※この記事は2019年10月08日にBLOGOSで公開されたものです

「ネットのニュースメディアではなく、ネット時代のニュースメディア」

9月12~14日にアメリカ・ニューオーリンズで開かれたOnline News Association(ONA)の年次総会「ONA19」に参加した。設立20周年を迎えた世界最大級のデジタルジャーナリズム振興組織だ。加盟しているのはジャーナリストだけでなく、メディアのエンジニア、ビジネス部門、NGO関係者、研究者など幅広い。今年は2800人が集まった。


団体はオンラインニュースと名乗ってはいるが、総会には新聞、テレビ、ラジオ、出版など、「伝統メディア」からの参加者が多い。特に地方メディアからが目立つ。日本においてもそうだが、全国規模のメディアよりも地方メディアの方が多いのだから、参加者構成がそうなるのも、考えてみれば不思議ではない。

日本とアメリカで違うのは、そういった新聞やテレビとネットメディアとの間の壁が下がっていることだ。ほぼ全てのメディアがネットでも情報発信し、新聞やテレビに接する時間が劇的に減る中で、その区別は意味を失っていく。

今回、BLOGOSからいただいた寄稿のテーマは「ネットのニュースメディアに今後求められること」。だが、本稿ではネットとそれ以外を分けずに「ネット時代のニュースメディアに今後求められること」について語りたい。

「信頼」が2019年のキーワード

ONA19では3日間にわたり、160を超える分科会が開かれた。分科会のテーマは、調査報道やファクトチェックの講座、最新テクノロジーの活用例、ビジネスモデルの研究、組織論やNGOや地域を巻き込んだコラボレーションの紹介など多岐にわたる。参加者が記者に限らず、エンジニアやビジネス関係者など幅広い所以だ。

今年もっとも注目されていたキーワードは「信頼」だ。「信頼を獲得するには」「信頼の科学」「信頼できるとどうやって判断するのか」など名前に「信頼」が入っている分科会だけで9つあり、昨年からほぼ倍増していた。

なぜ「信頼」が重要なのか。高邁な理想を掲げ、最新テクノロジーを用い、衝撃的なスクープを発信したとしても、「信頼」がなければ、読者や視聴者(以後ユーザーと呼ぶ)には響かない。「マスゴミがカネのために何か言ってる」ぐらいにしか受け取られない。

メディア不信が「フェイクニュース」騒動に繋がった

インターネットが普及するまでは、情報を広く拡散させる力があるのは新聞やテレビや出版など、マスメディアだけだった。1972年、佐藤栄作首相は退任会見で「僕は国民に直接話をしたい」と言い放って新聞記者は退出し、テレビカメラに向かって独演会をした。

今なら、テレビも追い出してネットで独自に情報発信しただろう。実際、アメリカでも日本でも政府首脳のマスメディアとの会見の数は減り、トランプ大統領の言動を追うには、Twitterをフォローしておくのが一番早い。


政府など公的機関や企業、著名人の動向を独占的に伝えてきたマスメディアに対しての不信感は、昔から存在した。しかし、新聞やテレビを雑誌が批判する構図はあっても、広く世の中で共有されることはなかった。

今は数多あるインターネットメディアや個人が、新聞やテレビの誤報や説明不足などへの批判をソーシャルメディアに簡単にあげられるし、それが拡散され、共有される。「マスゴミ批判」は日本だけではなく、世界中に広がる。

輪をかけたのが2016年のアメリカ大統領選で注目された「フェイクニュース」だ。忘れてはならないのは、メディア不信の問題はフェイクニュース騒動に始まったわけではなく、長年のメディア不信がフェイクニュース騒動に繋がり、お互いに増幅している点だ。

誤報と虚報と情報操作が絡み合うポスト真実と極性化の時代

ちなみに日本で認知度が高まっている「フェイクニュース」という言葉だが、ONA19では「misinformation(ミスインフォメーション)=誤った情報」や「disinformation(ディスインフォメーション)=操作された情報」という言葉がよく使われていた。「フェイクニュース」という言葉には定義が存在せず、トランプ大統領が自身に批判的なメディアを攻撃する際に使うなど、メディア攻撃の道具とも化しているからだ。

フェイクニュースと呼ぶにしろ、ミスインフォと呼ぶにしろ、そこには様々な形態がある。
新聞やテレビでもしばしばある「誤報」から、全くデタラメの「虚偽」、情報発信者が政治的・経済的な利益を得るための意図的な情報操作などだ。

そしてこれらの情報を受信した人たちが、ある人は正義心や怒りから、ある人は面白半分に拡散していき、その最中で元々は正しかった情報も一部を切り取られたり、歪められたりしていく。元情報やその発信者すら特定が難しい例も多い。

ソーシャルメディアやウェブサイトを通じて大量に流通する真偽不明の情報洪水は、人をニュースから遠ざける。もしくは自分の主義主張や党派性にあった情報ばかりを信じ、それ以外を攻撃するようになる。

何が本当かが大切にされないポスト真実、考え方が違う人たちがそれぞれに党派性を強めていく極性化の時代の到来だ。

京都アニメーションの報道で何が必要だったのか

アメリカのジャーナリズム機関RJI(Reynolds Journalism Institute)とAPI(American Press Institute)が実施しているプロジェクト「Trusting News」によるONA19での発表では、信頼を得るために以下の点が必要だと強調していた。

1.なぜ信頼されていないかを理解すること
2.ユーザーの間違った思い込みに対処すること
3.ジャーナリズムについてきちんと語ること

当たり前に思えるかもしれないが、これまでマスメディアが実践できていなかったことだ。例えば、京都アニメーションの放火事件における実名報道について。私は個人的に遺族が望まないケースで警察に実名発表を求める必要はないし、実名報道をする必要はないと考える。一方で、報道機関が実名を求めた論理や事情は理解できる。

だが、そういった論理や事情はほとんど説明されていないから、ユーザーは当然理解できない。「メディアは視聴率や部数やPVのために遺族に不要なプレッシャーをかけている」と誤解される。

Trusting Newsが紹介していた事例は示唆に富む。「なぜ、その記事を書いたのか」「どうやってその記事を書いたのか」といった記事を別に出すことで丁寧な説明がなされている。

質問を読者から受け付けて編集局が答えたり、自分たちから出向いて説明する事例も報告された。労力を使う。しかし、それが信頼に繋がる。

信頼性➡️エンゲージメント➡️課金➡️収益性

「売上が落ちて予算が削減される中で、そんな労力はかけられない」と考える人もいるだろう。しかし、信頼は最終的には収益に結びつく。鍵は課金型モデルだ。

ONA19の分科会で「信頼」と共に増えたテーマが「課金」だ。安価なネット広告だけでは収益が安定しないため、各メディアが収益の多様化を目指す中で、安定的な収入源としての「課金」に改めて注目が集まった。

「課金」が人気になっているのは、それで成功するメディアがアメリカで生まれているからだ。ニューヨークタイムズやワシントンポストなどの大手はデジタル版の課金ユーザーが急増している。その鍵となっているのが「信頼」と、それが生む「エンゲージメント」だ。

「エンゲージメント」は訳しづらいが、コンテンツへの「関与」を指す。たんに見出しをクリックしてくれただけでなく、その記事をじっくり読んだか、コメントしたか、シェアしたか、他の記事も読んだり、そこから会員になってくれたか、などの指標で「エンゲージメント」の深さを測る。

どういったコンテンツが課金ユーザーの増加に繋がるのか、分析ツールの発達で詳細なデータが取れるようになった。その結果、量より質、信頼されるコンテンツが深いエンゲージメントを生み、課金読者が増えることがわかってきた。

これも当たり前のようだが、現実にコンテンツを出す上で、データに基づいてどういうタイプのコンテンツが必要とされているのか分析できるようになったのは大きい。これまでは人間の勘に頼る作業だった。

日本ではまだ課金サービスを取り入れているニュースメディアはごく一部だ。ネット上に無料で読めるニュースが大量にある中で、課金型に踏み切ってページビューと広告収入が激減することへの懸念や、そもそも課金システムを導入し、成長させる人材や知見が不足していることが壁になっている。

一方で新聞社や出版社など規模の大きなメディアでは、インターネット広告からの収入だけで十分な収入を得ることはできない。アメリカで進む課金モデルをいかに取り入れていくかは、今後の日本のニュース生態系の確立に向けて、大きな課題の一つだ。

また、課金は情報の分断を生みがちだ。無料でも質の高い情報が流通しなければ、メディアはその語源通りの「媒介」として人と人を繋げるどころか、金を払う人と払わない人、異なるメディアを読む人などの間で、溝を深める存在になりかねない。

テクノロジーとコラボレーションで民主主義に資する

2019年にメディアの最先端の場で「信頼」が議論されるようになったのは、テクノロジーの活用が特別ではなく、一般的なことになった影響もある。テクノロジーを何に活用し、どういう効果を具体的に生み出すかを議論する段階に入った。だが、日本ではまだそのレベルに達していない。

ONA19の場で最近、日本に行って新聞社の人たちと意見交換したというアメリカの新聞のデジタル担当者に会った。彼はこう言った。

「日本はまだ紙がたくさん売れているんだね。でも、デジタル化については10年は遅れてると感じた」

10年は言い過ぎだが、私も5年は遅れているのではないかと思う。テクノロジーの利活用、そしてそのための人材育成や組織改革など、いずれも不十分だ。遅れる理由の一つはONAのようにお互いの知見を共有して高め合う場が少ないからではないだろうか。

会社を超え、職種を超え、新聞やテレビ、大学やNGOなどの垣根も超えてジャーナリズムのために協力し、具体的なプロジェクトでもコラボレーションする。

なぜ、それが可能なのか。これもONA19で何度も聞かれた言葉だが「ジャーナリズムは民主主義のためにある」という共通認識があるからだ。

ネット時代のニュースメディアに必要なこと。それはネット時代ならではのテクノロジーを活用し、コラボレーションを進めること。そして、ユーザーから信頼され、民主主義に資するという昔から変わらぬミッションを達成することではないだろうか。


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記事で紹介したONAの公式支部ONA Japanで定期的に公開セミナーを開きます。ONA19について報告する10月18日のセミナーについてはこちら。今後のセミナーにご関心ある方はTwitterやFacebook、PeatixなどでONA Japanアカウントのフォローをお願いします。

プロフィール
古田大輔(ふるた・だいすけ):
1977年福岡生まれ、早稲田大政経学部卒。2002年朝日新聞入社。社会部、アジア総局員、シンガポール支局長などを経て、デジタル版の編集を担当。2015年10月に退社し、BuzzFeed Japan創刊編集長に就任。ニュースからエンターテイメントまで、ソーシャルと動画で急成長しているグローバルメディアで、調査報道やファクトチェック、LGBTの権利やジェンダー平等などの社会課題にも取り組む。2019年6月に独立し、株式会社メディアコラボを設立して代表取締役に就任。ジャーナリスト/メディアコンサルタントとして活動している。その他の主な役職として、BuzzFeed Japanシニアフェロー、Online News Association Japanオーガナイザー、インターネットメディア協会理事、早稲田大院政治学研究科非常勤講師など。共著に「フェイクと憎悪」など。