、プーチン氏が論文で示していた「ロシア中心主義的」な主権観が表れているといいます。

また小泉氏は、侵攻当初は「もっと早くロシアは勝つだろう」と考えていたことを明かします。

これまでのロシアの軍事思想や演習に基づいて考えると、今回の侵攻当初の動きは「不可解」だと指摘。その後も「グズグズ、グズグズ、中途半端な侵攻」といった展開になっているといいます。

一方、専門家として意外だったのは、ロシアに協力するように立ち回るベラルーシの存在でした。ベラルーシでは、核を持ち込ませないことなどを規定した憲法18条が、先月末の改正で削除されてしまっていました。

トピック
・ロシア側が「戦争」と認めないロジック
・プーチン大統領の軍事思想を読み解く論文の存在
・腑に落ちないプーチン大統領の行動
・ウクライナ侵攻に想像以上の時間を要している背景
・決して弱くはないウクライナ
・意外だったベラルーシの立ち回り

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共同通信社

ただいまご紹介に預かりました、東大先端研の小泉でございます。どうも本日よろしくお願いします。いま杉田さんからお話ありました通り、大体ロシアのウクライナ侵攻から2週間ぐらいが経とうとしているわけですね。当初ロシアが攻め込む直前であるとか、攻め込んだ1番最初の時期というのは本当に世界がショックを受けて、私のところも1分おきに電話が鳴ってるようなものすごい注目を集めたわけですけども。そこから2週間経ってみると何となくの方向性といいますか、全く何もかも訳が分からないという感じではなくなってきたように思います。ある程度ショックから冷めてきたといいますか。ですのでこの事態を立ち止まって全体を見渡してみるのにちょうどいい時期なのではないかと思っています。

戦争とは認めないロシア

これは戦争なんですよね。当たり前じゃないかといえば当たり前なんですけど。つまり戦車が投入されて、戦闘爆撃機が爆弾を落として、巡行ミサイルが発射されて。それを戦争といわなければ何なんだという話ではあるんですが、ところがロシアはこれを戦争と呼んでいないんですよね。あくまでも特別軍事作戦であるというふうにしか言っていなくて。

ロシアのメディアでもこの今回の件を戦争というふうに呼ぶと当局から指導が入ったりとか、睨まれるという状況になっているわけですね。これは何なのかっていうと、要するにロシアの言い分としては、戦争と呼んでしまうとこれは国連憲章違反になってしまうということなんだと思うんですよね。つまり何か問題があるときにそれを戦争で解決しようとする行為というのは基本的に戦後禁じられてきたわけです。

それに対して、ロシアの言い分は何かというと、いくつかあるんですけど、ひとつは今のウクライナのゼレンスキー政権がウクライナの中にいるロシア系住民を組織的に虐殺しているんだということですね。なので今のゼレンスキー政権はナチスなんだというふうにロシア側は言っています。これは開戦前にプーチン大統領が行った2つの演説の中ではっきりナチスって言っているんですね。ナチス的ではなくてナチスそのものなんだというふうに言っています。でもこれもおかしな話で、ゼレンスキー大統領はユダヤ人ですからね。ナチスっていうことはないと思うんですが、しかしそうだと言っている。

もうひとつはウクライナが核兵器を密かに作っているんだっていうことを今回プーチン大統領は主張しています。これは核兵器を、核拡散の脅威があって、これはロシアとの関係のみにおいてではなくて、ヨーロッパにもアジアにも脅威になる問題なのだと、これもプーチン大統領ははっきり述べています。こういったような理由から今はウクライナの政権の存在そのものが危険なのだっていうことなんですよね。だからつまり何か問題解決をしにいくというよりは、その危険を除去する。ロシアと国際社会にとって危険なものを排除しにいく自衛的な行動なんだと。だから特殊作戦なんだというふうにロシア側のロジックは組み立てられているわけです。

ツッコミどころが多いロシアのロジック

これは反駁しようと思ったらあまりにもツッコミどころが多い話ではあって、さっきのそもそもユダヤ人のゼレンスキーをナチスと呼ぶ杜撰さとかもそうですし、じゃあウクライナ東部でロシア系住民が虐殺されてるというんだったら、何で今までそれを国際社会に訴えなかったんですかっていう話ですよね。

これはこの前テレビに、ロシアのガルージン大使と小野寺五典元防衛大臣が出られたときにもまさにそういう話になっていましたけど、そんなことが行われているんだったら、ナチスのユダヤ人虐殺に匹敵するようなことが行われているんだったら、なぜロシアは国連常任理事国として、公式に国連の場とかに持って行って解決しようとしなかったんですかっていうのは当然疑問が浮かびますし、核兵器を作っているんだったらこれも同様ですよね。なんで今まで黙っていたんですか、開戦3日前の21日になって初めてそんなこと言い出したんですかということは聞いてみたい。

それからIAEA自身がウクライナの核開発疑惑というのは、そういう兆候は判明していませんと否定しているということで、どちらかというとやっぱりこういった様々な開戦直前に持ち出されてきた理由というのは相当方便に近いんじゃないかという印象を持たざるを得ないわけです。少なくともそれに関して説得的な証拠というものはロシア側から示されていないわけですね。

他方で何か他にロシアの真意があるだろうというのは当然恐らくそうなんだと思っています。ロシア自身、多分、ドンバスでロシア系住民が虐殺されていると思っているわけではないんだと思うんですよね。

プーチン氏の論文から見えること

そういう観点でいうと、よくいわれるのは昨年7月12日に発表されたプーチン大統領の論文ですね。プーチン大統領はときどき論文を書くんですよね。もちろんこれは学術的なものではないんですけども、例えば1999年大統領代行になったときですね。つまりこれから大統領になるというときに書いた「千年紀のはざまにあるロシア」という論文であるとか、2012年、つまり首相から大統領に復帰してくるときですね。そのときに選挙キャンペーン中に書いた7本の論文があって、これはいわゆるプログラム論文と呼ばれている、つまりこれから先2012年から先の私の任期でこんなことをやりますということを分野別に色々書いたんですね、プーチンさん。国防とか経済とか、社会と旧ソ連政策とか色々あったわけですけども。

そういった形でこれまでプーチンさんは自分の考えっていうのを文章にして体系的に述べることを好むリーダーだったと思います。今回も書いてきたんですけど、ちょっと異例だなと思ったんですね。いま申し上げてきたようにプーチンさんが長い論文を書くときというのは、キャリアの節目なんですね。これから自分の任期を始めるにあたって、こういう方針でやるということを示す。

政策綱領的にものを書くということが多かったと思うんですけど、今回は去年、つまり2021年7月ですから、大統領選まではまだ先ですよね。大統領選は24年3月ですから、そういう選挙キャンペーンの時期というわけでもない。そういうときにこれから先何をする、というよりは、去年の7月のプーチン論文というのはずっと過去を振り返っているわけですね。過去を振り返って、あれ多分本当にプーチン大統領は自分で一生懸命歴史の本を読んだんだと思うんですよね。大統領府のペスコフ報道官も大統領はこのコロナ禍の間に相当歴史の本を読んだのだということを言っていますから、多分プーチン大統領は自分で勉強して、それの成果としてああいうものを書いたんでしょうが。

言っていることは歴史的に見てつまりロシア人とウクライナ人というのは分けられないのであると。不可分の同じ民族なんだということをその中で主張しているわけですね。私は歴史学者ではないのでここでプーチンさんがいっていることがどのくらい正当なのかどうかっていうことは何とも判断しがたいんですけれども、そういうことを言った上で何を主張しているかっていうところは論じられると思います。つまり今存在するウクライナというのはボリシェビキのときに作った行政区分にすぎないと。それがソ連崩壊によって独立して国家になってしまったんだとプーチンは主張するわけですね。私なりの言葉にすると、ウクライナっていうのはあれは手違いで独立国になっているんだっていうニュアンスが非常に強いわけです。

さらに現在のウクライナ政権に関してプーチンは何て言っているかというと、本来我々はこんなにも近しい同一の民族である、ソ連崩壊後も協力は続けてきたのに、現在のウクライナの政権というのは完全に西側の手先になり下がっているではないかと、強い憤りを示すわけですね。例えば政治的に見てもアメリカ、EUに完全に従属させられてしまっているであるとか、ゼレンスキー政権は非常に腐敗していて、ウクライナの富をみんな西側に流しているんだとかですね。それから軍事的にいうとNATOにこそ加盟していないかもしれないが、アメリカの軍事顧問団が入ってきているし、いずれロシアを脅かすようなミサイルが配備されるかもしれないではないかと。プーチンは細かいミサイルの名前も挙げながら論じているんですよ。「SM6を配備すれば」とかですね。以前からプーチンさんは軍事とか核抑止の問題には関心があるんだろうなと思っていましたけど、この論文なんかを読んでも彼なりに関心を持っているんだろうということが再確認されたような気がします。

で、いずれにしてもそういったことを並べ立てたうえで、最終的な結論としては、いまこんな状態なのでウクライナの主権というのは西側によって不安定化させられているのである。で、ウクライナが真に主権を取り戻そうと思ったらそれはロシアとのパートナーシップを通じてしかないのであるというふうに論じているわけですね。これはつまり西側の手先になっているからウクライナは主権が不安定化させられている、まあこれは分からないわけじゃないですよね。

「同盟に入る国、大国に頼る国に主権はない」

それにプーチンさんは以前、ドイツは主権国家ではないと言ったことがありますよね。2017年だと思いますけど、つまりそのときにプーチンが述べたことというのを要約すると、どこか同盟に入っている、大国に頼っている国というのは、フルで主権を持っていないのだと。自分で自前で安全保障を全うできる国だけが本当の主権国家なのであって、それは一例としてそのときプーチンが挙げたのはインドと中国なんですよね。要するに非同盟の核保有国だけが本当の主権国家であるということをプーチンは言ったことがあります。だからそういうプーチン的な世界観とか、主権観とかからすると、西側に頼ろうとする、つまり欧州大西洋世界との統合を志向するウクライナというのは自ら主権を放棄した、あるいは西側によって主権を奪われた国であるということになるのかもしれません。ロシアのロジックでいうとですね。

だけどそこでウクライナが主権を取り戻すためにはロシアとのパートナーシップを通じてしかないのだというのはどう解釈するかっていうのはなかなか難しいと思うんですよね。つまりここまで申し上げたようなロシア的主権観からするならば、ロシアとのパートナーシップ、つまりロシアとウクライナを1:1で比べたら圧倒的にロシアの方が強いわけですよね。それはつまりロシアによって今度は主権が制限されるっていう話になるんじゃないかと思うんですけど、プーチン論文の中ではそれこそウクライナが本当に主権を取り戻す道なのだというふうに言われているわけです。

だからこれはそもそもロシアとウクライナは一体なんだということを受け入れろと。そうすればロシアの一部として強い主権を発揮することができるという話なのだろうというふうに私は解釈しています。いずれこれはどういう意味なのかはそのうちもしもプーチンが語ってくれたらいいなと思いますけども、今は恐らくそういうことをプーチンは語ってくれる雰囲気はないので、私の解釈でこういうふうに今のところ理解しておきたいと思います。

ですからここで言っていることっていうのは、確かに非常に大国中心主義的であったりとか、ロシア中心主義的であったりはしますけど、恐らくロシア取材なんかされてきた方にとってはそんなに別にびっくりするような内容ではないと思うんですよね。昔からロシアの民族主義者たちはこういうことを言ってきたし、ロシアの思想界の中にも連綿とこういう思想というのはずっとあったわけですよね。

思想と実行は別のはず

だからそういう思想は、思想として分かりますと。ただこのプーチン論文と、実際に今ロシアがやっている戦争の間には本来ものすごく大きな距離があるんだと思うんですよね。例えば日本の政界を見ていても、ものすごく保守、極端な保守的な思想をもった議員の方というのはおられるし、逆にものすごく極左的な思想を持った人というのはいるわけですよね。いて、そういうことを口に出したりもするけれども、実際にそれを実行するかというと、その間にはまだものすごく距離があって、党内の調整とか、外国との関係とか、そんなことをしたら金があるとかないとか、そのような問題が普通発生するわけですよね。だからできない、あるいは現実的に自分たちの思想を現実と折り合いをつけて、何らかの政策という形で妥協点を見出すんだと思うんですよね。

ところが今回プーチンがやったこと、2月24日からやってることっていうのは、まさに7月12日の非常に大ロシア主義的な思想の濃いことを本当に実行にそのまま移している、そんなような感じがするんですよね。つまり色んなことを言っているけども、要するに今のゼレンスキー政権を打倒して、またこのロシアが強い影響力が及ぶような国、とても悪い言葉を使えばロシアの属国にウクライナを戻したい、そういうような意図をもってやっているようとしか思えないわけです。

なのでプーチンが何を考えているかは自分で論文の中ではっきり書いている。実際にやっていることもよく分かる。だけどそれを本当にやりますかね?というのが私としては非常に腑に落ちない部分であるわけです。つまりこれまでだってプーチンはこういう思想を多分持っていたわけですよね。こういう思想自体は持っていて、度々そういうことの片鱗を口に出すこともあったけれども、そこは彼は老獪な政治家であり、元KGBの将校であり、そうそうめちゃくちゃなことはしてこなかったわけです。ものすごく冒険的なこととか、国際的な非難を浴びるようなことはするにしてもそこは逃げ回れるような余地であるとかっていうのは残しながらやってきたから、どちらかというとこれまでロシアが騒ぎを起こすたびに、逆にロシアの国際的なプレゼンスが高まってきたわけですよね。

やはり2014年の最初のクリミア併合のときはロシアが単なる新興資源国とか新興市場国ではなくて、やはり地政学的なプレイヤーなんだっていうことをまざまざと見せつけたんだと思いますし、それから2015年のシリア介入、やはり中東の問題はロシアに一言話を入れなければ何も動かない、アメリカでさえ中東の問題ではロシアと協議しなければいけないという状況を作り出したんだと思うんですよね。

それに対して今回ロシアがやっていることっていうのは何かロシアに益をもたらしているだろうかっていうと、全くそんな感じがしないわけです。

もっと早くロシアが勝つと思っていた

私の専門であるロシアの軍事の話から申しますと、私は正直言ってこの2月24日に戦争が始まってその2週間後にどこかで講演をするとして、その戦争を現在進行形のものとして扱うとは思っていなかったんですよね。というのは、もっと早くロシアは勝つだろうと思っていたからです。

ご存知の通りですけど、地図を見てもらうと分かりますけど、ウクライナの首都キエフ、そして第2の都市ハリコフ、これはウクライナの非常に北側にあるんですよね。ロシア国境とかベラルーシ国境の間近にある。ベラルーシからキエフまでが大体90キロくらい。直線距離にして。ハリコフに至ってはロシア国境から30キロくらいしかないというところです。

今回ここにロシア軍が、戦争直前のバイデンの発言によると15万人くらいといわれる兵力を集めていました。今、15万人ってどのくらいのものかっていうと、陸上自衛隊まるごとくらいなわけですけども、ロシアの軍隊って全部で90万人くらいしかいないんですよね。定数で言いますと、ロシア軍は101万3628人、これに文民等加えて190万人くらいということになっているんですけど。

どこの役所もやはり定数いっぱい人間というのは充足してもらえないというのは万国同じでございまして、結局101万人に対して90万人くらいと見積もられています。去年12月のロシア国防省の拡大幹部評議会の報告では、ショイグ国防大臣が充足率92%というふうに言っていましたから、多分92万数千人というところなんじゃないかなと思っていますけども、いずれにしてもこんなもんなんです。100万人はもういないんです。それは人口的にも国力のうえからいっても、100万人規模の、3桁万人の軍隊というのは維持できなくなっていると。

ですので単純に兵力だけでいうとロシアは今世界第5位ですね。ぶっちりぎで多いのは中国の人民解放軍がいて、アメリカ、インド、あと北朝鮮ですかね。そういった国々に続いて第5位というところです。

この90万人のうち、地上兵力、陸軍と、あとロシアの場合は空挺軍ですね。パラシュート部隊が陸軍とは独立の、独立兵科という扱いになっていますので、これが4万5千人くらい。あと海軍の中に海軍歩兵部隊、アメリカふうにいうと海兵隊。これが3万5千人くらいいますので、全部ひっくるめた地上兵力が36万人くらいなんです。

根こそぎ軍隊を集めてきたロシア

あのロシアがもはや陸軍というか、地上軍種を全部ひっかき集めても36万人しかいないというのが、現状なんですね。これはつまり韓国陸軍よりも実はロシアの地上兵力っていうのは小さい。この中から15万人を集めてきてウクライナ国境周辺に展開させたというのは、まさにロシアが動かせるものを全部根こそぎ動かしてきたと考えてよかろうと思います。

ロシアの今実際に戦闘を行う際の戦闘単位が、最近メディアでも散々人口に膾炙しましたけど大体戦術グループ、ベーテーゲーという単位で戦います。3個歩兵中隊機関に、1個戦車中隊つけて、あと多連装ロケット砲とか火砲とか防空小隊とかつけて、小さな諸兵科連合部隊として振る舞える800人~1000人くらいの規模の部隊なんですよね。これを所定の旅団とか師団のなかから使える部隊を抽出してきて、この大隊戦術グループを編成するというのが今のロシア軍の戦い方なんですが、今回ロシア軍はこの代替戦術グループを120個以上各師団、旅団から生成してウクライナ周辺にかき集めてきたというふうに見られています。

なので多分これがロシア軍の実際のバトルレディーな、戦闘即応体制の整った部隊のほぼ全力だと思いますね。あとは飛び地のカリーニングラードにいるやつとか、極東のサハリンとか北方領土にいるやつとか、これは動かして来るのに膨大な船腹量が必要ですからこれは動かせない。実際私も衛星で北方領土とかサハリンのロシア軍は継続的に見ているんですけど、動いていないですね。そういう動かすのが大変な連中以外は根こそぎみんなシベリア鉄道に…(聞き取れず)…て、特に極東の方からベラルーシまでいくと1万キロくらいありますから、延々もっていくわけですね。そうやって15万人の兵力を今回集めてきたと。

その中には例えば西部軍管区の中の第一新鋭戦車軍みたいな、ロシア軍の中でも特に火力と機動力の大きな部隊なんかも集めてきて、これをまさにハリコフの前面に展開させてたんですよね。それが2月の頭ぐらいまで続々と集結してきて、2月の第2週に入るくらいから、もうそれがこれまでは駐屯地に集まっていたわけですけど、もう駐屯地からも出てきて、本当にウクライナ国境付近の道路のわきであるとか、森の中であるとかに展開を始めると。これはその時点では戦争が始まるかどうか全く分かりませんでしたけど、「これ普通に考えると攻撃準備体制ですよね」と軍事屋さんの間では言い合っていたわけです。しかしそれが「本当に国境を越えて攻めていくかいな」というと最後まで半信半疑だったわけです。

ロシアはウクライナが強く抵抗しないと思っていた?

そのときの我々の予測というか感覚というか、これが越境していったらウクライナ軍もひとたまりもないでしょうと考えていたんですよね。ところが始まってみると2週間経ってもまだロシア軍はハリコフもキエフも落とせていないという状況です。南の方からはかなり攻勢が進捗していてマリウポリとかヘルソンとか重要な都市をとったとか、包囲したということになっています。

いずれにしても予測より相当遅い。多分これは我々外部の人間の予測より遅いだけでなくて、クレムリンの予測より遅いのではないかと思っています。ひとつはどうもこの進撃が遅れた理由と、表裏一体なんですけども、多分ですが、クレムリンはロシア軍が攻めていけばウクライナ軍はそんなに強く抵抗しないのではないかという前提で物事を組み立てたんじゃないかとしか思えないんですよね。

開戦初日にもう地上部隊が国境を越えてウクライナに侵攻しているんです。それだけではなくて、空挺部隊がヘリコプターに乗って、大規模なヘリボーン攻撃を行っているんですね。キエフ周辺に。これも成功すればいいわけですけど、まだウクライナが制空権を取っている段階でこんなもの突っ込ませていくわけですから、当然大損害が出る。こういうことを分からないロシア軍ではないはずなんですよね。

私はロシアの軍事が専門で、特に軍事思想とかその辺を見ているんですけど、1991年の湾岸戦争とか、99年のユーゴスラビア空爆、それから2003年のイラク戦争。ああいうのをロシアの将軍たちは非常にショックを持って見たんですね。つまり、NATOのハイテク戦争すごいと。これをやられたら我々は負けるかもしれないし、できたら我々も同じことやれるようにしておかなきゃいけないねということは90年代からずっと言われ続けていて、実際に2000年代以降になるとだいぶロシア軍も建て直してきますから、ロシア軍自身も巡航ミサイルみたいなものを大量に取得して、同じような長距離精密攻撃ができるような能力を構築してきたわけです。

ロシアの将軍たちが書いているものを見ると、初めは激しい航空戦から始めて、我が方がそんなに損害を出さないようにしながら大量の巡航ミサイルを撃ち込んで敵の防空システムとか、指揮通信結節とか、飛行場とか、そういうものを叩くと。敵が組織的な抵抗をできない状態にしてから地上軍が進撃していく。その際には地上軍自身もハイテクを駆使してうんぬんかんぬんということを、ずっと論じ続けてきたし、毎年秋にロシア軍は軍管区レベルの大演習を行うんですけども、こういうところを見ても相当そういう方向性でロシア軍は考えてきたんだと思うんですね。

これまでの軍事思想や演習の成果が活かされていない

ところが今回まったくそういうこれまでの思想であるとか、演習の成果が活かされているように見えない。初日大規模な空爆を行ったのはセオリー通りなんですけども、それを本当だったら数日続けて、別に焦ることはないので、数日続けてウクライナが十分に叩けてから地上部隊を侵攻させればよかったはずなんですよね。ところが初日からいきなり地上部隊を侵攻させちゃう。まだまだウクライナ軍はピンピンしている状態なんですよね。これがまずあんまりよく分からない。

それから空軍の活動も当初非常に低調だったんですよね。巡航ミサイルとか短距離弾道ミサイルを撃つだけではなくて普通に考えれば、巡航ミサイル第一波でレーダーサイトを潰したら次に戦闘爆撃機がなだれ込んできて、さらに幅広く軍事施設を叩く、軍事用語でいうと戦果の拡張をおこなうわけですよね。戦闘機を送り込んでウクライナ上空の制空権をとるということを当然するだろうと思ったんですけど、していないんですよね。

これは我々もウクライナ周辺のロシア軍の重要飛行場をいくつかピックアップして、やはり衛星で継続的に見ていたんですけど、飛行機自体はいるんですよね。普段輸送機しかいないところに戦闘爆撃機がびっしりいるとか、全然使っていない予備飛行場に飛行機がびっしり集まってくるとかっていうことを確認したので、これはやっぱり開戦劈頭の航空戦は相当大規模なものになるだろうと思っていたら、ならないんですね。こういうことを全部総合すると、さっきの話に戻るんですけど、そんなに頑張って叩かなくていいだろうと思っていたとしか思えないんですよね。思想もあるし、能力もあるのにやっていないわけですから。それはなんでそんな考えになっちゃったのっていうと、これはやっぱり歴史的な検証を待つしかないのかもしれませんけれども、やっぱり現状でパッと思いつくことは何ですかと言われたら、それはプーチンの7月論文で述べたような思想が背景にあったんじゃないかという気はします。

つまりロシアとウクライナは兄弟民族である、今のゼレンスキー政権は悪い政権であると。だからロシアが入っていけばそんなに抵抗せずにロシアを受けいれるだろうというような考えをロシアがしていないと、やっぱりこういう軍事作戦にならないんじゃないかと思うんですよね。

私もそうですし、日本の自衛隊の人なんかもそうですけど、ロシアの軍事力というものに対しては非常に、変な言い方になりますけど、リスペクトを持っていたわけですよね。これまでもロシアは軍事大国でありますし、西側とはまた違ったやり方で軍事力を使ったプレゼンスを発揮してきた国であると。それがこうもグダグダな軍事作戦をやって2週間ウクライナ相手に苦戦しているというのは非常に意外であります。

ウクライナは決して弱い国ではない

もう1個ご指摘しなければいけないのは、ウクライナが決して弱い国ではないということですね。何となくロシアにいじめられているかわいそうな小国というようなイメージを持たれがちですけども、そもそもウクライナというのは人口でいうと旧ソ連の中では第2位。4200万人くらいですよね。それから面積の部分で見ても、旧ソ連の中ではロシア、カザフスタンに次いで第3位。しかもこれは欧州という括りで見ると最大の国なんですよね。日本の1.6倍くらいあると。しかも日本は山国ですから、7割でしたっけね、山地ですけども、ウクライナの場合ひたすら真っ平らなんですよね。上を飛行機で飛んでみると分かるんですけども、どこまでいってもずっと平らな国なんですよね。国土を全部利用できて、そこを農業に使ったり、あるいは工業地帯に使ったりということができると。

ですから旧ソ連の中では非常に豊かな穀倉地帯でもあったし、重工業地帯でもあったという国ですね。なので早い話がそれなりの軍需産業をもっていて、軍隊も大きいです。ウクライナ軍が今年のミリタリーバランスを見ると、ウクライナ軍の総兵力が19万6000人くらい。うち地上兵力が一切合切して15万人くらいなんですよね。ということは実はウクライナ軍の正規の地上兵力というのは、ロシアが今回ウクライナ周辺に集めてきた地上兵力と大体同じくらいなんですよね。

それからウクライナは旧ソ連の他の国もそうですけど、色んな準軍事組織を持っていて、特に重武装のものが国家新鋭軍。昔内務省国内軍といったやつですけども、これが6万人くらいいると。その他ひっくるめて1万人くらい。さらに今回ゼレンスキー大統領が総動員令を発令しましたので、数ははっきりしませんけど、民間人をかなり動員しているということなので、数だけで見ると多分ロシアの侵攻軍よりもウクライナ軍の数は膨れ上がっている可能性、もっとずっと大きい可能性がある。

しかも地の利があるわけですよね。地形をよく知っているだとか、ロシア軍の兵站戦が比較的長くならざるを得ないのに対して、ウクライナ側は内戦作戦であるので、内側からロジスティクスがやれるであるとか。色んな面に優位があって、それをウクライナ側は逃さずにきちんと活用しているなという印象を持っています。これに対してロシア側はいわゆる外線作戦ですので、ウクライナの全周に軍隊を配備して、普通だったらそのうちのどこから攻めていくか分からないようにしたうえで、つまりウクライナ側に戦力の分散を強いたうえで、どこかに主攻撃軸を定めてそこから一点突破していくというのがセオリーだと思うんですけど、今回は何か作った周りに作った部隊グループを本当に最後まで分散させたままで攻撃軸が5つくらいあるんですよね。周りからブスブス、ブスブス攻めていると。これはせっかくのロシア側の外線作戦の利点を全部殺しているんだと思うんですよね。

私なんかは最初はこういうふうに周りにたくさん攻めてきそうな場所があるので、これのうちのどれかが本物なんだろうと。残りは偽装の攻撃軸であって、でもそれを無視するわけにもいかないから、ウクライナの戦力を分散せざるを得なくなると。これ、91年の湾岸戦争などはそうなんですよね。ペルシャ湾岸に強襲揚陸艦を待機させておいて、強襲上陸をやるんじゃないかということでイラク軍の相当大規模な兵力を南側に張り付けざるをえないというところでサウジ側からぶん殴りにいくと。

これをロシア軍はやるんじゃないかなと、これをやられたらウクライナ軍はひとたまりもないんじゃないかと思ったら、各方面から非常に中途半端な侵攻をグズグズ、グズグズ続けるだけであったと。やっぱり不可解なんですよね。そういうことが分からないロシア軍ではないだろうと。結局同じ話に戻っちゃうんですけど、やっぱりこの政治の側が変な見通しを持っていて、それでこの軍事作戦がかなり制約を受けたんじゃないかという感覚をもっています。

これがその私の一番コアな専門からみた作戦というか、戦争のあらましなんですけど、もう少し視野を広げていくつか申し上げたいと思います。

意外だったベラルーシの立ち回り

1つが、今回ロシア軍がベラルーシから侵攻していっているっていうことですよね。これも旧ソ連の国々を見て来られた方からすると、ちょっと「おっ」っていう感じだと思います。

つまりこれまでベラルーシというのは非常に上手にコウモリ外交をやってきて、ロシア側に完全に吸収されることもなく、かといってEUの方に近づいて行ってルカシェンコの独裁体制が倒れるというわけでもないというふうに上手にバランスをとってきたわけですよね。それが良いか悪いかは別としてです。

なのでベラルーシって実はロシアの軍事同盟国でありながら、同時に憲法には、憲法18条でしたっけね、中立をめざすという、あんまりよく分からないんですけど、少なくとも最終的に中立になりたいということは憲法の中で明記していたわけです。それから同じ18条の中では核兵器を持ち込ませないということも書かれていたので、ベラルーシとしてはこの辺の条項を盾に、ロシアの同盟国なんだけども、ロシア軍を配備させないっていう方針をとってきたんですよね。

正確にいうとソ連自体からある弾道ミサイル警戒レーダーと、あと潜水艦に指令を出すVLFの通信タワーだけは置いてあったんですけど、これだけなんですよね。これ以外に関してはロシア軍の戦闘機部隊だとか、戦車部隊だとかそういうものは一切お断りという姿勢をとってきて、10年位前からロシアとしては、あそこに戦闘機の基地を作らせてくれとか色んなことを言ってきたんですけど、ルカシェンコは全部突っぱねてきたんですね。当然ウクライナとの戦争なんか一切協力しませんと。むしろ仲介者として振る舞いますよということで、2014年の第一次ミンスク合意、それから2015年の第二次ミンスク合意。これは両方ともまさにミンスクというくらいですから、ベラルーシの首都ミンスクで調印されているわけですよね。

というようにこれまでは中間的な立場であって、しかもこのロシアとウクライナが戦争している真っ最中のベラルーシの軍需産業はウクライナと協力し続けているんですよね。なんていう状態だったのに、今回は完全にロシア側に出撃基地を提供している状態ですよね。

それから実は今回、ベラルーシ軍が参戦するんじゃないかという話もあって。ただこれがなかなか国内の抵抗で参戦が決まらないんじゃないかなんていう観測も出ていますけど、いずれにしてもそういうところまでいってしまったわけで、もう完全にベラルーシが軍事的にロシアに逆らえなくなっているという感じを私は強く持っています。その内幕がどんなものなのかって、これも分からないですけども、2020年8月の反ルカシェンコ運動が大きく影響していたということはほぼ間違いないと思うんですよね。

あのとき本当にルカシェンコ政権が倒れる直前までいったわけですけども、ロシアが「これ以上やったら治安部隊を送り込むぞ」という素振りを見せたので、反体制派はここで引かざるを得なくなって失速していった。しかもその後、その前からもそうですけども、ルカシェンコ政権が凄まじい民主派の弾圧をやったので、西側諸国との関係も完全に切れてしまって、これまでのようにロシアと西側の間でコウモリ外交することもできなくなってしまった。要するにもうロシアに頼るほかなくなったわけですよね、ベラルーシは。

なので今回はあれほど嫌だったロシアの軍事的な作戦に巻き込まれているという状態であるわけです。だからロシアがウクライナを属国化するかどうかということに注目が集まっていますけど、その前の段階でロシアがかなりベラルーシに対する影響力を持ってしまったということがまずあって、さらにその上でウクライナも。で、ロシア、ベラルーシ、ウクライナ、どういう形をとるか分かりませんけども、ロシアが主導して、東欧のスラヴ3カ国をまとめあげるということをロシアは考えたのではないかという気がするんですよね。それを何かやはり国内向けの政治的な成果にしたかったんじゃないのかなというふうに、全く根拠はないですけど、私は考えているんですけど。

先月末に削除された憲法18条の記述

ただそれがベラルーシに関してはある程度実現しているということは認識しておく必要があると思います。しかも先月末、これは日本でも結構報じられましたけど、ベラルーシ憲法が改正されまして、さっき申し上げた18条のところの記述がそっくり削除されたんですよね。

ですから、まず中立はめざさないというか、中立に関しては言及しない。それから核兵器の持ち込み禁止に関しても言及がなくなったということなので、これはここまでのロシアとベラルーシの力関係をみると、今回の戦争がどういう風に終わるにせよ、ベラルーシに大規模なロシア軍が配備されるということは恐らく確実なんだろうと思います。

そうしますとロシアからベラルーシにかけて大規模なロシア軍が欧州に展開して、ポーランド側、今回はドイツもそうですよね、軍事力増強に舵を切るということですから、やはりヨーロッパにおける旧ソ連境界での軍事的緊張というのは、ウクライナでの戦争がどういうふうに終わるにせよ、これからも相当緊張含みで推移するんじゃないかという気がします。

あとは核持ち込み禁止条項がなくなったわけですから、ベラルーシにロシアの戦術核兵器を前方配備するとかも考えられなくはないですよね。戦術核兵器って戦略核兵器みたいに運搬手段に付けっぱなしにしておけないので、普段は前方展開貯蔵庫にまとめてしまっておくんですね。本当に戦争になって、戦術核兵器を使うという許可が出た場合に、分散してヘリコプターとかで「じゃあおたくのロケット弾には何発配分します」っていうふうに配って回るんですよ。なのでこういう前方貯蔵庫がベラルーシに作られ始めたらもう危ない。そういうことを本気で考え始めてる証拠であろうと思います。これがまずひとつ。

ウクライナは耐えきれるのか

もうひとつは、今後の展開ですよね。ウクライナが相当頑張っているということはさっきから申し上げている通りですけども、やはり総合力で見たらロシア軍の方が強いというのは間違いないと思います。ましてロシアはこれまで低調であった航空戦力の投入も本格的に先週からやるようになってきていますし、それから都市に対する無差別砲爆撃ですね。これはまさにシリアとかチェチェンでやったようなパターンですけども、なかなか落ちない都市に対して、女、子ども巻き込んで無差別に攻撃をすると。場合によってはライフラインも攻撃することによって、都市で生活ができないようにしてしまう。それによって抵抗の意思を挫くということをやってきたわけですね。これをやられると相当耐えられるにしても、耐えるには耐えるにしてもやはりいつかは落ちるということは避けられないわけですね。

できるのは敗北に至るまでの期間をなるべく引き延ばすということにしかならないと思います。ですからゼレンスキー政権の戦略としては、なるべく敗北しない期間を引き延ばしながら、キエフにいつまでも踏み止まれはしないと思うんですよね。キエフから例えばリビウの方に逃げるとかしてロシアに損害を強いる。結局、毛沢東が日本軍と戦った方法とかと同じですよね。

その間に、多分ゼレンスキー政権が狙っているのは今のアメリカとかヨーロッパとか日本とかの制裁が効いてきて、ロシアの戦争継続が困難になるということなんだと思います。ここでその戦争継続が困難になるというのは、経済的に混乱するっていうのもあるわけですけど、経済の混乱が戦争って少々経済が混乱しても遂行できるというか、もともと混乱状態でやるものなので、多少の経済混乱は戦争を止めはしないと思うんですね。

経済が混乱することによって、国民からの反発が非常に強まる。今回は特に同じスラヴ民族、プーチン自ら兄弟民族と言っている人たちに対して、無差別攻撃をしているわけなので、良いのか悪いのか分かりませんけど、チェチェン人とかシリア人に同じことをやってもそこまで反対は盛り上がらなかったんだけれど、やはりウクライナ人にやるとこれは非常にロシア人にとって幅広い反発を引き起こすというところはあると思うんですね。

特に今ロシアが無差別砲爆撃をやっているハリコフ、あそこなんかはそもそもロシア系住民の街ですからね。国籍こそウクライナ人だけども、同じロシア語をしゃべっている人々、実際にロシアの中にはウクライナに親戚がいるという人は数えきれないくらいいるわけですよね。そういうところに無差別ロケット弾攻撃をしているプーチンに対しては相当反発が今回ロシアの中では大きいように見えます。