第100代首相の座をつかむのはいったい誰なのか。元参院議員で現在は大正大学地域構想研究所准教授の大沼みずほ氏は「今回の自民党の総裁選では3年ぶりに党員投票の結果も反映されます。候補者は機関紙『自由民主』で党員だけに向けた、テレビ討論とは別の顔を見せ、必死のアピールをしています」という――。
プレジデントオンライン編集部=撮影
自民党機関紙「自由民主」9月28日、10月5日合併号より - プレジデントオンライン編集部=撮影

自民党の総裁選挙が9月29日(投開票)に迫った。接戦になるのは必至で、議員投票(382票)に先立って実施される自民党員の党員票(382票、28日締め切り)の行方にも大きな注目が集まっている。

まだ態度を決めかねている議員は、党員票の出方で、誰に投票するか最終決断をする。そうした議員は3割に達し、勝敗のカギを握っている。

■1:「自民党の党員」とは何者なのか?

自民党の党員は全国に約110万人いる。

私はNHKの報道記者、シンクタンクの研究員などを経て、縁あって山形県の自民党県連の公募にチャレンジし、公募に応募した県議などと党員選挙で競った。その結果、正式な自民党の公認候補となり、参議院選挙を野党候補と闘い、2013年に初当選した(議員在職期間は2013年〜19年)。政治家になるまで、「自民党の党員です」という人に出会ったことがなく、自民党員なるものがどんな人たちなのか、さっぱりわからなかった。

党員はそれぞれの都道府県で取りまとめられている。自民党の機関紙「自由民主」によれば、北海道は3万8637人、山形県は1万167人、東京都は10万50人などとなっており、人口の多い地域や都市部に党員が多い。山形県の場合、党員約1万人のうち、半分が地域票、半分が団体票である。

地域票とは、自民党を応援する一般有権者が投じる票だ。簡単にいえば、自民党の国会議員・県議会議員などの支援者や家族である。山形県の場合、国会議員1人につき1000人、県議は50人の党員を集めなければならない。現在、県内には自民党の衆議院議員が3人。同じく県議会議員が25人おり、これだけでも4250人となる。

残りの半分は団体票だ。建設業を筆頭に医師会、薬剤師会、看護師会、歯科医師会、特定郵便局長会、農協、土地改良区、宅建業界、神道政治連盟、保育といった業界から党員となった人々が投じる票である。

団体票は、その団体が選出している国会議員の意向を重視する傾向が強い一方、地域票、つまり国会・地方議員に紐づけされた有権者は、その地元議員が推薦する候補者を応援する人も多い。ただ、もちろん、全ての党員が支持する議員に「前にならえ」するわけではない。

例えば、山形県では今回の総裁選において、選挙区1区、3区の衆議院議員が岸田文雄候補、2区の衆議院議員が河野太郎候補を応援しているが、高市早苗候補や野田聖子候補を応援している党員もいる。

また、1万人の党員がいても、すべての党員が投票するわけでなく、7割ほどしか投票用紙は戻ってこない。党員選挙の投票率に関しては他の地域も似た状況にあると見られる。

各候補にとって全国で実施される党員選挙では、地域票だけでなく、団体票への目配せが重要だ。では、どのようにアピールをしているか。候補者が重視する媒体のひとつが、機関紙「自由民主」である

9月21日、その最新号が届いた。「自由民主」は自民党の広報本部新聞出版局が昭和30年より発行しており、発行部数は68万部とされ、毎週火曜に1部110円、年間購読料は5200円でネットでも購読することができる。

今回は、「総裁選特集号」である。各候補者の政策が詳細かつコンパクトにまとめられているので、それぞれの政策を見比べることができ、党員にどのようなアプローチをしているのかが一目瞭然である。

■2:党員選挙における「団体票」への熱烈アピール

候補者は、誰の票が欲しいのか? どこにアピールしているのか? 「自由民主」には、「政策集」と題して各候補の政策を載せているが、そこには団体票への猛烈なアピールが隠されている。

以下4候補の政策を見ていくが、私の見立てでは、最も業界団体を意識した発信をしているのは野田氏で、次いで岸田氏、高市氏、河野氏の順。アピール先もそれぞれ異なるのがとても興味深い。

■野田聖子

最も目を引いたのが、野田聖子氏だ。「地域の支えとして極めて重要な、郵便局やJAの更なる活用」と具体的に「郵便局」「JA」という言葉を入れている。自民党の昔からの支持団体であるこの2つの固有名詞を書いているのは、4候補中では野田氏のみである。

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自民党機関紙「自由民主」9月28日、10月5日合併号より - プレジデントオンライン編集部=撮影

2005年の郵政民営化の際、野田氏は民営化に反対したことで自民党を離党した。郵政関係者の多くが野田氏に大きな恩義を感じている、と言われている。

蛇足だが、総裁選の党員向けの投票用紙は往復はがきで、支持する候補者の名前を書いてそのまま投函する。プライバシーに配慮して黒いシールなどを上から貼る形ではないので、候補者の名前が丸見えである。これを受けて、ある知人が冗談でこう言った。

「野田さんを応援する郵便局が、他の候補が書かれ投函された投票はがきを大量に捨てるかもしれない。野田さんが予想以上の党員票を獲得したら、アメリカの大統領選挙みたいに、『不正だ、不正だ』と騒ぎ出す他候補の陣営も出るだろうね」

そうしたことを疑われないようにするためにも、黒いシールなどを貼るべきである。また、岸田氏が言っているように、次回以降はオンライン投票ができるようになるといい。

野田氏に話を戻そう。野田氏は同紙において「国土強靭化の加速」もアピールしている。これは二階俊博幹事長が強力に進めてきたテーマであり、今回の総裁選で二階派議員の推薦人が多いことがこうしたところに反映されている。

さらに、「日本の自衛を担う若き自衛官へのリスペクトと十分な処遇の確保」といった自衛官の処遇問題にも言及している。これは自衛隊OB票である隊友会を意識したもの。隊友会も正会員、賛助会員24万人7000人を抱える自民党の強固な支持母体(団体)だ。

テレビ討論などで受ける野田氏の印象(表の顔)はLGBTQ(性的少数者)応援団であり、選択的夫婦別姓の実現を掲げるリベラルで進歩派としての一面が強い。しかし、同紙における上記に挙げたような党員へのアピールポイントを見れば、本質的にはマッチョな昭和自民党を体現する議員であるように見える。

■「政治的な隠語」で党員票をかき集める

■岸田文雄

次に岸田文雄氏の公約を見てみよう。外務大臣経験者であり、スマートな政策通としても知られるが、同紙では党員に「交通・物流インフラの整備を進める」と訴えている。地に足の着いた、極めて泥臭い政策である。これは明らかに建設票へのアピールだ。

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自民党機関紙「自由民主」9月28日、10月5日合併号より - プレジデントオンライン編集部=撮影

言うまでもなく、建設業は自民党を支える大きな勢力。地域によって違うが、山形県の業界団体票の大多数が建設業で占められている。そのため、私もかつて党員選挙をした際、党員を多く抱える建設会社に電話をこれでもかというほどかけた。1社で50票、100票といった大きな票を持っているケースもあるからだ。郵便やJAとともに、地方では特に建設票は大きい。岸田氏は、ここへしっかりアピールしていることがわかる。

さらに、「地域を支える農林水産業について、多面的機能の維持」との文言も残している。この「多面的機能の維持」は政治的隠語で、「土地改良事業」を支援していくというメッセージである。土地改良事業は、民主党政権下で予算を半分以下に削られ、当時、土地改良区の団体の長だった野中広務自民党元幹事長が民主党政権の小沢一郎幹事長の元に要望に行った姿が大々的に報道された。民主党政権は、子ども手当のために、土地改良事業を大幅にカットしたのだ。

その後、自民党政権に戻り、土地改良事業団のトップの全国土地改良事業団体連合会会長に二階幹事長が就任し、それに関する予算は年々増加している。今回の「多面的機能強化」という言葉に土地改良区に関わる人々(主に農業関係者)なら、さらなる予算増加を期待するに違いない。岸田氏は農業票というところにもぬかりなくアピールしていることがわかる。

■高市早苗

次に、高市早苗氏の公約を見てみよう。目立つのは、「危機管理投資」(例:「成長戦略」「経済安全保障」)や「国防力」などの「」を多用した言葉。また、サイバー、マテリアル、フリーアクセスといったカタカナ用語も多い。これらは官僚が好んで使う用語であり、一般市民が読む自民党機関紙にはやや不釣り合いのように感じられた。高市氏の訴えからは、他候補のような大きな業界団体を意識した文言はあまり出てこない。

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自民党機関紙「自由民主」9月28日、10月5日合併号より - プレジデントオンライン編集部=撮影

ただ、「新しい日本国憲法」制定についてはしっかり述べている。神道政治連盟や日本会議の主張と同一であり、それらの団体へのアピールという意味では、この言葉が有意義なのだろう。これらの団体の組織内候補である参議院議員2人は、今回、高市氏を応援している。政策集では、全体として、どこかの業界票へのアピールというより、幅広く一般有権者や党員に向けた政策集と言える。

高市氏に関しては、支持勢力(議員)が急拡大していると言われている。

親中派の二階幹事長が? と思われるかもしれないが、特に二階派の議員によって議員票を増やしている。二階派は、議員票で高市氏を支援することで、「党改革」の筆頭として二階幹事長の首を切ろうとした岸田総裁誕生を阻止しようという作戦だ。

つまり、一回目の投票で、高市氏に二階派の議員票が流れれば、高市氏が2位となり、岸田氏が3位となる。ここで岸田総裁誕生を阻止し、決選投票では、河野氏に乗るか高市氏に乗るかを交渉材料として、キャスティングボードを握ろうとしているのだという。

「自由民主」の政策集で、あまり右寄りのカラーをそれほど前面に出していないこともまた二階派が乗りやすい状況を作りやすくしていると思われる。親中派の二階幹事長が高市氏を応援する理由は、「岸田総裁阻止という動機」しかない。

高市氏からすれば、あくまで建前として、政策集の公約に中国を刺激する「靖国神社公式参拝」と書かないことで、二階派陣営が賛同しやすい環境を作り、自らのポジションを高める狙いがあるのではないか。

■機関紙「自由民主」だからこそ語れる本音

■河野太郎

最後に、河野太郎氏だ。唯一、都市部(神奈川)出身の議員らしく、政策集には、JA、郵政、商工会、自治会といった文言は一切書かれていない。農業に関する記述もなく、これは、地方出身の他の3候補者との大きな違いだ。

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自民党機関紙「自由民主」9月28日、10月5日合併号 - プレジデントオンライン編集部=撮影

業界団体へのメッセージというよりも「地域における保守」を語ることで、地方の地域党員へ直接訴えているという印象が第一だ。そして、「産業界も安心できる現実的なエネルギー政策を進めるとともに」という文言から、持論である「脱原発」という言葉を封印しつつ、経済界に配慮していることが分かる。

■3:保守層への訴えは?

では、業界団体票と対になる、一般有権者による地域票の対策を各候補はどう打ち出しているのか。

高市早苗氏は、テレビなどでは靖国神社公式参拝を公言し、4候補の中では、右寄りの位置付けになっているが、「自由民主」では、そのカラーを意識的に薄めている。「新しい日本国憲法の制定」を公約とするだけで、靖国神社公式参拝や女系天皇制反対といった文言は一切出てこない。

こうした右寄りのカラーを前面に出さずに、あえてDXなどの先進的な政策を提示することで幅広い層での支持獲得を目指しているように見える。このことも二階派の議員が乗りやすくしている要因であることは、先に指摘した通りである。

逆に、リベラルなカラーの河野太郎氏は、同紙で「保守主義とは何か」を語り、「日本を日本たらしめているもの、たとえば長い歴史と文化に裏付けされた日本語と皇室」「憲法改正を進めます」といった保守に訴える文言を入れている。こちらはこれまでの自分にないイメージの文言を入れることで、保守層に訴えたいと考えているのだろう。

岸田氏は外務大臣時代の経験から、名指しは避けるものの「権威主義的な体制が勢いを増す中、台湾海峡の平和などに〜毅然と対応」「ミサイル防衛の強化」「拉致被害者の即時一括帰国」など、中国や北朝鮮といった東アジアでの外交・安全保障対策で保守層に強く訴える文言が入っており、特に拉致問題に唯一言及していることが注目に値する。

総じて、保守層の中では、一番右が高市氏、その次が岸田氏、河野氏、野田氏の順と見られている中で、「自由民主」では、高市氏は保守色をやや抑え気味、岸田氏、河野氏が保守層へ訴える文言を豊富に使い、野田氏は保守層をそもそも自分が獲得したい票と思っていない。そういった印象を抱いた。

「自由民主」に掲載された政策集を見比べてみるとそこには、党員投票というクローズされた範囲での選挙に際して、どのように候補者たちが党員にアピールし、票を獲得しようとしているか、その戦略が浮き彫りになっている。

「固有名詞」や「政治的な隠語」など党員に刺さる言葉を繰り出し、必死のアピールをする。そこには、テレビ討論などとは異なる、候補者(およびその陣営)の熱量や深謀遠慮が感じられる。しかし、そのアピールが一方通行という場合もある。その結果は、29日に判明する。

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大沼 瑞穂(おおぬま・みずほ)
大正大学地域構想研究所准教授
NHK報道記者、外務省専門調査員、内閣府上席政策調査員などを経て、参議院議員。元厚生労働大臣政務官、元自民党副幹事長。現在、大正大学地域構想研究所准教授
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(大正大学地域構想研究所准教授 大沼 瑞穂)