鉄拳制裁も当たり前!?ヤクルトの暗黒時代におきたトンデモ采配とは 橋上秀樹氏 荒木大輔氏対談

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 長いプロ野球の歴史の中で、技術やプレースタイルはもちろん、ルールや野球哲学など様々な事が変化してきた。その中の一つである作戦や采配は監督が変わるたびに変化するといっても過言ではないほど、時代背景によって大きく変化している。

そんな過去の采配について、現役時代、ヤクルトなどで活躍し、引退後は楽天、巨人、西武、ヤクルトさらには侍ジャパンでコーチを務めた現・BCリーグ新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ監督の橋上秀樹氏とヤクルトで共に戦った荒木大輔氏が現在橋上氏がおこなっているYouTubeチャンネル「橋上秀樹アナライズTV」で語り合った。

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橋上氏と荒木氏の対談は、日本ハムの現状から両者の出会いについて振り返り、話題は両者の在籍した当時のヤクルトのチーム事情に移っていった。

83年にドラフト1位で荒木氏が入団し、その翌年にドラフト3位で橋上氏が入団してから、野村監督が就任後の92年にリーグ優勝、93年に日本一に輝くまでの10年近く低迷していたヤクルト。

そんな優勝から遠ざかっていたヤクルトを、橋上氏は暗黒時代だと表現するほど弱かったと振り返り、まさか優勝できるなんて思いもしなかったと両者は口をそろえた。

「野村さんの前にやってた、武上さんとか土橋さんの野球もある意味新鮮でしたけど、今考えるとひどかったですよね」

と、橋上氏。荒木氏も「本当に行き当たりばったりで…」と低迷したチーム状況を振り返った。

行き当たりばったりな采配とはいったいどんな野球だったのか。

ヤクルトの現ゼネラルマネージャー(GM)の小川淳司氏は、土橋監督に可愛がられながらも厳しい要求を受けていたひとりだったという。

ツーアウトの場面で小川氏にヒットエンドランのサインを出した事があった。一般的にどんな厳しい球でも打つこの作戦は、バッターランナーがアウトになる高い可能性と引き換えに進塁打にしようといった作戦だ。

そんなヒットエンドランをツーアウトで起用するという奇策について土橋監督は、

「いいんだよ、(小川)淳司は積極性がねーからツーアウトからでもエンドランを出すんだよ!」

と、周囲に説明していたという。

そんな今となっては常識はずれな作戦を目の当たりにした橋上氏は「こんな野球あるんだってすごく鮮明に覚えている」と当時の衝撃を思い出していた。


一方でそんな土橋監督については、選手時代の小川氏が日本ハムに移籍する時は手厚くフォローして送り出したというエピソードを交えながら、人情に厚い一面も持ち合わせていると語った。

さらに遠征先で門限破りした選手には、その選手の奥さんに電話させて、奥さんを叱ったという話や、延々と罰走させられた挙句、二軍に抹消されたという規則に厳しいエピソードも。

荒木氏は土橋氏にピッチングコーチとして指導を受けた過去を振り返り、

「手も足も出る、ちょっとやばい感じ。昭和だったから選手たちもなんともなかったが今の選手だったら絶対無理」

と、土橋野球の昭和らしい厳しさと人間味にあふれた指導で共に優勝を追いかけた日々を懐かしむ様子もうかがえた。

動画内では他にも、93年日本シリーズで起こったあの事件の真相についても語っている。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]