報酬や罰金が必ずしも人のモチベーションを上げ下げするとは限らないようです(写真:【IWJ】Image Works Japan/PIXTA)

チームのコミュニケーションが少ない、メンバーがやる気になってくれない、成果もでない、そして、みんな組織に対して諦めムード……。変化の多い現代は、リーダーにとって悩みのタネだらけです。リモートワークで物理的な距離ができただけでなく、経営層と現場の壁、ベテラン世代と若手世代の価値観の壁などに阻まれ、チームの心の距離まで離れてしまいがちです。

「うまくいかないときは、チームの関係性から見直してみてはいかがでしょうか」と語るのは、起業家、経営者であり、ビジネス・ブレークスルー大学でも教鞭を執る斉藤徹氏です。「売上などの“結果”を作ろうとすると、チームは負のサイクルに陥ります。はじめに“関係性”をよくすること。するとチームメンバーの“思考”と“行動”を高めやすくなり、“結果”がついてきます」。斉藤氏の新刊『だから僕たちは、組織を変えていける』から、そのヒントを紹介します。

誰もが「お金のため」ならやる気になる。そう考えているリーダーが多いように思います。しかしこれは、すべて正解とはいえません。

1953年のこと、ハーバード大学の神経学者だったロバート・シュワブは、実験を行い、普通の人が棒にぶら下がって我慢できる時間は約50秒であることを割り出しました。

では、誰かに応援されたり、催眠術をかけられたりしたらどうなるのだろうか。実験してみると、その効果はてきめんで、平均で約75秒、被験者は手首の屈筋の痛みに耐えてみせました。

最後に、シュワブは究極の武器を使うことにしました。「お金」です。彼は5ドル札(今の約4000円に相当)を被験者に見せたうえで「これまでの成績を上回ったら、このお金をお渡しします」と伝えました。すると参加者は、なんと平均で約2分もの間、鉄棒にぶら下がり続けることができたのです。お金を受け取ることで態度が変わる人を「現金な奴」などと揶揄しますが、そもそも人間とは現金な生き物だったのです。

もうひとつ、2007年にハーバード大学の経済学者ローランド・フライヤーが行った大規模な試みを紹介します。

お金の力でどれくらい成績を上げられるか

彼は3.6万人の子どもに総額10億円ものお金を支払い、「お金の力がどのくらい成績を引き上げるか」という興味深い実験を行いました。対象となったエリアは、ニューヨーク、シカゴ、ワシントン、ヒューストン、ダラスのアメリカ5都市で、それぞれ独自性を加えられるようにしました。

その結果、不思議なことに、ダラスだけが成績を上げることに成功したのです。理由は明確でした。ダラスはお金の渡し方を工夫したのです。他の4都市では「成績が上がった子ども」にお金を支払ったのに対して、ダラスは「指定した課題を達成した子ども」にお金を支払ったのです。

例えば、読書をした子どもに1冊あたり2ドルを与えました。その結果、その子どもは読解力を向上させました。しかし、ダラスの効果も長くは続かず、1年経つと改善率は半分に低下してしまいました。また、報酬を与えることで、報酬なしのワークに興味を持たなくなることも明らかになりました。

この2つの実験からわかることはなんでしょうか。

まず、お金は単純なこと、誰でも努力すればできることに対して、一時的に著しい動機づけになるということです。一時的に「我慢する力を高める」と言い換えてもいいでしょう。

ただし、継続すると効果が薄れてしまいます。また、いったん報酬を出すと、報酬なしでは努力しなくなってしまいます。お金は明らかに人の行動を変化させますが、効かないことも多いのです。また、長期的に見ると、麻薬のように恐ろしい負の影響があるのです。

では、今度はお金を奪われるケース、つまり「罰金」が与える効果を見てみましょう。

お金を払えば「遅刻してもかまわない」

イスラエルのある託児所では、保護者がお迎えの時間に遅刻することが多く、悩んでいました。そこで託児所は、遅刻した人から罰金をとることにしました。

すると、なぜか遅刻者は、もとの2倍に増えてしまったのです。これは、「迷惑をかけたくない」と頑張ってルールを守っていた保護者たちまでもが、「お金を払えば遅刻してもいい」と考えるようになってしまったためでした。対価を払えば、迷惑をかけてもいいと、考えるようになってしまったのです。

さらに深刻なことに、罰金をとりやめても、遅刻者の数はもとには戻らず、多いままになってしまいました。「気持ち」によってつながっていた関係に「お金」を持ち込んだことで、人間的な関係性から、ビジネスライクな関係性に変わってしまったのです。特に注目したいのは、一度「お金」の関係を持ち込むと、「人間的な関係性」に戻すためのハードルがぐっと高まるという点でしょう。

動機づけにおいて、お金は万能ではないことがわかりました。その後の研究で、これらはお金特有の問題というより、「外部から行動を強いるような動機づけ」に共通することで、そのような動機づけには次のようないくつもの問題があることがわかってきたのです。

・好奇心を失わせる

・正解のない、高度な業務の生産性を落とす

・創造性をはばむ

・好ましい言動(善行)への意欲を失わせる

・ごまかしや近道、倫理に反する行為を助長させる

・依存性がある(なしでは働かなくなる)

・短絡的思考や短期的思考を助長する

アメリカの作家であるダニエル・ピンクは、モチベーションを3つの段階に分けて説明しています。

モチベーション1.0は「空腹を満たしたい」「子孫を残したい」など、生命維持に必要なもの。モチベーション2.0は「給料を上げたい」「出世したい」「叱られたくない」など、報酬と処罰によるもの。最後のモチベーション3.0は「仕事が楽しい」「もっと成長したい」「素晴らしい作品を作りたい・人の役に立ちたい」など、自らの内面から湧き出てくる自発的な動機です。

モチベーションの変化は社会の成熟度によるところが大きいですが、もうひとつ見逃せないのが、仕事の質的な変化です。

100年前の仕事の多くは、工場の流れ作業のように決められた手続きの作業をこなすことでしたが、そのような単純作業は機械やコンピューターがこなすようになったため、人間の役割は複雑さを増してきました。

賞罰による動機づけは、ルーチンワークには非常に効果的ですが、クリエーティブワークに適用すると、逆効果になってしまうのです。2005年のマッキンゼー調査によると、アメリカで新たに生まれる仕事の70%はクリエーティブワークでした。それ以降も知識社会は大いに加速しています。今や、安易に賞罰を用いると生産性を下げてしまう時代になったのです。

「昇級よりも仕事のやりがい」を求める人たち

内発的な動機の根源には、「自律性」「有能感」「関係性」という心理的欲求があります。これがメンバーのやる気に火をつけ、自走する組織の根幹となる欲求です。

まず「自律性」とは、「自らの行動を、自分自身で選択したい」という気持ちのことです。自己決定の欲求ともいいます。外発的な動機づけは、外部から人の行動をコントロールしようとする施策のため、自律性を喪失させ、興味や熱意が失われる原因となってしまいます。

ただし、人間は「完全なる自由」を求めているわけではありません。

ある課題を解決するよう求められた場合でも、「実現方法に対する自由な裁量」が許されていれば、自律性を奪われた人間よりも熱心に取り組み、その活動自体を楽しむことがわかっています。やる気を生み出す鍵は、「自己決定」にあるのです。

次に「有能感」とは「置かれた環境と効果的に関わり、有能でありたい」という心理的欲求です。「内発的動機づけ」を研究した心理学者のエドワード・デシは、ある新聞社に勤める伝説的な整理部記者(リライトマン)の事例を挙げました。

彼は長く現場でリライトの仕事に携わり、熟達を重ね、その仕事に大いなるやりがいを感じていたそうです。納得いくまで仕上げたい。そのためには夜遅くの残業も苦ではない。会社はその才能を高く評価し、より高給の編集主任に抜擢しようとしましたが、彼はその昇進話を断りました。今の仕事こそ彼にとっての天職であり、一流の成果を成し遂げた達成感が生きがいになっていたからです。

有能感は、自分自身の考えで活動できる(自律性を発揮できる)とき、それが最適な難易度を持った挑戦となるときにもたらされます。有能感を持って仕事に夢中になっている状態は「フロー体験」と呼ばれ、これを創り出す環境作りが、内発的動機づけを高める施策の鍵となるのです。

最後の「関係性」とは、「人を思いやり、思いやりを受けたい」「人を愛し、愛されたい」と願う心理的欲求です。人は「自分で考え、決定したい」という欲求を持ちながら、一方で「他者とも結びついていたい」と願っています。

リーダーは賞罰による「アメとムチ」をやめよ

ここで注意したいのは、「自律性の欲求」と「関係性の欲求」は必ずしも相反するものではなく、意図すれば両立できるということです。なぜなら「自律性」とは「自らの行動を、自分自身で選択したい」という欲求であり、「利己的な行動をしたい」という欲求ではないからです。関係性が満たされる選択肢を自らが選べば、双方が満たされることになるのです。


やる気のスリーカード「自律性」「有能感」「関係性」が満たされることで、内発的動機は心の奥から湧き上がってきます。自らが選択したことで、自らの能力を活かして価値を生み、信頼しあう関係性が築かれていきます。

1人ひとりのメンバーの欲求を理解し、その欲求が解き放たれたとき、人は多くを達成し、豊かな人生を送ることができます。結果として、組織は大いなる成果を得ることができるのです。

マサチューセッツ工科大学(MIT)経営学部教授などを経て、MITスローン経営大学院上級講師を務めるピーター・センゲは、ある名言を残しました。

「十分な数の人々が、内発的な動機から自分の幸せの実現に全力をあげるようになったときこそ、組織の進化における決定的瞬間である」

彼の言う決定的な組織の変化とは、社員が自分のために動き、自然とコラボレーションし、組織の成果を上げる「自走する組織」になることです。そのためには、リーダーは賞賛と賞罰による「アメとムチ」をやめ、メンバーの3つの心理的欲求を満たし、内発的動機を高めていく必要があるのです。