N国党のような政党はイギリスで誕生するのか? 受信料支払い率は94.3%の英公共放送BBC - 小林恭子

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※この記事は2019年09月30日にBLOGOSで公開されたものです

日本では、「NHKから国民を守る党」(通称「N国党」)が支持を増大させ、7月の参議院選挙では党首立花孝志氏が一議席を獲得するまでに至った。

政党のウェブサイトによると、NHKにお金(受信料)を払わない人を「全力で応援・サポートする」政治団体だという。公約は、「NHK集金人のトラブルを解決するために、集金行為が必要ないNHKのスクランブル放送化(契約した人だけが視聴できるようにするシステム)の実現」だ。

筆者が住むイギリスでは、NHKの英国版に当たる公共放送「BBC(英国放送協会)」を中心にして、放送=公益に奉仕するサービス、という考え方が強い。その支払いの強制力は日本よりも強く、視聴世帯の94.3%が受信料を支払っている(日本は81.2%)。「自分の懐からお金を出し、公益のためにみんなで支えあう放送を維持する」のが基本的な概念だ。

立花氏が主張するように、スクランブル化でNHKの放送受信を停止した場合、広告収入を基盤とする商業放送やNHK以外のインターネット放送に頼ることになるが、そうなると、「公益」という部分は誰が担うのか、ということが問題になる。BBCもこの先どれぐらい公益サービスとして存在できるのか、危うい状況にある。

欧州の公共放送の受信料制度について、BBCとNHKを中心に比較してみたい。

イギリスの主要テレビは、すべて「公共放送」

BBCは、1930年代半ばにテレビ放送を開始し、1955年、商業放送ITVが登場するまで、イギリスの唯一の放送局だった。

その後、地上波の主要放送局が複数生まれてくるが、BBC、ITV、チャンネル4、チャンネル5の4つの放送局はすべて「公共サービス放送」の枠に入っている。BBC以外は放送事業の主な収入源は広告で、そういう意味では商業放送・民間放送ではあるのだが、「公共放送」としての決まりを守らなければならない。偏りがないニュース報道を行うなど、番組内容にも規制がかかる。

BBCだけが放送サービスを提供していた時期が長く続いたこともあって、「公益のための事業=放送」ととらえる考え方がイギリス社会に深く浸透することになった。

「BBCの番組を見ないから」と受信料の支払いを拒否できない

NHKの受信料に当たるBBCの受信料は、正式には「テレビ・ライセンス(TV Licence)」であるが、以下、比較の便宜上、「受信料」と表記したい。

BBCとNHKの受信料体制は、似ている点が多い。

BBCは通信法、NHKは放送法などそれぞれ法律によって支払いが義務化されており、視聴世帯から受信料を徴収する。料金が年間約2万円程度であることも似ている(NHKは衛星放送の受信を含めた場合、年間2万4770円)。

誰が支払い対象者となるかを細かく見ると、NHKの場合は「放送受信契約世帯」で、放送受信契約者とは「放送を受信することができる受信設備を設置した者」だ。

BBCの場合は、十数年前から再視聴サービスを含むオンデマンド視聴を実現させていた経緯もあって、「放送あるいはオンラインで配信されるテレビ番組を同時視聴あるいは録画できる、あるいはオンデマンドでダウンロードあるいは視聴できる装置を設置する、あるいは利用する世帯」、と細かく規定している。コンピューター、スマートフォンなど、どのような装置を使うかは問われない。

BBCのオンデマンド視聴サービス「iPlayer」以外のオンデマンド視聴サービスを使って番組を放送後に視聴し、ライブ放送を全く視聴しない場合は受信料を払う義務がないので、若干の例外はあるものの、ほとんどの世帯が支払い対象世帯となる。

一方、BBCには支払い免除となる人たちがいる。まず、75歳以上の高齢者は全額免除だ(来年6月から、低所得層の高齢者に限定される)。また、重度の視覚障害者が住む世帯では半額となる。

NHKの場合も公的扶助受給者や障害を持つ人の状況によって、全額あるいは半額免除となり、学生も親の状況などで全額免除になることがある。

受信料収入はBBCが約4953億円であるのに対し、NHKは7122億円とだいぶ差があるが、これはイギリスの人口が日本の約半分であることに起因すると思われる。

日本では、放送受信料とはNHKの受信料を指し、イギリスでもTV受信料と言えば、BBCの受信料のことを指すのが普通だ。しかし、日本では「NHKの」受信料であることが法的に決められている一方で、イギリスでは、実は特定の放送局を対象にしたものではない。放送業全体のために徴収されており、「BBCの番組を見ないから」と言って、受信料の支払いを拒否できないようになっている。

ただし、BBCが集めた受信料は、いったん、国庫に入り、それから同額をBBCに戻す形を取り、BBCの国内の放送活動のために使われている。

注目して頂きたいのは監督機関の違いだ。BBCの所轄はデジタル・文化・メディア・スポーツ省になり、BBCの受信料の値上げ率は担当大臣との交渉によって決定されるものの、監督機関は、電気通信・放送分野の独立規制機関オフコム(情報通信庁)だ。オフコムは規制対象となる業界からの資金によって運営されており、放送・通信市場の競争促進を通して、市民・消費者の利便を図ることを主目的としている。

日本の場合は、監督機関が総務省となり、総務大臣、つまりは政府の意向によって活動内容に干渉される土壌を作っているのではないかと筆者は懸念している。

場合によっては家宅捜査も 受信料未払いに厳しいBBC

受信料の取り立てを比較してみよう。

BBCとNHKの最新の資料によれば、支払い比率(支払い対象世帯の中で、支払った世帯の比率)は、NHKが81.20%のところ、BBCは94.30%に上る。

BBCは受信料を集金する役割を担っているが、実務は「TVライセンシング」というブランドネームのもとで、複数の民間企業に委託している。例えば、事務処理や支払ったかどうかの確認、取り立てなどを担当するのは、キャピタ・ビジネス・サービス社である。

同社は受信料を支払っている世帯、支払っていない世帯の約3100万に上る情報を持ち、これを活用して支払い済みか未払いかを確認するとともに、未払いの可能性が高い世帯の住所に探知用ワゴン車を向かわせて状況を調査させている。

もし未払いであることが調査で判明した場合、支払いを求める手紙、電話、電子メールなどが送付される。それでも支払いが行われない場合、調査官が派遣され、該当する世帯の敷地で受信料を支払わずにテレビ番組を視聴・録画している、あるいはBBCの番組をオンデマンドサービスの「iPlayer」で視聴あるいはダウンロードしているかどうかを調べる。

場合によっては、裁判所から家宅捜査令状を取り、警察官とともに家宅に入り、調査を行うこともあるという。

調査の結果、受信料を支払わずに、上記のサービスを利用していたことが判明した場合、訴追され、有罪となれば最大で1000ポンド(約13万円)の罰金が科せられる。裁判費用の負担も義務化される。複数の法律アドバイスのウェブサイトによれば、受信料未払い自体で刑務所に送られることはないが、裁判所の支払い命令に従わない場合、禁錮刑もあり得るという。

TVライセンシングによれば、受信料未払い疑惑で調査官が訪問した世帯住所は、2018-19年度で、270か所に上ったという。このうち、21万6900戸が視聴・録画しているのに受信料未払いだった。

この中で、どれぐらいの人が有罪となって罰金を支払ったのかについて、BBCは全国的な統計をまとめていないが、テクノロジー・サイト「ザ・レジスター」の計算によると、2016年、不正未払で起訴された人は18万4595人。この中で2万1300人が無罪となった。裁判まで行った人は14万人。裁判所が命じた罰金を支払わなかったことで刑務所に送られたのは、90人に上った。

イギリスは、地方によって異なる司法圏となるが(イングランド・ウェールズ地方、北アイルランド地方、スコットランド地方)、昨年、イングランド・ウェールズ地方において受信料未払いで起訴されたのは12万9446人(司法省調べ)。このうち女性が9万3319人で72%を占めた。有罪となったのは94%にあたる12万1203人であった。

NHKの場合は、受信料の支払いについて不正があった場合、所定の受信料を払うほかに、2倍に相当する金額を支払わなければならない。支払いを3期(半年)以上延滞した場合、所定の受信料を払うほかに、1期あたり2.0%の割合で計算した延滞利息を払うよう要求される。滞納の場合、督促状が送られ、裁判化もあるが、支払い義務の時効は5年となっている。

NHKの集金員が自宅を訪ねてくると、どきりとする人は多いと思う。筆者も学生時代は、そんなひとりだった。しかし、BBCの場合と比べると、ソフトなアプローチと言えそうだ。

過去にはBBC民営化への動きも

イギリスでも、受信料制度に対する反対の声はこれまでに何度も上がってきた。

二大政党制を取っているイギリスでは、野党が与党になると必ずと言ってよいほどBBCを強く批判するようになるのが定番で、ニュース報道においてBBCをライバルと見なす新聞業界も大部分が反BBC。「受信料を無駄に使っている」、「金額が大きすぎる」、「制度自体を廃止すべき」という意見が一定の支持を集めてきた。

1980年半ばには、BBCのリベラル的な報道姿勢を嫌ったサッチャー首相(当時)がBBCを民営化しようと調査員会を設置させた。しかし、調査委員会が民営化を支持せず、その試みは実現しなかった。

BBCの放送市場独占時代を経て、民間の放送局が次々と開局し、「公共サービス放送」の枠には入らない衛星放送スカイテレビが巨大化してくると、「受信料を廃止して、見たい人が視聴料を払うサブスクリプション制度を採用するべき」という見方も広がった。

2009年、スカイテレビを所有するBスカイB(現「スカイUK」)ジェームズ・マードック会長兼最高経営責任者(当時)は、BBCの肥大化を強く批判した。テレビからネットまで、広範囲な領域に手を広げる「巨大なBBC」の存在は「身震いするほど恐ろしい」と述べ、BBCの縮小化を訴えた(エディンバラで開催された、国際テレビ祭にて)。

保守系新聞「デイリー・テレグラフ」のコラムニスト・作家のチャールズ・ムーアは、BBCの報道が「偏向している」として、長い間、受信料の支払いを拒否していた。

BBC受信料制度の撤廃の声が国民から上がらないワケ

日英の放送業界を比較するとき、見逃せないのが公共の放送局と商業放送局の力のバランスだ。

日本では公共放送というとNHKになるが、予算規模の面において、民放が圧倒的に大きい。

イギリスでは、有料テレビのスカイを除くと、国内の最大手は予算及び視聴時間においてBBCだ。

テレビの視聴時間をチャンネルごとに記録する組織「BARB」によると、今年8月の月間視聴時間を計算したところ、全体の視聴時間を100とした場合、BBCの主力チャンネル2つ(BBC1とBBC2)の合計が25.17%(BBC1のみの場合は19.20%)。民放ITVは主力ITV1が9.46%、チャンネル4が4.65%、チャンネル5が3.92%となる。ゴールデンタイムの番組視聴率ではBBCのライバルとなるITVだが、この計算では半分以下の数字となっている。

民放各局にとって、BBCが巨大すぎる存在であることは、確かだ。突出しているために批判も多く出るが、その存在感、国民との深いつながりを前にして、「受信料制度、撤廃」の声は運動としては大きな勢力になるところまでは至っていない。

その理由として、BBCを批判しながらもその番組を楽しんできた視聴者とBBCの長年の深いつながりがある。BBCはイギリス国民の、そしてイギリスに住む人のいわばDNAのひとつになってしまっている。

世界の公共放送では年間5万円を超える国も

欧米数か国の受信料の支払い義務、金額などは「世界の公共放送―制度と財源報告2018」(NHK放送文化研究所海外メディア調査グループ)に詳しいが、その状況は国によってさまざまだ。

「諸外国の公共放送」(国立国会図書館調査及び立法考査局国土交通課清水直樹氏著)

▽「世界の公共放送―制度と財源報告2018」(NHK放送文化研究所海外メディア調査グループ)

消費者サイト「idealo」の記事(8月9日付)によると、欧州各国の中で最も受信料が高額になるのがスイスの約5万2000円(世帯毎に439・90ユーロ)。これにデンマークの約3万9000円(335.01ユーロ)、ノルウェーの約3万6000円、(310・54ユーロ)、オーストリアの約2万9000円~3万7000円(州によって異なり、251ユーロから320ユーロ)、スウェーデンの2万8000円(244.44ユーロ)、ドイツの2万4000円(210ユーロ)が続く。

低い国はイタリアの約1万円(90ユーロ)、スペインの約4500円(38ユーロ)、ギリシャの約4200円(36ユーロ)など。

その国の物価の程度によって、金額の重みが変わってくるので単純比較はできないが、NHKやBBCの受信料はドイツの下あたりになりそうだ。

受信料制度を廃止した国もある。オランダ(2000年から。公共放送の運営は広告収入と税収を収入源とする)、キプロス(1990年代末から、同じく広告収入と税収による)、マルタ(2011年から)など。

ドイツでは、テレビのあるなしにかかわらず負担金を払わなければならず、これを「不当」と考える人もいるという。

同サイトによれば、ポーランド(受信料年間約6700円、57ユーロ)では払わない世帯が多いため、不公平感が広がっている。

メディア環境の激変で現れたBBCの「敵」とは

BBCは1922年、200以上の無線機メーカーが集まって結成した民間企業「英国放送会社(British Broadcasting Company=BBC)」だった。メーカーは無線機(「ワイヤレス」、今でいうラジオ)の販売で収入を得た。

イギリスの政府高官らは、世界に先駆けて放送業が発達したアメリカを訪れ、数千にも上る放送局の乱立状態を目にした。そこで中央からの規制体制を構築し、大小の無線メーカーを統合させて1つの放送体を形成させることを考えた。

民間企業時代にBBCのジェネラル・マネージャーとなったジョン・リースのコメントが、当時の雰囲気を伝える。「これほどの大きな科学上の発明を娯楽のためだけに使うとしたら、権力の堕落であろうし、国民の品性と知能への侮辱だ」(自伝「ブロードキャスト・オーバー・ブリテン」、1924年)。

放送業の将来とBBCの在り方を決める独立調査委員会が立ち上げられ、1926年、BBCの公共組織としての設立を提言した。翌年、公共組織「British Broadcasting Corporation」として発足する。

政府から独立した、公共サービスとして、高水準の番組を出来得る限り多くの人に届けること。これは当時から現在まで、BBCの中核となる考え方だ。当初、収入はBBC製無線受信機の売り上げと、リスナーが郵政省に払う受信免許(ライセンス)料の一部に由来した。

無線機から始まり、テレビへと発信媒体を変化させてきたBBCだが、今、新たな「敵」に直面している。

NHKの受信料制度と非常によく似た形でBBCは国内放送を賄っているが、近い将来、視聴したい人が一定の金額を払うサブスクリプション方式に変わる可能性が次第に現実的になってきた。

最大の理由は、メディア環境の激変だ。

若者層はテレビよりもモバイル機器でユーチューブを見る方を好む。大人も、米ネットフリックスやアマゾンプライムでテレビの連続ドラマや映画を好きな時に、好きなように視聴している。

イギリスのテレビ界の「見逃し視聴サービス」は、2007年から原則無料で利用できるようになっており、ダウンロードも可能。1時間後に全く同じ番組が視聴できる「タイムシフト」のチャンネルも複数ある。同時配信も開始してから数年経っており、「いつでも、どこでも、どのデバイスでも」番組を視聴できるようになった。

元々はBBCのテレビドラマだった「ハウス・オブ・カード」を大ヒットさせた、ネットフリックス。エリザベス女王の生涯をテーマにした「ザ・クラウン」も世界中で大ヒットなった。「クラウン」やネットフリックスのオリジナルドラマを見ていると、巨額の制作費が使われていることが分かってくる。シリーズ物のドラマをいっぺんに見てしまう「ビンジ・ウオッチング」も、もはや当たり前のこととなった。

BBCはネットフリックス、アマゾン、アップルテレビ、ディズニーなどをライバルと見なす。ネットフリックスがビンジ・ウオッチングを普通のものにしてしまったので、BBCもシリーズ物を「ボックスセット」という名称で一度に視聴できるようにしている。

かつてのライバル、民放ITVと協力して、ネットフリックスに対抗するべく、サブスクリプション方式の「ブリットボックス」という動画ストリーミング・サービスを年内に開始しようとしているところだ。

今年6月、BBCの理事会のデービッド・クレメンツ会長は、こう述べている。「BBCにとって、受信料体制は中核をなす存在だ。BBCと視聴者を直接つなぐからだ」。しかし、もしサブスクリプション方式に移行しても、「BBCはかなりいけるのではないか」。

受信料体制がなくなってしまったら、「社会を構成する人全体の公益のために」というBBCの公共サービス放送としての存在意義は大揺れになる。それでも、圧倒的な人気を持つネットフリックスを始めとする新手のサービスに対抗せざるを得ない状況にBBCは置かれている。メディアの消費環境が変われば、BBCも変わらざるを得ない。

イギリスには、受信料の支払い拒否を目的とするN国党のような政治勢力はまだないが、市場の変化によって、BBCがサブスクリプション方式に移行して生き残りを図る可能性は大いにあるだろう。