「シロアリはカシューナッツの味」 世界の栄養不足解消のため日本で昆虫食普及に奮闘する″シロアリマン″の正体 - 清水駿貴

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※この記事は2019年09月28日にBLOGOSで公開されたものです

イナゴやハチの子など耳にしたことはあれど、実際には口にする機会が多いとは言えない「昆虫食」が、今、世界で注目を浴びている。姿形のインパクトに目を奪われがちだが、2013年に国際連合食料農業機関(FAO)が「たんぱく質と良質の脂肪が多く、カルシウムや鉄分や亜鉛の量が豊富」と昆虫食を推奨する報告書を発表するなど、食料危機を救う可能性を持った栄養満点のスーパーフードなのだ。

そんな昆虫食のなかでも「シロアリ」の可能性に着目し、世界の栄養不足問題を解決しようと日本で奮闘するケニア人男性がいる。茶色の全身タイツで身をつつみ、ネット上で「Mr.シロアリマン」と名乗るこの男性は何者なのか。話を聞いた。

「日本人に昆虫食への興味を持ってほしい」茶色の全身タイツに込められた想い

9月中旬、東京都台東区の昆虫食ショップ「TAKEO」でMr.シロアリマンと待ち合わせた。現れたのは六本木のIT企業に勤めているという、ケニア出身のキップランガト・ジャスタスさん。仕事を終えたばかりということで、襟付きのシャツ姿だった。

「ちょっと待ってください」。インタビューを始めようとする筆者を止めて、ジャスタスさんはおもむろに茶色の全身タイツを取り出し、着替え始めた。「この格好になってこそのシロアリマンです。気合いが違います」と笑顔を浮かべた。

やや面食らったが、シロアリマンとして活動するジャスタスさんは、SNSのプロフィール画像でもこの茶色のタイツ姿だ。聞けば、きちんと理由があるという。

理由の1つは、ジャスタスさんが昆虫食のなかで「最も美味しく、栄養価が高い」と推薦するシロアリの姿を再現するためだ。ジャスタスさんの故郷、ケニア共和国で「クンビクンビ」と呼ばれ、食料とされているシロアリは茶色がかっている。そのイメージでコスチュームを選んだという。

しかし、最も大きな理由は「インパクトを与える」ため。「日本の皆さんが、世界を救う可能性を持つシロアリの存在に興味を持つきっかけになりたい」というジャスタスさんの想いが込められているという。

六本木のIT企業社員が「シロアリマン」になったワケ

ジャスタスさんがシロアリマンとしての活動を始めることになったのは、2018年11月、昆虫食を研究し、事業化を企画していた日本人の同僚2人にケニアの昆虫食事情を尋ねられたのがきっかけだった。

昆虫食市場でポピュラーなコオロギなどについて調べているという2人の話を聞いて、故郷で子どものころ、食べていたシロアリの存在を思い出したジャスタスさん。「虫のなかで一番美味しいのはシロアリだよ」と伝えた。

それが縁で、ジャスタスさんは2人とともに、大学の研究者が発表した世界の昆虫食についての学術論文をいくつも読み、アフリカやアジア、南米などで食されている虫の栄養データなどを比較した。FAOの報告書でも「鉄分含有量は、牛肉では乾燥重量100g当たり6mgであるのに対し、イナゴ類では乾燥重量100g当たり8~20mgである」などと、昆虫の栄養価が高いとする記述があるが、ジャスタスさんたちは「なかでもシロアリの栄養価はずば抜けて高い」かつ「美味しい」という結論に至った。

ジャスタスさんによるとシロアリはタンパク質に加え、脂肪、亜鉛、鉄分、ビタミンAとBが豊富だという。途上国で不足しがちなエネルギーとミネラル、ビタミンがバランスよく含まれ豊富だ。「当たり前のように食べていたシロアリに、世界を救う可能性があるなんて考えてもみませんでした」。ジャスタスさんは故郷ケニアを始めとした世界で問題となっている栄養不足を解消するため、「食料としてのシロアリ」を発信することを決意。同僚2人とともに「Mr.シロアリマンチーム」を結成した。

チームの理念は「美味しくシロアリを食べて、世界に笑顔を増やすこと」。飢餓に苦しむ子どもの写真を使って栄養不足の悲惨さを訴えるなどの方法ではなく、「一人でも多くの人にポジティブな形で昆虫食の魅力を伝える」手段を模索した。

そこで思いついたのが、吉本興行主催のピン芸大会「R-1ぐらんぷり」に出場すること。アマチュアの部門で優勝すれば賞金50万円を獲得でき、日本とケニアでのシロアリ食普及活動の資金に充てることができる。シロアリの存在を知ってもらいながら、インパクトを与えるために茶色の全身タイツを手に取った。

残念ながら優勝はかなわなかったが、そのとき生まれた全身タイツのシロアリマンは今も健在。『世界8億人の栄養失調を救う「シロアリ昆虫食」普及プロジェクト』と題してクラウドファンディングのページを開設すると、日本中から支援が集まった。日本の大手研究所とパートナーシップを結び、新聞などメディアからの取材やテレビ番組出演のオファーが舞い込むなど、着実に活動の場を広げている。

シロアリの味は「カシューナッツみたいにジューシー」

肝心のシロアリの味はどういうものか。筆者の質問に「ジューシーなカシューナッツの風味」に「バッタの味が少し加わった感じ」と虫の味を虫で例えるジャスタスさん。現地では歩いているシロアリを子どもたちが生で食べることもあり、「スナックが歩いているみたいな感覚ですね」と笑う。

しかし、アフリカ地域のなかでも昆虫を食べる部族とそうでない部族に分かれているという。「日本人と同じように『見た目が気持ち悪い』と昆虫食を嫌う人も結構います」。そのためジャスタスさんは、日本の「昆虫を加工する技術」に注目している。

取材場所となった昆虫食ショップ「TAKEO」にはコオロギを使った「昆虫ふりかけ」などユニークな商品が並んでいる。ふりかけのパッケージを手にしたジャスタスさんは「こんな風に加工する発想は日本ならでは」と目を輝かせる。この日、ジャスタスさんは同店で期間限定発売されている、実際のタガメを使った「めっちゃタガメサイダー」で取材中、喉を潤した。タガメエキスを使ったサイダーに卵風の小さなタピオカなどがトッピングされているドリンクに「とてもフルーティ。見た目も面白く、こういう工夫をしたらケニアの虫が苦手な人にも口にしてもらえるはず。日本の料理法をどんどんアフリカに紹介していきたいですね」と意気込む。

日本での「ゲテモノイメージ」払拭に安定供給…シロアリマンの挑戦は続く

シロアリマンとしての活動を続けて約1年。活動当初は日本人から「うわっ、無理、食べない」とネガティブな反応を受けることも多かった。しかし、昆虫食がメディアや地方のイベントで取り上げられ、少しずつだが確実に昆虫食の認知は進んでいる。ジャスタスさんは「世の中の動きを感じます」とこれまでの歩みを振り返る。

課題はまだまだ多い。日本では「害虫」のイメージが強く、シロアリを食材として受け入れられないとの声も多い。ジャスタスさんは「だからこそ私が頑張って、ポジティブな昆虫食としてのシロアリのイメージを作っていきます」と力を込める。

また、タイなどで養殖が行われているコオロギと違って、生態に謎が多いシロアリには、現在、安定供給の手段は確立されていない。ジャスタスさんはクラウドファンディングで募った資金の一部を、現地でのシロアリ研究や最新の栄養データ採取の費用に充てる予定だ。

「栄養豊富なシロアリ食の普及と、日本式の料理法の紹介、そして研究による安定供給手段の確立など挑戦することはたくさんあります。世界を昆虫の力でハッピーにするために、これからもっとシロアリマンは活躍します」

世界8億人の栄養失調を救う「シロアリ昆虫食」普及プロジェクト

取材場所:昆虫食ショップTAKEO 2014年に「昆虫食通販ショップTAKEO」として創業。2018年には昆虫食を販売する実店舗を東京都台東区にオープン。2019年には昆虫養殖事業「むし畑」の運営を開始した。 現在は「昆虫が精肉、鮮魚、青果と同じように生鮮食材として楽しまれ、食の選択が豊かになる社会」を目指す姿とし、昆虫を食する新しい暮らしを提案している。 取扱商品としては海外の食用昆虫を始め、自社製の昆虫飲料「タガメサイダー」や昆虫ふりかけ「ふりふり ちょい虫」などがある。