2030年に売上高3兆円目標を打ち出した無印良品。大量出店に向け、店長候補となる人材の確保・育成を急いでいる(撮影:今井康一)

「(出店先の)各地の特性を生かした地域活性化の取り組みを進めるとのことですが、新規事業にゴーサインを出す判断基準は?」「地域密着の過程で、住民からの反対があったり、店舗の売り上げが伸びなかったりした場合はどうしますか」

ある小売り企業が10月に開催した説明会では、同社の成長戦略に関する質問が相次いだ。開始時刻から1時間超の長丁場となる中、質問1つひとつに同社の社長が答えている。

投資家や報道関係者向けの会見ではない。これは「無印良品」を展開する良品計画が9月から毎月開催している、新卒・中途採用希望者向けのオンライン会社説明会の1コマ。質問に答えているのは、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング出身で、9月に就任したばかりの堂前宣夫社長だ。

良品計画は7月に発表した中期経営計画で、通年採用を開始し毎年150人の店長候補となる人材を採用する方針を明記。本部人員についても、約3割にあたる200人を順次社外から採用することを掲げている。人材強化に対する意欲がうかがえる。

採用説明会の目的は「対話」

冒頭の説明会は、初回の9月に約750人が参加。その後も毎月200人程度が参加し、12月までの累計参加者数は約1450人となった。


毎月の採用説明会で参加者と"対話"している堂前社長。自身が描く社長像などについて語ったロングインタビューはこちら(撮影:梅谷秀司)

この説明会の主たる目的は「説明」ではなく「対話」だ。学生を含む参加者も、事前に中計の資料を読んでおくことが推奨される。

説明会は、堂前社長が中計に沿って無印の理念や事業内容を説明するところから始まる。その後30分以上が質疑に充てられ、堂前社長と人事総務部長がその場で直接回答する。

国内外で1000店舗超を展開する企業の社長自らが毎月、採用希望者と事業の方向性などについて意見交換する――。無印が異例とも言える採用戦略に打って出たのは、会社の理念に共感した自発性のある人材の確保こそが、これからの同社の成長を左右するからだ。

「第二創業」を掲げた無印の中計のポイントは大きく2点ある。1つは、積極的な出店戦略だ。

良品計画は中計最終年度の2024年8月期に、国内で年間純増100(2021年8月期は純増18)、中国本土で年間純増50(同純増25)のペースを目指し、段階的に出店数を増やす方針だ。出店拡大により、2030年には売上高3兆円(2021年8月期売上高4536億円)という大目標も打ち出している。


今後は食品などの品ぞろえも、地域の特性に応じて店舗の決める裁量が大きくなる(撮影:今井康一)

2つ目は、各店舗が出店先の地域に密着すること。今後は地域の需要に合わせた店舗ごとの品ぞろえや、行政や地元の農家などと連携した独自の事業活動を積極化させる。今後は本部よりも店舗の裁量を増やし、”個店経営”への移行を進める。

この戦略を着実に実行するうえで必要となるのは、個店経営の担い手となる社員たちだ。

良品計画で人事など管理部門全般を担当する横濱潤執行役員は「通年採用には、より多くの人数を採用することと、新卒にこだわらずいろんな人を採用する、という目的がある」と語る。留学経験者や第二新卒など、決められたシーズンに行う採用活動ではカバーできなかった人にもチャンスを広げ、社員の多様性を高める狙いだ。

「マニュアル経営」が十八番だったが・・・

実際、会社説明会には以前では考えられなかったような、自治体での事業経験者や、霞が関での職務経験者らも参加するようになったという。「無印がプラットフォームとして面白いことをやるかもしれない、と思って参加してくれる人が増えた」(横濱氏)。

ただ、個店経営への移行は、口で言うほど簡単なものではない。

無印の堅調な成長を支えてきた独自の企業風土の1つに、店舗間の売り場のばらつきなどを抑えるためのマニュアル経営の徹底がある。

1989年に旧セゾングループから独立し、右肩上がりで拡大を続けた無印だったが、2001年2月期からは2期連続で減益に陥った。

その立て直しを託された松井忠三社長(当時)は、セゾングループ時代から引き継いだ、社員1人ひとりの感性や勘に頼りすぎる経験至上主義が業績不振を招いたと分析。店舗業務などの内容とその目的を明文化した独自の膨大なマニュアル「MUJIGRAM(ムジグラム)」を作り上げ、成長軌道を取り戻した。

だが、現在は「マニュアル思考の悪い部分も出ている」(横濱氏)。細かな業務内容はマニュアルで決められ、無印が目指すべき理想も掲げられているものの、社員1人ひとりが問題意識を持って自発的に動くことが不足しているという。いわば個人の目標が、定められた業務の遂行にすり替わっている状態だ。

組織風土を抜本的に変えるためのカギを握るのが、2年前から始めた、最短3年目で店長になる制度の本格運用だ。

3年目店長は、年間店舗純増100に向けて店長の数を増やすためだけの制度ではない。若手のうちから“一店の主”になることにより、店舗オペレーションや販売員の育成、地域住民との関係作りを経験させ、個店経営の土台となる能力を養う狙いもある。

無印が目指す個店経営では、特産品や地場産業といった地域の特性に、店長の意思をかけ合わせて作る店舗運営計画が要となる。例えば、商品の仕入れは基本的に本部が標準のパターンに準じて行っている。それを今後は仕入れる商品や数量について、店長による仕入れ計画への「意思入れ」を重視する。商品棚の割り振りや売り方も、店長が決める権限がより大きくなる。

「無印への期待」を原動力にする

もっとも、現時点で店長の評価基準を大きく変える方針はない。評価の比重がいちばん高いのは従来通り店舗売上高で、今回の中計の肝である地域への密着も、今すぐ定量的な評価項目に反映するわけではないようだ。


地域密着のため、地元の店舗スタッフを正社員にする仕組みも本格的に運用する考えを強調した横濱氏(編集部撮影)

目に見えたインセンティブがない状態では、社員によって地域活性化などに取り組むモチベーションの差が出る可能性もある。

しかし横濱氏によれば、顧客からの期待に応えることが、無印の社員にとっては原動力になるという。

独自の世界観に共鳴するファンも多い無印では、長年のファンである株主らから、株主総会で商品へのクレームや要望が大量に出されることも珍しくない。顧客から「地域の学校が廃校になるから無印でどうにかしてくれないか」などと、事業と直接関係のない相談を受けたこともある。「無印は『期待されている』という点で恵まれている。期待されたら応えたくなるのが人間の本性」(横濱氏)。

かつてない拡大方針を掲げ、大勝負に出た良品計画。成長に向け、1人ひとりが問題意識を持って活動する風土と個店経営の基盤を構築できるか。異例の採用戦略は、その挑戦の第一歩となる。